独占欲らしきもの



「おはようございますプロデューサー殿!本日もお美しい限りでありますね!」
「おはよ〜朝から元気だね」

あれから毎日、茨くんとはおやすみの電話をしているし、モーニングコールもして貰っている。アラームで起きるのは苦手だったのに、朝から茨くんの声を聞くと元気すぎて面白くて目が覚めてしまうのだ。以前、守沢さんのアラームを商品化したところ好評だったし、茨くんのも出してみないか提案してみよう。
今日もモーニングコールをしたのに、出勤したら会ってまたおはようを繰り返す。おかしいけれど、不自然に思われないように見せているだけだ。

「おっ、ほんとだ。芹ちゃんは今日も可愛いねェ」

何かが駆け寄ってきたと思ったら、可愛いなんて言われて肩に腕が回ってきた。

「燐音くん朝からアルコール回ってるね?」
「ありゃ、芹ちゃんには何でもお見通しだなァ。すごいすごい」

いつもより過剰なスキンシップで、わしゃわしゃと頭を撫でられる。朝の一番整った状態の髪に触らないで欲しいんですけど。

「天城氏、飲酒とセクハラの痴態を晒すのやめてもらえます?コズプロの品位が下がります」
「いやいや、飲酒は認めっけどセクハラじゃねェよなァ?芹ちゃん嫌がってね〜し、てかこのくらい日常茶飯事だよな?」

うちゅ、と頭部に唇を押し付けられた気がする。いやそれは普段から浴びたことも無いし、茨くんがどうとか関係なくまずいんですけど。

「天城氏!!プロデューサー殿もアイドルを甘やかさない!腕を振り払うくらいしてはどうですか!」
「いや、できたらしてるから!こう見えて燐音くん腕めちゃめちゃ力入れてるからね!?」

さっきから腕をどけようとしてはいるのだが、何の嫌がらせか全然離してくれる様子がない。

「きゃはは!怒るとシワが増えちゃうぜ」
「…」

茨くんは大変イラついた表情で、燐音くんの腕を掴んで無理やりどかし、私の腕を引いて燐音くんから離れさせた。

「んだよ、プロデューサーちゃんと戯れるのもダメってか〜?羨ましいなら副所長ちゃんもべたべたすればいいのによォ?」
「羨ましいなんて思ってもいませんよ。恥じらいを知れと思っているところであります。午後の撮影までにアルコール抜いてこなかったら今後の仕事減らしますよ」
「あ〜そしたらパチンコ行く時間できちまうなァ」

お酒の抜けきらない燐音くんはいつも以上にへらへらしているし、茨くんもこれに本気になってもどうしようもないだろう。

「お仕事午後からなのに朝から来てるんだね」
「ん〜なんか起きたら公園のベンチだったから、そのまま来た」
「アイドルだという自覚を持って欲しいですね〜!さっさとシャワー浴びてきてください!無理やり連行しましょうか!?」
「副所長も一緒に浴びる?えっち」
「馬鹿言ってないではやく!」

騒いでいる間にエレベーターが降りてきていたので、私たちは一緒に乗り込んだ。

「芹ちゃんは今から何の仕事?」
「HiMERUくんと打ち合わせ」
「なんでメルメルだけ?ずりィっしょ、今度俺っちともお仕事しようぜ。俺っちも芹ちゃんと2人っきりで打ち合わせしたい」
「天城氏」
「HiMERUくんだけじゃなくて茨くんもいるし他の人も在席するよ」
「じゃあ俺っちとの仕事のときは2人でよろしく」

よろしく、なんて語尾にハートが付きそうな勢いで言われ、ぐっとくる。素行は悪いが顔が良いのは本当にずるい。

「素行が悪い人にはお仕事あげません」
「その通りです。プロデューサー殿は先にコズプロの方に行って会議室の準備をしておいてもらってもよろしいですか?自分は天城氏を無事にシャワー室にぶちこむので」
「うん、任せて」

2人がエレベーターを降りるのを見送り、私は会議室へと向かった。


◆◆


HiMERUくんたちとの打ち合わせも問題なく終わり、ちょうどお昼だったのでそのまま流れで茨くんと共に社員食堂でランチを食べた。

「後で副所長室に来て貰ってもよろしいですか?何時でもいいので。確認したいことがいくつかあります」

言われた時は普通に仕事の話だろうと思って了承したのだが、解散してから今朝の燐音くんの件を思い出した。絶対何か言われるやつだと思って少し憂鬱になった。
早めに怒られようと思い、急ぎの仕事だけ終わらせて副所長室にお邪魔した。

