マドモアゼル




「あの、ほんとに、この格好で学院歩きたくないんですけど、」
「大丈夫ですよ、今日は友也くんだって朝からドレスを着たままですしね♪」
「この学院で、女の身でありながら女丸出しになるのはちょっと、」
「演劇部部長の私が寄り添っていれば皆部活の一環だと思ってくれますよ」

今日もあの綺麗なドレスを着るように言われて着替えてみたのだが、渉くんはそんな私をにこにこしながら部室の外へと連れ出した。

「う、うぅ、」
「何を呻いているのですか?とっても美しいですよ、自信を持ってくださいお姫様♪」

渉くんは私を導くように優しく手をとり引いてくれた。たしかに堂々とお姫様になったつもりでいた方がすれ違う人たちも演劇部の活動だと思ってくれるかもしれない。深呼吸をして背筋を伸ばすようにした。

「その調子です!」
「ありがとう渉さん、ところでどちらへ向かっているのかしら?」
「旧き友のところですよ」


誰のことだろう、なんて思いながらも大人しく渉くんについていけば、たどり着いたのは手芸部部室だった。

「こんにちは!貴方の日々樹渉です!」
「んああっ、びっくりしたぁ…何やの、お師さん今ナイーブなんやからノックくらいしてくれへん?」

手芸部部室には2年生の影片みかくんの姿しか見当たらなかった。

「おや?宗はどちらへ?」
「そこにおるけど…」

みかくんの視線の先には桃色の毛布の塊があった。微かに動いているし、まさかあの中にValkyrieの宗くんがいるとでも言うのか。

「宗!そんなところに隠れていないで出てきてください!見てください!貴方の手掛けた素敵なドレスがこんなにも似合う人が現れましたよ!」

渉くんに背中を押されて宗くんと思われる塊に近付けられる。というか、このドレスを作ったの宗くんだったのか。まさかそんな素晴らしいものを私が着てしまっているなんて。

『はじめまして、貴方はだぁれ?私はマドモアゼルって呼ばれているの』
「はじめまして、マドモアゼル。私は春からプロデュース科として3年B組に転入してきた山田楓です。渉くんに誘われて演劇部に入って、この素敵なドレスが目にとまったから着させて貰いました」

危ない、私に演技の経験がなかったら裏声人形劇にびっくりしてしまうところだった。無事に自己紹介できてよかった。

『とっても似合っているわね。そのドレス、去年渉くんに頼まれて宗くんが作ったのよ。私もそれとお揃いのドレスを作って貰ったのよ』
「宗くん、お裁縫とっても上手ですね。こんなに素敵なお洋服、初めて着ました」
『褒めてくれてありがとう♪ほら宗くんもお礼を言わないと』

何の茶番をさせられているのだろうと思いつつマドモアゼルと会話をしていると、宗くんがかぶっていた毛布を外して頭を出してくれた。

「渉、何なのだねこの小娘は」
「彼女の自己紹介の通り、プロデューサーですよ。そして私の幼馴染みです」

ふぅん、と言って宗くんは立ち上がってくれたのだが、思ったよりも背が高く、威圧感もあった。だがそれよりも、この距離で見る宗くんが美しすぎて息を飲んだ。

「は、はじめまして。山田楓です」
「さっき聞いたのだよ」
「さっきはマドモアゼルにした自己紹介だから…一応、宗くんにもと思って」
「おや、僕のことを知っているのかね」

宗くんが驚くことに驚いた。この学院で帝王としてトップにいたValkyrieを認知していないわけがない。

「知ってる。Valkyrieのライブよく見てたから」
『それは嬉しいわ♪Valkyrieのこと応援してくれていてありがとう』
「最近はライブなんてできていないがね…」
「…応援してるから、またライブしてるとこ見たいです」

あの日、渉くんの演劇からその後に続くアイドルたちのライブも見続けていた。Valkyrieが崩壊したあのライブも。だからこれ以上、かける言葉を見つけられなかった。

「なので宗が元気を出してくれるように、貴方が喜びそうなものを見せたかったんです」

渉くんはそんなことを言いながら、私の肩をぽんと叩いた。

「どうですか?似合っているでしょう!ぴったりでしょう!美しいでしょう!愛らしいでしょう!インスピレーションがわいてきませんか?」
「どこぞの作曲家のようなことを言わないでくれたまえ。ドレスに着られていないところは評価するが、ぴったりだとはとても言えないね。これは依頼されたときの男子生徒の体型にぴったり合わせて作ったものだ。この小娘ではウエストが余ってだらしがないしバストが足りずに布地が張りすぎているよ。ぴったりにしたいと言うのなら今すぐ直してみせるからサイズを計るよ、脱ぎたまえ」

毛布に引きこもっていたとは思えない勢いで喋られて混乱する上、脱げとか言われた気がする。私たち同い年の男女じゃなかったですっけ?そんな軽率に脱げとか言っちゃう?

