かき乱される



「すごーい!ぴったり!見て見て!」

演劇部が持っていたドレスを宗くんが手直ししてくれたのだが、本当に着やすくて私の体にぴったりのサイズになっていた。
背中のチャックが無くなって編み上げたリボンになっていたり、細部が更にグレードアップまでしていて、サイズに関係ないところまで綺麗に手直しされていた。

「楓さんドレス似合うわぁ、本物のお姫様みたいや」
「えへへ、ありがとう〜。宗くんの腕ほんとにすごいね?私なんかが着ちゃうの、恐れ多いよ」
「馬鹿なことを。君のために合わせたのだから君が着ないと意味がないのだよ」
「ふふ、本当にありがとうね。こんなに綺麗なドレス着たのも初めてだし、似合うって褒められちゃうし、すっごく嬉しいよ」

こんな体験ができるなら、宗くんに下着姿を見られたことなんてお安いものだ。なんて考えていたら、あのときのことを思い出してまた顔が熱くなった。

「どう?渉くん」
「美しすぎて本物のお姫様が現れたのかと思って見惚れていました!とってもお似合いですよ。ドレスもきっと大喜びしていることでしょう!」
「んへへ」

前の高校で演劇部をしている間はそこそこ色んな衣装を着られたけど、プロデューサーになったらそんな経験はもうできなくなると腹をくくっていた。しかし渉くんのおかげでまた演劇部に入れて、天才の宗くんの素晴らしい衣装まで着れて、とても幸せだ。

「満足したなら帰りたまえ。久々に裁縫をしたおかげで感覚が戻ってきて調子がいいんだ。僕は自分の作業に戻るよ」
「なんと!宗が元気になってくれてよかったです!これも愛の力ですねぇ!お邪魔しないうちに帰りましょうか、お姫様」
「え、この格好のまま?」

渉くんはいつのまにか私の制服を抱えていて、私の手を取った。

「せっかくの美しい姿を皆に見せなくていいんですか?すれ違う誰もが振り向くほどにお美しいですよ。皆に見せて驚かせてあげましょう!貴方たちのプロデューサーはアイドルにも負けないくらい輝いていると証明してみせましょう!」
「いやいや!私なんかそんな、」
「人前に出るのはお好きでしょう?宗の繕ってくれたドレスのこともそれを着こなす自慢のプロデューサーのことも、私は是非とも全校生徒に見ていただきたいですがね」

たしかに人前に出るのは好きだけど、それは舞台の上だけでの話だ。渉くんのようにどこでも目立ちたいわけではない。

「と、言うわけで。宗、お世話になりました♪とびっきりの愛をありがとうございます!」
「おわっ」

渉くんは私をお姫様だっこで軽々と持ち上げて、手芸部の部室をあとにした。

「ちょっと…!は、恥ずかしいって!」
「ご心配なさらず!私が居れば、いつものことだと思われて終わりですよ」
「それはそれで渉くんが問題児みたいでよろしくないかと…!」
「構いませんよ。楓の取り乱した顔が見られてとても楽しい気持ちになれているので」
「よくない…!」

ドレスを着ているというだけでも恥ずかしいのに、更に恥ずかしいお姫様だっこまでされているんだ。それを廊下ですれ違う生徒たちにも見られるし、穴があったら入りたい。

「嬉しいんですよ、私。ずっと連絡もくれなかった楓がこうして夢ノ咲に来てくれて、同じクラスで演劇部にまで入ってくれて。はしゃいでしまうのも今だけは許してください」

そんな言い方をされたら、やめろなんて言えなくなるじゃない。

「…ごめんね。アイドルだと思ったら簡単に近付いちゃいけない気がしてて。でも劇もライブも、渉くん出るやつ全部見てたよ」
「全部ですか、それはなんと嬉しいことでしょう!愛あってこその行動ですねぇ」

