仮面を外して
演劇部の部室について、ドライヤーどこだっかな〜と考えてきょろきょろしている間に、渉くんが先に見つけて持ってきてくれた。さすが部長、備品の位置をしっかり覚えている。
「さぁさ、私手ずから乾かしてあげますからねぇ」
渉くんはドライヤーをコンセントに挿すと、ソファに深く腰かけて、渉くんにしては珍しく大きく足を広げた。
「はしたなくてすみまん、どうぞ座ってください」
「……ん?そこに?」
「はい!」
ぴかっ!と眩しい笑顔で、足の間に座るように腰かけをポンポンと叩いてくる。ドライヤーをかけてくれるのは嬉しいとは思ったが、恋を自覚してしまった私にその距離感は難しい。
「早くしないと帰りが遅くなってしまいますよ?私とまだまだ一緒に居たいと言うのなら喜んでお付き合いしますけど」
「うー…わかったよ、わかったから」
まだまだ一緒に居たい、なんて素直な返事は口から出てきてはくれなかった。何がわかったのか私にもわからないが、意を決して渉くんの足の間に腰かけた。そしたら足を狭めてきて、太ももの外側に渉くんの足の熱を感じて余計に心臓がどくどくと脈打った。
「はーい、それでは大人しくしていてくださいね」
私は犬猫じゃないんだから逃げないよ、なんて言う暇もなくドライヤーのスイッチをつけられた。轟音がうるさくて、せっかく2人でいるのに会話ができないのはもったいないなんて思ってしまった。
だが、渉くんが私の髪をわさわさと動かすたびに、頭を撫でられているような感覚に陥って顔が火照った。こんなことで顔色を変えていたら、もうこれからまともに会話もできないかもしれない。
渉くんが楽しそうに鼻歌を歌っているのが聞こえるが、ドライヤーのせいでとぎれとぎれにしか聞こえないし何の歌かもわからないしで非常にもったいなかった。
「…渉くん」
ぼそ、と小さく呼んでみた。渉くんのことだから聞こえるだろうと思ったのに、そんなことはないのかそのまま鼻歌を続けていた。
どうせ聞こえないのなら、好きだと口に出す練習をしてみようか。そう考えた途端に緊張がどんどん高まってきて、手に汗が滲んでいるのを感じた。今まで演劇で愛の告白なんていくらでもやってきたというのに、自分自身の言葉を発するというだけで難易度が格段に違った。
「…す、」
頭を撫でられながら好きだと言うの、ハードル高すぎやしないか。でも早く言わないと、髪の毛が乾ききってしまう。というかそもそも、今言う必要があるのだろうか。いやでも言わないと練習にならないし。
「…好き」
必死で言ってみたけれど、渉くんの鼻歌もドライヤーのうるささもそのまま続いていて、あぁやっぱり聞こえなかったんだとほっとする。
段々と心臓も落ち着いてきて、火照った顔も冷めてきた。そろそろ普通の顔していつも通りに渉くんと接するくらいにはなれたかな。なんて考えていたらカチッと言う音と共にドライヤーが一気に静かになった。
「はい、終了です。これなら外を歩いても問題ありませんね」
「うん、ありがとう」
最後に頭全体を撫でて髪の毛を整えるところまでしてもらえた。至れり尽くせりでなんだがむずがゆい。
「ところで…」
ゴトッ、とドライヤーがサイドテーブルに置かれる音がする。なんだか緊張して振り向けないでいると、後頭部に何かが当たる。
「さっきの言葉、本気で受け取ってもいいんでしょうか?」
声が近くなったことで、それが渉くんの頭だとわかる。
「それとも、幻聴でしたかね?」
私には頷くことも首を振ることもできなかった。好きだと言うと決めはしたものの、渉くんからの返事を聞く覚悟まではできていなかった。困って固まっていたら、渉くんはぽつぽつと喋り始めた。
「幻聴に振り回されるのも道化の役目ですね、お返事をしてもいいですか?だめと言われてもするつもりですけど。楓、その前に1つだけ応答してください。…抱き締めても、いいですか?」