「お、お師さんそんな、女の人にそんな簡単に脱げなんて言うたらあかんよ」
「渉はこのドレスを直すために小娘ごと連れてきたのだろう?友人の頼みを無下に断る僕ではないよ」
「私の目的はドレスがまだ生きている姿を見せて宗に元気になってもらうことだったのですが…目的は達成できたのでよしとしましょう!」
『渉くん、宗くんのためにありがとうね♪』
「いえいえ♪友のためとあらばお安い御用ですよ」

二人の友情は美しいので喜ばしいことではあるが、今ドレスを脱いだとしても代わりに着る制服は演劇部の部室に置きっぱなしだし、どうしよう。

「影片、サイズを計り終えるまで廊下に出ていたまえ」
「んえぇ!?俺だけ除け者なんてイヤや!」
「人の目があると小娘もやりづらいだろう。言うことが聞けないとは言わせないよ」
「う、うう…お師さんの創作意欲が湧いたなら邪魔するつもりはあらへんけど……」

みかくんにはまだろくに挨拶もしていないのに、宗くんに追い出されてしまった。

「渉」
「まさか私も除け者にするおつもりで!?悲しいです!私と宗は何でも共有する親友だと思っていたのに!しくしく!」
「追い出すつもりは無いが、せめて背中を向けるくらいの配慮はしなよ」

有無を言わさず私はこの場で脱いで宗くんに測定されることが決まってしまっているみたいだ。なんでこんなことになってしまったのだろうか。
渉くんが背を向けたのを確認すると、自然と宗くんと目があって気まずくなる。

「初めて会話をする相手の前で服を脱ぐなど気が進まないのはわかるよ。だが僕の目的は、僕の芸術作品をより美しくみせることだ。君を測定した記録はこのドレスの調整が完了したら破棄するので安心したまえ」
「…宗くんのことは何も知らないけど、私が信頼する渉くんが宗くんに任せていいって思ってよしとしてるみたいだから…宗くんのことも信じるよ…」

人前で、男の子の前で服を脱いだことなどないというのに、背中のチャックをおろし、レースの袖から腕を抜いた。

「上半身だけ計れれば充分だよ」

スカート部分に問題が無かったおかげか、そこでとめてくれた。上半身はブラしか纏っていないので緊張したが、宗くんは慣れた手つきで私の肩幅や胸囲や腹囲などを細かくはかって記録していった。

「…美しいね」

計測をしながら宗くんがそんなことを呟くものだから、一気に顔に熱が集まった。舞台上以外で美しいなどという言葉をかけられることなどないし、しかも美しい宗くんから紡がれた言葉だというので威力が凄まじい。

「計測は終わりだ。ドレスは僕が預かるので、君は代わりにこれでも着て帰りたまえ」

宗くんは隅に置いてあった手荷物を探ると、緑色のジャージを持ってきて私に差し出した。斎宮と書かれているのが見えるけど、これ宗くんのジャージじゃん。

「今日の体育は休んだから洗濯したままの状態だよ。早く着替えたまえ」

考える隙すら与えてくれず、宗くんは着替えを見ないようにか背を向けてくれた。あまり皆を待たせるのも申し訳なくて、急いでドレスを脱いで、宗くんのジャージを身にまとった。

「着替えました…」
「おやおや、宗の服では裾も袖も長すぎるみたいですね」

私が腕捲りをしている間に、渉くんは私の足元でしゃがんでズボンの裾を折って調整してくれた。

「芸術のためとはいえ肌を見てしまってすまなかったね。いつかお詫びはするので覚えていてくれ」
「え、いやそんな、私に合うドレス作ってくれるだけでそれは充分っていうか、なんというか、」
「それでは僕が納得いかないというだけだ。何か困ったら言うといい。僕にできることなら、一度くらいは助けてあげなくはないと思うよ」

あの帝王の宗くんにそんなことを言ってもらえるとは思ってもみなかった。でも覚えておこう。最近は衣装製作とかしてるし、お裁縫の技術で宗くんは確実に頼れる人間だ。きっと困ったときには頼りになる。
まぁでも、しばらくはまともに宗くんの顔など見れないだろうけど。


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