ノックをすれば「どうぞ」と言われて中に入る。

「鍵、閉めてください」
「えっ、そんな怒られるの?」
「別に怒っていませんよ、プロデューサー同士の話を誰かに聞かれたくないのでね」
「あ、はい」

ちょっとびびりすぎたかな、なんて思いながら鍵を閉めて念のためドアノブが動かないことを確認する。ソファの方に行こうと歩きだしたら、茨くんに手招きされたので奥の茨くんのデスクへと歩を進めた。

「なんで呼び出されたか、解りますよね」
「…燐音くんのせい」
「半分正解です」

腕も足も組んで座ったまま私を見上げる茨くんはかなり不機嫌そうだ。さっき怒っていないと言ったのは嘘じゃないか。

「貴女ね、隙だらけなんですよ」
「…そんなに?」
「誰のことも警戒していないでしょう?だからこそ皆に好かれているんでしょうけど、そのままではいつ敵に襲われてもおかしくない。この世界、貴女のような隙だらけの人間がのほほんと生きていけるほど生易しくないですよ」

あぁなんか、本気の説教だ。燐音くんに甘すぎるとかそれこそそんな生易しいお叱りでもなかった。

「自分のことも警戒している様子が初めから見受けられませんし。危機感とか無いんですか?」
「…最低限の危機感はあるよ。でも警戒して距離取ってたらあんまり仲良くなれないし、警戒するより皆のこと信頼して受け入れた方が、皆のこと知れるし、皆にも信頼してもらえるかなって…そういう方針なんだけど…」

人付き合いについては茨くんと絶対に考え方が違うのがわかる。私は特に隠したいこともないからすぐ顔に出ちゃうけど、茨くんは本心を悟られないようにする傾向にある。

「天城氏や自分など、警戒するべき人間は見極めないと何をされるかわかりませんよ」
「…確かに燐音くんは警戒しなきゃなって思ったよ。というか、思ってたけど、腕力で負けた」
「そうでしょうね。貴女は女性なんですから、どんなに警戒しても力では負けてしまうんですよ」
「え、え、」

茨くんは立ち上がったかと思うと私との距離を詰めてきて、思わず後ずさればその分だけ茨くんは近付いてきて、気付けば背中が壁についた。

「逃げ場の無い方向へ逃げるのは得策ではありませんね」

顔の両脇に手を付かれ、所謂壁ドンをされて本当に逃げられなくなってしまう。

「きちんと周りを警戒していれば、天城氏の絡みも避けれたはずですし、顔が近付くのも止められましたよね。気が抜けている証拠ですよ」
「…ご、めんなさい」
「恋人としてでなく、同じプロデューサーの立場として真面目に注意してるんですが解ってますか?」

きつめの彼氏として嫉妬して怒られているものだと思っていた。

「心配、してくれてるんだ」
「何喜んでるんですか」
「だって、私のために叱ってくれてるんでしょ?同年代の人にちゃんとそういうこと言われるのってあんまり無いから、嬉しくて」

なんて喜んでいたら、茨くんの眉間のシワは深くなっていった。喜ぶんじゃなくて反省した方が良かったかな、なんて思ったら、茨くんの手は私と壁の間に入ってきて、抱き締められた。化粧が服についたら困ると思い、少し上を向いて茨くんの肩口より上に顔を出した。

「な、なに」
「いえ、ストレスを感じたので軽減させようかと思いまして」

ハグをするとストレスが減るなんて話を前にもした覚えがある。茨くんこのままだと私を抱き締めるたびにそれを口実にする気なのでは。それでは私もときめこうにもときめけないんだけどな。いいのかな。
困惑しながら私も茨くんを抱き締め返す。仕事中にこんなことをするなんて、通常じゃ考えられないのに、悔しくも私も癒されるし、ストレスが軽減されるような気がした。

「…大丈夫ですか?この行動自体が貴女のストレスになるようでしたら控えますが」
「…茨くんって案外おバカさんだよね?ストレスだったら、抱き締め返したりしないよ」
「一言、余計です」

仕事中に、誰にも邪魔されない密室でこんなことをしている背徳感、クセになってしまったらどうするつもりだ。それを狙った罠だとしたら、何も気付かぬふりしてかかり続けてもいいくらいには、茨くんの体温が心地よい。

