満たされない



仕事中茨くんから呼び出され、打ち合わせだと言って席を離脱してコズプロの副所長室へと向かった。大事な話もあるかもしれないし、と思いちゃんとノートパソコンも持って行った。

「失礼します」

ノックをして返事が来たので副所長室へと入室する。なんだか久しぶりに事務仕事に追われている茨くんを見た気がする。

「なんか忙しそうだね?」
「ええ、もう年末の処理やら何やらで大忙しですよ」
「副所長様は大変だね…。今日はどうしたの?何かお手伝いでもする?」
「ええ、ちょっとこちらへいらしてください」

手招きをする程の手も余っていないのか、目線で呼ばれて近寄った。茨くんの座っている真横まで歩み寄れば、茨くんは直ぐ様立ち上がり私を抱き締めてきた。

「びっ…くり、した」
「驚かせてしまいすみません。衝動的に呼び出してしまったのも急に抱き締めたのも、謝ることだらけでありますな。芹さんもお忙しいでしょうに、こんなところまで足を運んで頂きありがとうございます」
「いえ、どんでもないことです…お疲れ様?」

驚きやら何やらでドキドキしてしまっているが、とりあえずバッグを持っていない方の手だけは茨くんの背中に回し、背中を優しく撫でてあげた。

「…こんなことのために呼び出してすみませんでした」
「あ、抱き締めるために呼び出した感じ…?」
「ええ」
「お仕事の話は…」
「特にありません」

ホントに、私に触れるためだけに呼んだのか。プロデューサーではなく、恋人として。

「…あの、ちょっと、ちょっとだけ離してもらってもいい?」
「すみません、変なとこでも触ってました?」
「んふっ…いや全然そういうあれじゃなくて、荷物が邪魔だったから」

変な勘違いでパッと離れてしまう茨くんが面白くてちょっと笑ってしまった。来客ソファにバッグを置いて、すぐに立ち呆けている茨くんの傍へと戻る。

「はい、どうぞ」
「……」
「…あれ、もしかしてもういらなかったかな」

抱き締めやすいように両手を広げて構えてみたのだが、茨くんは黙ったまま動かなくて、自分の行動が急激に恥ずかしくなった。

「申し訳ありません、余りにも可愛らしいことをなさるので思考が停止しておりました」

なんて言いながらいつもの笑顔でまた私を抱き締めた。可愛いなんて言われドキドキしつつ、今度こそ両手で茨くんを抱き締め返した。

「忙しさで頭がパンクしそうだったんですが、一気に吹き飛んですっきりしましたよ」
「そ、そう、それは良かった」
「仕事の効率も上がりますし、もうすぐこれが無くなると思うと困りますね…」
「……」

だったらこのままずっと続ければ、なんて口が裂けても言えやしない。私だけが秘密裏に茨くんとそんなことをしているだなんて、ずるい。人に知られたら恨まれるに決まっている。それに長く続けていればそれだけ誰かに不審に思われる可能性も高まるし、茨くんのためにも、Edenのためにも、正しい距離に戻るのが最適だ。

「…芹さん?」

余りにも無言で考えてこんでしまったら、茨くんに名前を呼ばれてハッとした。危ない、あんまりボーッとしたら変に思われてしまう。
少し手を緩めて茨くんの顔の方を見れば、怪訝そうに私を見つめていた。もうこんな機会そう無いだろうなと思い、背伸びして顔を近付け衝動的に頬に唇を寄せた。

「なっ……」

珍しく茨くんは動揺して、頬が紅く染まるのが見てわかる。なんだかそれが可愛くて、つい笑みが溢れた。

「ふふ、驚いた?ごめんね?」

軽く謝ってみれば、眉をひそめてちょっと睨まれる。それさえも可愛く見えてしまうからもうだめだ。

「そういうことされるとキスしたくなってしまうので控えてもらえます?」
「へ」

指で唇をふにっと押され、一気に顔が熱くなるのを感じた。あんまり本気にしてしまうと戻れなくなるから、そっちこそそういうこと言わないでくれ。

「また真っ赤になってしまいましたね?冷めるまでどうぞゆっくりしていってください」
「いつまでもここにいたら茨くんの仕事の邪魔になるでしょ…」
「邪魔になるなら呼んだりしませんよ。ちゃんと癒されていますからね」

私が照れたせいで調子を取り戻したのか、余裕の笑みでまた私を抱き締めてくる。さっきまであんなに忙しそうだったのに、癒されるとか言ってこんなに可愛がられたら、私だって仕事を忘れて甘えていたくなってしまう。
私がいる間仕事なんて1ミリも進まないのにこんなことをされていたら、演技なんかではなく本当に構いたくて構っているのではと思ってしまう。何も、期待なんかしない方がいいのに。

「…それなら、しばらくこのままでいてもいい?」
「…ええ、喜んで。貴方が満足するまでお付き合い致しますよ」

どれだけ抱き締め合ったって満足なんかできないよ。触れられることがどんなに嬉しくても、寂しい気持ちが消えてくれないから。


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