好きだよなんて
8連勤目の残業をへとへとになって終わらせて、空腹を我慢しながら帰宅したら、力が抜けて玄関で座り込んでしまった。忙しいとは言え頑張りすぎかなぁとも思うけど、お休み欲しいなぁとも思うけど、仕事を1日でも早く進めたい気持ちが勝ってしまい、どうしても仕事のことを考えてしまう。
立ち上がるのも億劫で、なんとなくスマホを見てみれば茨くんからのメッセージが入っていた。
18時頃に、お仕事お疲れ様ですと来ていて、20時頃にまた残業ですか?と心配までされていた。今は家についてもう21時だ。忙しくて全然スマホチェックできてなかったなぁと思いつつ、今帰宅したところ、と返事をしておいた。
やっとパンプスを脱いで、立とうかなと思ったら着信音が鳴り響き、画面には七種茨の文字が表示されていた。
「はい、お疲れ様」
『お疲れ様であります!毎日毎日残業して大変ですね』
「うん〜大変だけど楽しい」
『楽しいのはよろしいですが、あまり無理をなさらないでくださいね?貴方だけの体ではないんですから』
「あはは、妊婦じゃないんだから」
私が進めている企画がいくつもあるから、私に何かあって困る仕事もあるし、言いたいことに間違いはないけど。
『笑い事じゃありませんよ。今日お見かけした時も顔色が良くなかったですし、心配してるんです』
「…ごめんね、心配かけて」
『…だから、人が心配している時に嬉しそうにしない』
だって茨くんに心配させてしまうなんて、普通に生きていたらできない経験だ。茨くんのような偉い人が、私なんかの心配をしてくれるなんて。
『ご飯は食べましたか?』
「ううん、今からー。テキトーにパスタでも茹でようかな」
『きちんと栄養を摂ってくださいね。あまり遅くならないように、そろそろ切りますね』
「あ、待って」
別に何か話があるわけではなかったが、つい呼び止めてしまう。
「あの、寝る前にまた電話してもいい?」
『構いませんよ。その代わり早寝してくださいね?』
「うん、ありがとう。急いでご飯食べてお風呂入ってくるね」
『はい、ではまた後ほど』
プライベートの、寝る前なんて遅い時間まで付き合ってくれるなんて、よくよく考えておかしなことだ。茨くんだって暇ではないはずだし、私なんかの相手をしてくれるなんて。警戒しろとか言われるけど、どうしてもそういう優しさのようなものを与えられて警戒心が解けてしまう。それも全て罠だとしたら、ちょろい私は罠にかかるしかない。
電話を切ってから、玄関から重い腰を上げてリビングに向かいながらスーツの上下を脱いでソファに置く。暖房をつけて、ブラウスとタイツは洗濯機に放り込んでルームウェアを着て、ぐぅぅと鳴るお腹を抑えながら急いで手を洗い、鍋に湯を沸かした。
テキトーに茹でてミートソースをかけただけのパスタと冷凍庫にあった唐揚げをレンチンして食べて晩御飯を終わらせ、お風呂もドライヤーも全部終わらせ一息ついて23時。起きてる?なんてメッセージを茨くんに送れば、もちろん、なんて返事が返ってくる。今電話してもいい?なんて送れば、茨くんの方から電話がかかってきてびっくりして電話に出た。
「もしもし」
『ご飯とお風呂、済みました?』
「うん、待っててくれてありがとう」
『いえ、自分も寝る前に芹さんの声を聞きたかったので』
嬉しいことを言われ、疲れた心身に染み渡る。茨くんは私が何を言われたら喜ぶのかを知り尽くしているみたいに嬉しいことをたくさん言ってくれるから、私も簡単に喜んでしまう。
「明日で9連勤目なんだよ私〜、茨くんは?」
『出社したかどうかで言えば4連勤ですかね。まぁ家に居ても誰かしらから連絡が来てパソコンに触れたりしているので、正確な休みがいつだったかはよくわかりませんね』
「そんなに忙しかったら茨くんだって体壊しちゃうでしょ、大丈夫?」