いいよ、なんて声は出せなかった。でも好きだと言った手前それを拒否する理由なんて無くて、僅かに頷くと背後から腕がのびてきて抱き締められた。背中いっぱいに渉くんの熱を感じる。
「私も楓が好きです、愛しいです、愛しています。言葉では語り尽くせない程、ずっと貴方に恋い焦がれていました。一番の友であり、大好きな初恋の人です。私が貴方にどんなに愛を囁いても、全て演技の一貫だと思われて流され続けてきたので私もそういうことにしてきましたが、もう、演技だなんて、冗談なんて、言わなくていいんですよね?」
耳元で愛を囁かれ、全身の血が沸騰でもしているのではないかと思うくらいに体温が上がり、顔も熱い。渉くんがそんな熱い想いを持っていたなんて、知らなかった。何も、気づけなかった。知らないことは悲しいことだと言った奏汰くんの言葉の意味が、痛いくらいに理解できた。
「本当に…演技なんかじゃ、ないんだよね?わ、私、渉くんの言葉、そのまま本気で、信じてもいいんだよね…?」
中学の時も、最近も、私を照れさせるくらい迫真の演技で愛を囁かれ、叫ばれたことはあった。でもいつも演劇部の空間の中でしか言われないから、全て演技だと思って、思い込むようにしてきた。それを本気で受け止めた時、演技ですよと言われるのが怖かったから。大事な友達関係に、気まずい空気を生まれさせたくなかったから。
「私の愛は演技ではありませんよ。貴方に対しては、演技の振りして本物の愛しか伝えていないはずですよ」
愛と共に伝えられたことのある、私を幸せにするだとか、離れないで欲しいとか、嫉妬するとか、そう言った渉くんの言葉たちも全て本物だったということだろうか。そうだとすると、随分昔から私は渉くんから大事に大事に愛されてきたのかもしれない。いつでも私に優しくて、笑わせてくれて、幸せにさせてくれていた。
「信じられないのであれば、さっき私に聞こえた言葉は幻聴だと言って、私の言葉も演技だと、言ってくれていいんですよ。今さら何を言われても私が楓を愛していることに変わりはありませんし、今後も変わることはありません。貴方が誰かのものになってしまうまで、私は貴方に愛を歌い続けるだけのことです」
こんなにも真っ直ぐに愛の言葉を聞かされたのに、それを演技だと言うなんて残酷なこと、もうできるわけがなかった。今まで演技だと受け流してきたことの罪悪感が、私に重くのしかかって涙となって溢れてきた。
「楓?泣かないでください…私が泣かせてしまったんですか?すみません、苦しかったですか?重かったですか?貴方が幸せになれないなら、私のことなんて振り払って道端に捨ててくれていいんですよ?」
「ち、ちがう…」
そんな悲しいこと、言わないで欲しい。謝らなければならないのは私の方だ。何も知らない振りして、渉くんの愛にも自分の恋にも気付かない演技をずっと続けてきたのは私の方だ。
「今まで、何にも気付けなくてごめん…ずっと、渉くんから、愛してるとか…いろいろ言ってもらえるの、すごく嬉しくて…。なのに、ちゃんと受け止められなかったの、申し訳なくて…」
「いいんですよ、演技だと思わせるように仕向けてきたのは私です。本気で受け止められて早々に振られるのが怖かったのでずっと逃げ続けてしまっていました。ですから、貴方が謝る必要はありませんよ。それよりも、私の愛をちゃんと嬉しく思ってくれていたことの方が、私も嬉しいです」
渉くんも怖かったし、私も怖かった。2人して自分達の関係に変化が訪れてしまうのが、どうしようもなく怖くて、それ以上近付けなかったんだ。
「私も…渉くんが好き、大好き」
「やっと、はっきり聞かせて貰えました。ありがとうございます、これで晴れて両想いということになれましたね。そろそろ楓の愛らしいご尊顔が恋しくなってしまったのですが、拝見してもよろしいですか?」