まぁ否定はしないけど、久々に愛だなんだと言われると恥ずかしいな。
中学の頃より更に美しさに磨きがかかった渉くんに大人しく運ばれて、演劇部部室前でおろされた。

「さぁどうぞ、お姫様…☆」
「ふふ、ありがとう王子様」

わざわざ扉を開けて、私を先に中へ入れてくれた。

「…せっかくだから、もうちょっと着ててもいいかな」
「もちろんです!貴方に合わせたそれはもう貴方のドレスなのですから、お好きにしていただいていいのですよ!」
「私のってことにしちゃっていいのかなぁ」
「いいんですよ、どうせ演劇部にはそれを着られる人は他に居ませんし」

私がソファに座ると、渉くんも隣に腰かけた。

「むしろ、貴方が着てくれないと宗がご機嫌斜めになってしまいますからね」
「それはよろしくないねぇ…」

厚意はきちんと受け取らないと失礼だろう。けどこれを着るたびに宗くんを思い出すのは、単純に心臓に悪いんだけど。

「歯切れが悪いですね?まだ宗に肌を見せたことを気にしているのですか?」
「げ。…よくわかるね?そりゃあさ、ちょっと刺激的すぎたからね…」
「忘れさせてあげましょうか?」

何その不穏な台詞、なんて思ったら頬に手を添えられて顔を渉くんの方に向けさせられた。

「私と居るときに他所の男のことを考えて頬を赤らめるなんて、悪い子のすることですよ。私が嫉妬で狂ってしまったらどう責任を取ってくれるんです?」

ドキッとしてしまったけど、渉くんは昔から歯の浮くような台詞で私を騙そうとすることが多々あった。久々とは言え素直に騙されてたまるものか。

「嫉妬で狂う前に渉くんをお婿さんにしてあげようかな。私が渉くんをいっぱい甘やかしていっぱい幸せにしてあげる。それで許してくれる?」
「おやおや…」

渉くんは頬を染めるけど、死んだふりすら上手にできてしまう渉くんが顔色を変えることくらい容易いことだろう。昔できなかったことでも、今はできるかもしれないし。

「仕方ありませんね。約束ですよ?もちろん私も、一生かけて貴方を幸せにすると誓いますね」

柔らかく微笑んだと思ったら渉くんは私を抱き寄せて腕の中へと閉じ込めた。
昔も一度だけ、同じ目にあったことがあった。渉くんが夢ノ咲学院の合格発表を見に行くのについていったときだ。受かったと喜んだ勢いで、寒空の下で抱き締められて温かかったのを今でも覚えていた。

「抱き締め返してくれないのですか?」

あの時も、どうしていいかわからなくて渉くんの背に手を回すことなどできなかった。でも今は、渉くんの茶番に付き合っている最中だ。覚悟を決めて、私も渉くんをきつく抱き締めた。

「私、舞台以外では貴方しか抱き締めたことないんですよ」

わざわざそんなことを言われてまたしてもドキッとさせられた。私だって、渉くんにしか抱き締められたことはない。しかし昔よりも背も伸びて体も大きくなってより美しくなった渉くんは、心臓に悪い。
私を抱き締める力も、私の頭を優しく撫でる手つきも、渉くんの体温も匂いも全部本物で、行動原理と言葉が偽物だなんて、なんて滑稽なんだろう。

「貴方に関わる全てに嫉妬して割りと今にも狂ってしまいそうですけれど、高望みはできません。これ以上貴方の自由を奪うわけにはいきませんからね。貴方には、好きなことをして幸せになっていただきたいです」

これ以上、って何。私いま不自由してたっけ。もしかして前の高校で演劇科にいたのに、それを辞めてプロデューサーになったこと? たしかに演技は好きだけど、それは渉くんと一緒にやってきたから大好きだっただけで、高校卒業後の進路は普通の大学に行って普通に就職するつもりだったよ。

「私ちゃんと、好きなことできてるよ。プロデューサーになるのも自分で選んで転校してるし、嫌なら断ってたよ。忙しくて大変だけど、楽しいもん。こうして演劇部にきて渉くんと遊んでるのも、自分の意思でしてることだから、自由を奪われてるだなんて思ってないよ」