『自分はその辺の馬の骨とは作りが違うので、このくらい何ともありませんよ』
強がりなのか本当なのかは解らないけど、そんなに忙しいのに私と電話する時間を作って貰っているなんて。私も茨くんの休みを潰している内の一人なのではないか。
「…私、茨くんの仕事の邪魔になってない?大丈夫?」
『心配性ですね。謙虚すぎて足りないくらいですよ。もっとわがままを言って頼って下さいと言ったのに、あれから全然何のおねだりもしてきませんし』
「それを言うなら…茨くんだって、もっとおねだりしてくれて良いんだけど」
『そうですか?ではまずきちんと休暇をとってください。貴方に休みが無いと自分も貴方の望むような可愛らしいおねだりもできませんし、デートだってできないじゃないですか』
あぁほんとだ、私のせいで茨くんが甘えられる隙を与えられてなかったのか。それは申し訳ないことをしてしまった。
「じゃあ…明日出勤して、明後日はちゃんと休む。だから、明日か明後日時間が合えば、茨くんとご飯でも行きたい」
『構いませんよ。自分も明後日は休暇ですのでデートでも…と言いたいところですが、お疲れのようなので連れ回せませんね。家でゆっくり体を休めて頂きたい』
「うぅ…、ごめんね、私全然茨くんのために時間作って彼女みたいなことできてないね…」
せっかくの休みなのに、気を遣われてデートもできないなんて。役に立ててないようで申し訳ない。
『お気になさらないでください。貴方が多忙なのは理解していますし、自分も忙しくてあまり恋人らしいことできていませんし』
「…ねぇ、あの、提案なんだけど」
『何でしょう?』
「おやすみだけじゃなくて、好きって言い合うのは…どうかな」
我ながら疲れている頭でしか口にできない提案だと思った。だけどこのままでいるよりも、何かそういう刺激が無いと茨くんだってドキドキも何もできないだろう。
『…そういうのは、強制するものではないでしょう』
「そ、そうだよね!ごめんごめん、聞き流しておいて」
数秒の沈黙の後に言われたのは、お断りだった。言わなきゃよかったと恥ずかしくなる。だってジュンくんが、好きな人と好きだと言い合って過ごせたら素敵だって言ってて、私もそれは素敵だと思ったからしてみたかった。
『ですが、疲れているのにそう言った新しい提案をして頂けるのはありがたいことです。試しに芹さんから先に仰って頂いてもよろしいですか?』
「えっっ言うの?嫌なんじゃなかったの?」
『誰も嫌だなんて言っていませんよ。好きだと言われて嬉しくない訳無いではありませんか』
なんなの、強制するなって言ったくせに、私には好きだと言うよう強制してくるなんて。絶対私が慌てさせて楽しんでるでしょ。
「…好きだよ」
『どのくらいですか?』
「どっ…?…世界で一番」
『男として?それとも、アイドルとして?』
何、何を言わせたいの。なんで好きの一言で納得して俺も好きだよと返事をくれないんだ。
「全部ひっくるめて、茨くんが好きだよ」
嘘だとしてもなかなか恥ずかしくて顔が熱い。もう早くおやすみをして布団に飛び込みたいくらいだ。
『ありがとうございます。自分も芹さんのことが好きですよ。いつも感謝しております』
「…こちらこそ、ありがとう」
『明日また会えるのを楽しみにしていますよ、おやすみなさい』
「うん、おやすみ…」
電話を切り、枕に顔を突っ伏した。なんだこの叫んでしまいたくなる恥ずかしさは。世の中のカップルたちはこんなやりとりをして毎日生きてたりするのかな、これはちょっと、というかかなりの破壊力だ。
「良すぎる……」
寝る前に受けていい刺激ではなかった。顔の熱さも冷めぬまま、悶えている内にいつの間にか眠りへと落ちていった。
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