手のひらの上



許さないと言われてしまったものの、それを受け入れる訳にはいかなくて、謝りに行こうと決意した。
定時になると、病み上がりの奴はとっとと帰れと優しい上司に無理矢理退勤させられて、休んでいた間にたまった仕事を、片付け終わる前に事務所から追い出されてしまった。茨くんに会う覚悟がまだ整っていなかったけど、今どこかとメッセージで聞いてみれば、一階に居るとすぐに返答が来たので、ちょうど目の前に到着したエレベーターに乗り込んだ。茨くんがこれから何処かに向かうのか、ESビルに戻ってきたところなのかわからなくて、とりあえず引き留めようと思い『会いたいからそこにいて』と勢いで送ってしまった。読んでさえもらえれば一階で待っていて貰えるだろうが、言葉選びが恥ずかしすぎたかもしれない。

エレベーターが一階に着き、開くボタンを押しながら他の人が降りるのを待ち、全員出たのを確認し出ようと思って前を見たらすぐそこに茨くんがいて足が止まった。既にボタンから手を離していたこともあり扉が閉まり始めたのだが、慌てて近付いてきた茨くんがドアを掴んで無理矢理開いてきた。

「早く降りないと閉まりますよ?」
「あ、ごめん、ありがとう」

逃げてどうすると自分に言い聞かせてエレベーターから降りる。会いたいと言ってこんなところで引き留めておきながら、ちょうど良い仕事の話も思い付かないし、本題を話す場所でもない。

「時間より少し早いですが、取引先の方たちがいらっしゃる前に我々は向かっておきましょうか」
「へ?」
「仕事終わりで空腹でしょうけど、打ち合わせに集中できずにお腹を鳴らしながらよだれを垂らすような粗相はしないでくださいね〜?」
「う、あ、そんなことするわけないでしょ、ニキくんじゃあるまいし」
「わかってますよ。冗談はさておき、行きましょうか」

行きましょうかって、どこへ。わけもわからぬままついていけば、外に呼んであったらしいタクシーに乗せられた。行き先は料亭らしく、めちゃくちゃスムーズに、強制的に晩御飯を一緒に食べることになった。
たしかに私も茨くんに会って話したかったのだが、用意周到すぎてびっくりする。一緒にご飯なんて話はもともとしていなかったのに、周りに聞かれても怪しまれないような会話でここまで連れてこられるとは。


「茨くんの行動力ってほんとすごいよね…」
「お褒め頂き恐悦至極であります!勤務中に全く連絡が無かったものですから、出待ちでもしないと話もできないかと思い待ち伏せておりました」
「あ、やっぱそういうこと…」
「さて、自分に言いたいこと、言わなきゃいけないことがあるのでは?」

向かい合わせの席で、見慣れた営業スマイルでそう問い掛けられる。むしろ不機嫌そうにしてくれた方が謝りやすいんだけど。

「…浮気に見えるような出来事を起こしてしまいすみませんでした」
「とんだラッキースケベでしたね」
「ええ、ほんとに…」
「ラッキーだったんですか?やはり喜んでいたんですね?」
「誘導尋問だ!」

こんなの罠じゃないか。見事に引っ掛かったおかげで茨くんは普通に笑ってくれたけど、この調子で罠にかかり続けたら何を言わされるかわかったもんじゃない。

「まぁ、自分にも非はありますからね。貴方が寝惚けている時にメッセージを既読だけさせて返信させずに寝かしつけたりしましたし」
「…だから何人か読んだ記憶の無いメッセージがあったのね。ていうか、それただの意地悪じゃない?」
「…そうですけど」

すん、と開き直って目をそらされた。意地悪したいお年頃なの?何なの?

「ははーん、さてはあれだね?好きな子には意地悪したくなっちゃうやつだね?」

私ばかりもてあそばれているし、たまには強気な態度も見せておこうと思って煽ってみた。しかし茨くんは私に目線を戻すと、ふ、と微笑んだ。

「ええ、まさにその通りでありますね」

煽ったのにあっさり認められてしまうとこっちがうろたえてしまう。というか、好きだとかそんな簡単に認められると、嘘だと解っていても動揺してしまう。返答に困っていたら、注文していた料理が運ばれてきて、途端にお腹が空いてきた。

「そういえば芹さん、クリスマスは仕事ですか?」
「24日はRa*bitsのクリスマスイベントにつきっきり…で、25日はお休みだけど…」
「だけど?」
「…他のアイドルのイベント25日にもあるし、観に行こうかなって漠然と考えてたんだけど、あの、クリスマス…デートのお誘いだったりする?」
「そのつもりでしたけど、まぁ貴方が仕事兼趣味を楽しむおつもりだったなら邪魔はしませんよ。一年に一度の特別な日のアイドルのイベントですし、アイドル大好きな貴方からしたら見ないわけにはいかないでしょうし」

そうは言われても、デートのつもりだったということは茨くんだって休みなはずだし。ていうか、一年に一度の特別な日とか言いつつデート誘うのずるいでしょ、クリスマスとかそういうの、行事としての興味なんて大して無いくせに。

「…そりゃクリスマスライブも気になるけど、でも、茨くんとデートできるならしたいよ…」

優柔不断で人任せな回答が口から漏れてしまい、余計なことを言わないように食べ物を口に運んだ。

「何時の誰のライブを観るおつもりだったんです?」
「お昼過ぎの紅月の。夜は、その、Knightsの…職権濫用して…舞台裏に入れてもらおうかなって…」

密かに企んでいた悪いことをうっかり話してしまった。まずい、同じプロデューサーの立場としてドン引きされるかも。

「チケットが取れてるわけではないんですね。でしたら紅月のライブが終わり次第、お会いできませんか?舞台裏なんて彼らにお姫様扱いもしてもらえない場所で過ごすくらいなら、自分とデートをしてお姫様扱いされる方が有意義な時間になると思いますが」

そう、そこなんだよね。客席にいないと彼らのファンサをまともに浴びられない。中途半端にしか味わえないなら、一年に一度どころか一生に一度しか味わえないであろう茨くんとのクリスマスデートをするほうが、有意義かもしれない。

「…そうする。けど、ほんとにいいの?クリスマスなんて特別な日に一緒に居るのが私で」
「ええ、そんな特別だと思っている日を自分と過ごしてくれると言ってくれる貴方だからこそ、こうして誘うんですよ。楽しみにしているので、体調管理に気をつけてくださいね」
「うん、気を付ける。その、茨くんもね」
「寒さで風邪を引くほど虚弱ではありませんので、ご心配なく」
「それならいいけど」

いいけど、寒さ程度で風邪を引かないならなんで寒いからって理由で同じベッドに潜り込まれなきゃいけなかったんだ。って、いや、茨くんの家だったもんね、蒸し返して抗議するのはやめておこう。

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