大好きなアイドル




夢ノ咲に入る前は、夢ノ咲の生徒のライブを頻繁に見るくらいには、ここのアイドルたちが大好きだった。色々見ていれば私もファンだと名乗れるくらい好きな人たちはたくさんいたし、本当に私はただのファンだった。
それなのに、その大好きなアイドルのプロデュースを正気で行えと言われても、私は正直、正気を失いそうで危ない。

「嬢ちゃんや、UNDEADのレッスンを見てもらえんかえ?」

一瞬だけ結成して一瞬で消えていったデッドマンズが、私は死ぬほど好きだった。1番年下の子はただ可愛かったけど、他3人は死ぬほどかっこよくて永遠に追いかけたいくらいだったんだ。

「私でいいんですか?」
「いいから頼んでおるんじゃよ。まぁ新米プロデューサーじゃから、難しいことは言わん。隣のクラスの薫くんに連絡先を聞いて、UNDEADのレッスン時間前に連絡を取ってちゃんとレッスンに来るように言い聞かせて欲しいんじゃよ」

あの、あの零くんと会話してる。あの零くんに頼まれごとをされている。めちゃめちゃうれしいはずなのに、私の知っている零くんとキャラが違いすぎて困惑する。何があったんだ。

「そんなことでいいんですか?」
「我輩が呼んでも効果は無いからのう。というか、嬢ちゃんも我輩もクラスメイトなんじゃから、敬語は使わんでおくれ」
「え、あ…はい、え、敬語だめですか?」
「だめじゃ。プロデューサーが下手に出ていたら誰も言うことなぞ聞いてくれんぞ」

それもそうだ。だがしかし、零くん年上だし。あの零くんだし。尊敬している相手に敬語を使わないというのは少し難しい。

「わ…わかった、強気でがんばる」
「いいこいいこ♪ わかったのなら、薫くんに連絡先を聞いてきておくれ。なんなら我輩もついていこうか」
「…うん、そうしていただけると助かる。私が1人で隣のクラスのアイドルに連絡先聞きに行くとか、誤解を生みそうな行動できない」
「そうじゃろうなぁ」

おじいちゃんみたいな零くんに戸惑いながら喋っていたら、「朔間さん!」と零くんを呼ぶ声が廊下から聞こえてきた。

「噂の転校生ってその子?」
「そうじゃよ、噂をすればなんとやらじゃのう」
「何々?転校生ちゃんは転校早々俺の話をしてくれてたの?もしかして俺のファン?」

UNDEADのメンバーは名前まではうろ覚えだったけど、話の流れ的に彼が薫くんだろう。申し訳ないけれど私は薫くんより零くんのファンです。

「はじめまして、俺は隣のクラスの羽風薫。薫って呼んで欲しいなぁ。もしかしたら知っててくれてるかもしれないけど、この朔間さんと同じUNDEADっていうユニットに俺も所属してるんだ。よかったら俺らのプロデュースもしてほしいな」

私が自己紹介する前に薫くんはいっぱい喋りながら私の手を勝手に握って握手をしていた。

「嬢ちゃんには今日のレッスンをみてもらえるよう既に頼んでおるよ」
「え、今日?俺デートの予定入ってるんだけど」

なるほど、薫くんってそういう人か。

「…嬢ちゃんや、薫くんは嬢ちゃんにプロデュースしてもらうのが嫌みたいじゃな。本当にすまんが、今回の話は無かったことに…」
「待って待って!嫌じゃないってば!」
「だったら真面目に参加しておくれ。嬢ちゃんは一人しか居らんのじゃから、他のユニットに取られる前にUNDEAD色に染めようぞ」
「…わかった、デートは断る。ちゃんと参加する。だからその代わり、今度デートしよう?」

薫くんはにっこり笑って私にそんなことを言ってきた。顔が良いだけあって危ないけれど、私は持ち前の演技力で平静を装った。

「プロデューサーなので、アイドルとデートはしません」
「つれないなぁ」
「…、あの、ちゃんとレッスン来てもらわないと困るので、連絡先教えてもらってもいい?」
「君の方から連絡先聞いてもらえるなんて嬉しいなぁ!そういえばまだ名前聞いてなかったね」
「山田楓です」
「名前まで可愛いね。よろしく、楓ちゃん」

連絡先を交換しながら零くんをちらりと見てみれば、うんうんと頷かれた。ひとまず零くんに与えられたミッションはクリアだ。たぶんだけど、UNDEADでの私の仕事は、サボりがちな薫くんを呼び寄せることだけなんだろうなぁ。零くんがいれば、アイドルとしてのやり方に私なんかが手を出す必要なんか無いだろうしね。


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