「…芹さん」
「ん」
「疲れた時、またこうして呼び出してもよろしいでしょうか」
「…いいよ。その代わり、私が疲れた時も、こうして会ってくれる?」
「えぇ、構いませんよ。愛しい彼女からの頼みですからね」
「ありがとう」

あぁどうしよう、偽物の関係で、いつか終わりが来るとわかっているのに。終わる時までは茨くんを存分に堪能してやろうという欲が沸いてきているのがわかる。
茨くんの腕が緩み、少し体が離れたところで茨くんと視線が交わる。

「恋人なんて居ても煩わしいだけだろうと思って居ましたが…案外、悪くないものですね」
「好きになっちゃった?」
「えぇ、好きですよ。今すぐ噛み付きたいくらいにね」

偽りの告白だなんて解っているのに、ドキッとしてしまう自分が憎い。茨くんはすぐに私に顔を近付け、逃げるようにうつむいた私の額に唇を寄せた。

「…ちゃんと逃げられるじゃありませんか」
「だ、だって、警戒しろって」
「これからもその意気で頑張って頂きたいものですね」

不機嫌そうにそう言って、なぜかまた抱き締められた。茨くんこそ初めに比べて私に警戒心を解きすぎな気がするけどいいのかな。

「次またあんな場面見せられたら、許しませんよ」
「はい、気を付けます」

茨くんは体を離すと私の頬を両手で挟んで顔を上げさせた。キスでもされるのかというその距離に、顔を固定され逃げられない焦燥感が沸く。

「芹さんは可愛いことを自覚すべきです。同時に、俺の女だということも自覚して下さいね」
「…ひゃい」

女っ気は無く仕事以外に全く興味の無さそうだった茨くんの独占欲のようなものが向けられるのは、恥ずかしいけれど、気持ちがいい。

「…その顔色じゃ、表を出歩けませんね」
「だ、誰のせいだと」
「他でもなく俺のせいでありますね。他の男のせいでそんな真っ赤になっていたら酷く罵って真っ青にして差し上げますよ」
「本当にやりそうで怖い!」
「冗談であります」

いや、たぶん今のは冗談ではない。恋人として慣れてきた茨くんは、そのくらいのことはするだろう。

「さぁ、天使のように愛くるしい芹さん、そろそろ業務にお戻りくださいね。あまりここに長居すると、あらぬ疑いをかけられてしまう可能性もありますので」
「うぃ」

頬から離れていく茨くんの手が名残惜しい。もっと触れていたいとか、馬鹿にも程がある。それでも私からも何かしてやりたくて、茨くんの手を握って引き留める。

「いかがなさいました?」
「…お仕事がんばれる、おまじない」

以前茨くんにされたように、手の甲に唇を落とした。めちゃめちゃ恥ずかしかったけど茨くんの顔に視線を向ければ、気難しそうな顔で固まっていた。

「あ…ごめん、嫌だった、かな」
「…いえ、驚いただけです。というか、業務に戻ってくださいって言いましたよね。こういうことをされるとこちらも貴女とまだ触れ合っていたくなってしまうでしょう」

茨くんは顔を近付けてきたけど、狙いが唇では無い気がしたので固まって受け入れたら、頬に唇を寄せられる。

「…自分のこと、許しすぎです」

耳元で低く囁かれ、頬だか首だか解らないような当たりに何度もキスをされた。許しすぎかもしれないけど、今のをどのタイミングで止めれば良かったと言うんだ。

「だって…嫌じゃ、ないから。拒否できないよ」
「煽るのがお上手なようで」
「…好きな人になら、何されても良いって思うものでしょ?」

今のはわざとらしかったかな、なんて思ったけど茨くんには効いたようで、珍しく目が泳いだような気がした。

「ごめんね、お仕事戻る」

これ以上ここに居たら演技だとか忘れてどうにかなってしまいそうで怖くなった。茨くんを少し押し退けて、逃れようとしたら手を掴まれた。

「ど、どうしたの」
「…いえ、何でもありません。お仕事頑張りましょう、プロデューサー殿」

パッと手を離し、取り繕ったような営業スマイルを見せられる。まだ何か言いたかっただろうに、絶対に何か隠した。

「うん、また連絡するね」

問い詰めるほどの心の余裕が私には無くて、私は逃げ出した。顔色だってきっとそのままだろうけど、誤魔化すために早足でお手洗いへと向かい身を隠した。


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