天使の温もり
「朝…?」
まともに布団に入って眠りについた記憶すら無いのに、目を覚ますと朝日が射し込んでいて明るかった。茨くんからのモーニングコールよりも早く起きてしまうなんて、とも思ったが、いつも起きるときよりも明るくて外の車や人の声などがやけに聞こえてくる。嫌な予感がしてスマホを見れば、出勤時間の9時を過ぎていた。
慌てて飛び起きながらスマホのロックを解除してみると、茨くんからの着信が五件と、『おはようございます。大丈夫ですか?時間なので出社します』とのメッセージが入っていた。
「…、あ、すみません、あの、寝坊しちゃって…ち、遅刻します、すみません」
上司に謝罪の連絡を入れて、今日のスケジュールを確認する。幸いなことに、午前は事務所で事務作業をする予定しか入れていなかった。もしこれでアイドルに同行して何かするような仕事が入っていたら土下座でも許されないところだった。
寝起きでボーッとする頭で無理やり立ち上がり、急いで身支度を済ませてESビルへと向かった。
P機関の事務所に着いてからはぺこぺこと頭を下げまくって、自分の仕事に取り組んだ。寝起きに飲まず食わずでダッシュしてここまで来たせいで心臓がばくばくとうるさい。水くらい買ってくればよかったと思うけど、今から抜けて自販機に行くのもなんだか忍びなくて動けなかった。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「へ?んぁ…走ってきたから、疲れたかも」
「そう?ならいいけど…」
隣の席の同僚に心配までさせてしまうし、申し訳ない。今朝のモーニングコールを聞きそびれてしまったのも勿体ないし、寝坊をすると悪いことだらけだ。これからは気を付けよう。
集中力も保てないまま昼になり、皆がランチへ向かい始めたので私も流れに身を任せて昼食をとることにした。
朝も食べていないからお腹が空いてもいい頃なのに、そんなに空腹感も無いけれど。社員食堂で食べたら食べきれないような気がして、ビル内のコンビニで水とサンドイッチだけ買って、空中庭園に向かうことにした。
屋外に出ると、太陽が眩しくてくらっとする。疲れてるなぁなんて思ってため息をつきながらベンチのある方へと向かっていると、花壇を手入れしている天使を見つけた。
「創くん…」
「あ、おはようございます芹さん!お昼時にここで会うなんて珍しいですね?お昼ごはんですか?」
うわ〜〜抱き締めたい、なんて衝動をどうにか抑え、うんうんとうなづいて返事をした。
「なんだかあんまり顔色がよくないみたいですけど…大丈夫ですか?」
「そうかなぁ?どこもおかしくないと思うけど…」
ベンチに座るように促されて腰をおろすと、創くんも隣に腰かけた。喉が乾いていたので、話している最中ではあったがペットボトルを開けて水を口にした。歯磨きぶりの水分に潤わされ、少しだけ生き返った気がした。
「元気も無いみたいですし…熱でもありそうに見えますよ」
「…うそぉ、ないと思うけど」
自分の額に触れてみたものの、普段温度を気にして触っていないため、熱が有るのか無いのかわからなかった。
「お顔、ちょっと赤いですもん。無理しないでくださいね?お仕事大変なのかもしれないですけど…」
もしかして同僚に顔色が悪いと言われたのも、走ったせいだとかじゃなく、体調の悪さからきているものだったのか。
「…自覚したら体調悪い気がしてきた…」
「えっ、ど、どうしましょう、医務室まで一緒に行きますか?」
「…熱、創くんのと比べてもいい?おでこ…」
これで熱いと言われたら潔く医務室に行こう。前髪を掻き分けて創くんの方に差し出せば、創くんに驚いたような顔をされる。
「あ、あの、今花壇を触ってたから手が汚れてて…、どこも触れないので、あの、僕固まっておくので、前髪どかして使ってくださいっ」
創くんは土で汚れた手がどこも汚さないように、手を組んで胸の前に固定していた。
「ごめんね、ありがとう。んわ、前髪さらさら…」
創くんの柔らかい前髪を少しどかすと可愛らしいおでこが丸見えになる。緊張したような表情でこちらを見てくるし、可愛すぎてくらくらする。
「…ごめんなさい、照れちゃって」
恥ずかしそうにそう呟く創くんの頬まで少し赤く染まってきていて、自分達の距離感に私まで緊張して脈拍が速くなる。こんなに緊張して顔を近付けて触れあうだなんて、なんだかキスでもしてしまうみたいで。そう思うと一気に恥ずかしくなってきて、自分の顔の熱さを感じる。
恐る恐る更に距離を詰めると、創くんは目を瞑る。天使のキス待ち顔を見せられて、このまま私は死ぬんじゃないかと錯覚する。しばらく眺めて目に焼き付けてしまいたかったけど、この状況を人に見られたらまずいという最後の理性で、ぴたりと額をくっつけた。創くんの額はなんだか冷えているような気がした。
「ええっ、芹さんのおでこすごく熱いですけど、これで働いてたんですかっ?」
「…そんなに?」
「僕が外にいたから少し冷えてるっていうのもあるかもしれないですけど、それにしても熱いですよ、ちゃんとお熱計りましょう?医務室まで連れていくので」
「ん〜〜でも…午後も仕事あるし…」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!倒れたらお仕事どころじゃないですからね?」
このまま働いて創くんに心配をかけさせてしまうのはよくない。でもここで熱が発覚して帰らされてしまうのも、あんまりよくない。
「…少しの間、創くんが膝枕してくれたら医務室行く」
「ええっ?膝枕は全然構わないですけど…約束ですよ?満足したらちゃんと医務室行きますからね?」
「うん、ありがとう」
とにかく今からどうするか考える時間が欲しくて、ここにとどまりながら創くんを堪能できる交渉を思い付いてしまった。しかもそれを受け入れられて驚いたのだが、私はすぐさまベンチに横たわって創くんの太ももに頭を乗せた。
「ここにあんまり居ると体も冷えてしまうので、10分したら無理矢理にでも連れていきますよ?」
「うん…」
横になったら急激に眠気が襲ってきた。目を瞑ると、体を覆うように何かをかけられた。一応見て確認してみれば、創くんが着ていたのを見たことがあるコートだった。
「…ごめんね、迷惑かけて…」
「いえいえ、こうして芹さんに甘えて貰えちゃうので、嬉しいんですよ。いつも一人で走り回って頑張っていたので、お役に立てるのは嬉しいです。体調崩しちゃうのは、嬉しくないですけどね」
私は甘えるよりも甘えて貰う方が好きなんだけどなぁ。元気になったら、今日のお礼として創くんを甘えさせてあげよう。や、それだと私が貰いすぎてしまうのかな。もうよくわかんないや。
「…芹さん?もう寝ちゃいました?」
「ん……」
いや、起きてはいるんだけど。熱だと自覚したら食欲が無いのも体調不良のせいかと自覚がしてしまうし、頭がぼーっとするのも集中できないのも全部そのせいだと思うと、体もだるくなってきた。
「……、あ、もしもし?いばにゃんですか?お忙しいのにごめんなさい、芹さんが体調不良で動けないので助けて欲しくて…、はい、…はい、今空中庭園に居るところで……」
茨くんにこんな弱ったところ見せたくなかったのに、なんであんずちゃんとかじゃなくてよりにもよって茨くんなの。
そんな文句を言うこともできぬまま、私は眠りについた。
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