顔をあげて渉くんを見てみれば、珍しく驚いた顔をしていた。茶番に付き合っている最中に本音で喋りすぎたかな。

「…それはよかったです。無理をしているのではないかと心配していました。いつもつらいことも隠して頑張ってしまうところがあったので」

それは渉くんも同じじゃないか。渉くんが辛そうにしているところなんて、ほとんど見たことがない。

「もう、隠さないでくださいね。離れないでくださいね。私は貴方がいてくれればそれだけで幸せなので。いつか私を嫌いになるまで、ずっと傍にいてください。愛していますよ、楓」

私は渉くんに何かを隠した覚えは無いのだけれど。何のことを言ってるんだろう、なんて思っているうちになぜか愛を囁かれ、優しく微笑んだかと思うと、額に唇を寄せられた。

「ちょっ…、わ、わた、」
「…おや、唇の方がよかったですか?」

渉くんは私の頬を撫でてからその流れで唇を指でなぞってきた。いくら渉くんの演技とはいえ、二人きりの場所でそれはまずい。なんて戸惑っているうちに渉くんは顔を近付けてきて、その綺麗な顔を間近で見ていられるほど心臓が強くなくて、だからと言って拒絶もできず、ぎゅっと目を瞑った。

「…女の子がそう簡単に唇を差し出してはいけませんよ」

唇に触れられる感触があったのに渉くんの声は耳元で聞こえ、どういうことかと目を開ければ、唇は渉くんの人差し指に押さえられているだけだった。
一言文句を言おうとしたのに渉くんは離れる前に私の頬に口付けてから離れていった。

「どうです?私の愛と驚きは宗との出来事よりもAmazingだったでしょう?」
「……」
「楓?驚きすぎて声も出ませんか?」

茶番だと言うのはわかっていたけれど、ドキドキさせられたのは素直に悔しい。まさか渉くんがこんなことのために二度もキスをしてくるだなんて思ってもみなかった。後悔するレベルで顔が熱い。

「…あんまりやられると、今度は渉くんの顔見れなくなるかも」
「それは困りますねぇ。私は楓と会うために登校してるんですからね」
「それは言い過ぎ」
「本心ですよ」

渉くんの本心なんかわからない。私の取り乱した顔を見て楽しむような人だということはわかっているけど。だからこそ全部、演技なんじゃないかと思ってしまうし、遊ばれているだけなんじゃないかと思ってしまう。

「はいはい、もう私の負けです。降参します」
「おや…?もしかして、私の愛の告白は演技だと思われてしまっていたんですか?楓ったらひどいです!悲しいです、傷付きました!う〜、ぐすんぐすん!」

わざとらしく大袈裟に泣き真似をし始めたと思ったら、渉くんの頬には本当に涙が伝っていた。

「まっ、うそ、えっ、冗談でしょ?そんな、渉くんのこと泣かせるつもりなんか、」

嘘泣きかもしれないけれど、舞台上でも滅多に見ない涙に動揺して、渉くんの濡れた頬に手を延ばした。

「その通り、冗談ですよ」

その手をぎゅっと掴まれて、手の甲に唇を寄せられた。また、してやられた。

「楓は驚かせると驚いてくれるので好きですよ。では私は紅茶でもいれてくるので、その間に制服に着替えておいてください。家まで送ります」

渉くんはしばらく見ないうちに簡単に好きとか愛とか言うようになって、簡単にキスもできてしまうようになったのかもしれない。私の知らない渉くんの一面が増えてしまって、なんだか寂しかった。
渉くんが紅茶のために席をはずしている間に、私は急いで制服に着替え、帰ると書き置きを残して部室を発った。
渉くんの言う「冗談」がどこからどこまでを指すのかがわからなくて、頭が痛くなりそうだった。
家まで送ると言う渉くんの優しさを拒絶してしまうことになるけれど、散々もてあそばれた私の抵抗だ。

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