私も、渉くんが嬉しそうな声をどんな表情で出しているのか気になって、うなづいた。すると渉くんの腕の力が緩んだので、袖で涙を拭って立ち上がり振り向いた。渉くんは慈愛に満ちた顔で私を見上げており、きゅうっと胸が苦しくなった。
「…渉くん」
ソファに膝をついて、渉くんの太ももにまたがって座って思い切り抱き付いた。
今までなんてことない振りをして言葉にしてこなかった自分の感情をさらけ出したら、止められなかった。
大胆だったかな、なんて不安にも思ったが、渉くんも私を抱き締めてくれた。
「あぁ、私本当に幸せです。傍に居てくれるだけでいいなんて思っていましたが、貴方の温もりを知ってしまった今となってはそんなこと言っていられませんね。ずっとこうしていたいです」
「私も、幸せ…」
今まで積極的に触れあうことには躊躇いがあったけれど、両想いだとわかったのだからもう我慢しなくてもいいんだ。好きだと言って抱き付いても、許されるんだ。
「楓、私の…恋人になって頂けませんか?」
「も、もちろん!」
「あぁ、良かった…立場上、断られるかとも思っていました」
「…それも、思ったけど。でも、プロデューサーだからって…私も人間だし…、渉くんが他の人のものになったら、嫌だもん…」
プロデューサーだからアイドルとは付き合えません、なんてそこまで言えるほどの仕事人間ではない。fineの人たちからしたら渉くんをたぶらかすななんて思われてしまうかもしれないけれど、それでも、渉くんとの関係を明確にして、どうにか繋ぎ止めてしまいたかった。
「私は貴方の、貴方だけの日々樹渉です。アイドルの私はファンの皆様のものですが、私の心は貴方のものですよ、初めからね」
「…初めって、いつ?」
「貴方が初めて私の芸を見て、笑って喜んでくれときからですよ」
それって小学生の時じゃないか。初恋だなんて言うから結構前なんだろうなとは思ったけど、そんな、本当の最初じゃないか。
「でも、なんで…?渉くんの芸、他の皆だって…喜んで…」
「あれからずっと、いつまでも私のことを見ていてくれたのは楓だけですよ」
あぁしまった、余計なことを言った気がする。他の人たちは渉くんの芸がどんなに進化していっても、段々と見向きしなくなって他のものに興味が向いて飽きてしまっていったのだ。それでも寂しそうにする様子は見せず、私には色んな芸を見せてくれた。私は、私にだけ特別に開かれているショーを観ているような気さえして、そんな状況なのに、嬉しかった。喜んでしまっていた。
「今は、演劇でもアイドルでも、私を観てくれるひとはたくさん増えました。それだって、大好きな貴方が毎回観てくれているのを知っていましたから、心の支えになっていたんですよ」
「…渉くん、私のことめちゃめちゃ好きだね?」
「当たり前ではありませんか。今だって本当は理性をギリギリ保つために昔話をしているだけですからね?愛する女性に大胆に跨がられて抱き付かれても冷静な人間を演じられるのは私くらいなものですよ」
状況を言語化されて、一気に顔に熱が集まった。やっぱり私の行動は大胆すぎたんだ。
恐る恐る体を離して見れば、渉くんは気持ち眉尻を下げて、頬を桃色に染めていた。
「大事なものに触れるのは、壊してしまいそうで怖くもあります。私は、貴方を傷付けることは望んでいません。うっかり傷付けてしまわないように、少しずつ貴方に近付きたいと願う私を許してください」
そう言って顔を近付けてくるものだから、焦って目をぎゅっと瞑れば、額に柔らかい感触を受け取った。
「…許す」
「それはよかったです!毎日、少しずつ、貴方を侵食していくので覚悟していてくださいね」
なんだか怖い宣言をされたものの、嬉しそうな渉くんを見れて嬉しくて、これからの毎日がより楽しみになってしまった。
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