撃ち抜かれる



遠足が楽しみで寝付けない小学生ばりに寝付きが悪かった。そのくせ朝はアラームよりも早く起きてしまい、静かな空間で目が覚めた。
あと5分もしたら茨くんからのモーニングコールがくるはずなのだが、せっかく早起きできたのだから私からかけてみようか。初めての試みにドキドキしながら発信を押すと、二回ほど呼び出し音が鳴った後通話が開始された。

『はい、いかがなさいました?』
「えっ……あの、おはよう?」

茨くんはなんだか焦った様子で、朝忙しかったのかなと不安になってしまう。

『これはもしやモーニングコールですか?おはようございます』
「おはよう、そうだよ、ただのおはようです…」
『休日の普段の芹ならまだ寝ている時間から電話が来たら、何かあったのかと思いますよ』
「そ、それはごめん、迷惑だった?」

なんだか怒られている気がしてしまい謝ってしまう。私そんな悪いことしたっけ。

『迷惑なんかではないので謝らないでくださいよ。驚かされただけなので』
「…心配させちゃった?」
『人に心配をかけて喜ばないように、と何度言ったらわかるんですかね〜?』
「えへ、ごめん」

近年稀にみる早起き程度で茨くんに心配かけさせてしまったのは申し訳ないが、慌てて電話に出てくれることも心配してくれることも、どうしても嬉しく思えてしまう。

「ていうか、茨くんもう起きてたんだね。よく考えたら今日のライブ午後なのに」
『自分は体調のために規則正しい生活リズムを心掛けているので、基本的にはいつもこの時間には起きてますよ』
「すごぉい…さすがトップアイドル…」

休日は昼近くまで寝る私とは意識に雲泥の差がある。

『そのトップアイドルのライブを良い位置から観られるんですから、心して来てくださいよ』
「うん!寝る前に着る服もチケットもサイリウムも、持ち物全部準備しといたから完璧だよ」
『寝癖を直すのを忘れないでくださいね?舞台の上からでもよく見えるので。今日も可愛い芹をお目にかかれると思うと精が出ますよ』

誰ですか昨日、誰彼構わず可愛いとか言わないとか言ってた男は。茨くんだよ。

「今日のおめかし、茨くんのためにしてくからちゃんと見てくれないと困るね」
『困らせないように気を付けますね。楽しみにしていますよ』
「それは私が言うことだよ〜、すっごい楽しみ!夜、余裕あったらいっぱい感想言わせてね」
『ええ、是非お聞かせ願いたい』

喋っていたら頭も覚醒してきたし、あんまり喋っていると朝の支度の邪魔になってしまうだろうということに気が付いた。

「じゃあまた、あとでね」
『はい。…芹からの電話、嬉しかったですよ。ありがとうございます』
「んえ、そんな、こちらこそありがとう…」
『今日も1日よろしくお願いします、愛していますよ』
「は…、はい」

はいって何だ。相槌じゃなくて返事をしろ私。

「私も、愛してる…」
『ありがとうございます』

ちゅ、と電話越しにリップ音が聞こえ、そのまま電話を切られてしまった。そういうことする人だっけ、とますます七種茨がわからなくなる。そういえば初めてデートしたときの手の甲にされたキスも、キャラに似合っていなかったし初めてしたと言っていた。色々と試行錯誤しているんだろうなと、なんだか茨くんが可愛く思えてしまう。

「さいこ〜〜……」

今の電話を録音しておきたかったなという後悔とともに悶えて、そのまま二度寝をキメてしまった。




職場の仲間に見られたらオフィスとのギャップに驚かれそうなくらいにはメイクも服装も完璧にキメて、ライブ会場へ入場した。首から下げておけと言われた社員証だけが鬱陶しいが、良い席のチケットを頂いている以上文句は言えない。

「あれ?お隣さん、プロデューサーさんですね?よかった〜〜、上司来れなくなってどんなおじさん社員が横に来るんだろうってそわそわしてたんですよね〜」

隣の席のめちゃめちゃ可愛い子も首から社員証を提げていて、どうやらコズプロ所属の営業の人らしかった。

「すみませんなんか、コズプロ席に混ざっちゃって」
「あはは、こんな前の方に社員そんないませんからね、私とプロデューサーさんだけですよ。他の社員は真ん中あたりに少しと、あとは一番後ろくらいがほとんどですね」
「えっ、そんな数少ない良い席のチケット貰っちゃってたんですね私」
「そうですよぉ、楽しみましょうね!」

こんな前の方の席をコズプロの営業二人に与えていたってことは、Edenの魅力を肌で感じて営業として売り込むための力にしろという思惑だろうか。私も全力で楽しむつもりではあるが、一応関係者だし、視野を広く、全体を見るようにしなければ。

ライブが始まるまで、隣のコズプロの子と仕事の話をして盛り上がっていたのだが、会場が暗くなってきて始まる空気になってきたので、急いでサイリウムを4本取り出して、4人それぞれの色に光らせた。

「わわ、真面目ですね」

隣の子は2本をEveの2人の色に光らせていた。2本でその色にするということはそっちに推しがいるんだろう。
EdenらしいSEが流れはじめ、舞台袖から綺麗な歩き方で一人ずつ登場し、その度に歓声がわぁっと上がってぞくぞくした。Edenを知ったその日から、ずっと近くで観たかったライブがやっと、こんなに近くで観られると思うと興奮した。

曲が始まると、生演奏の圧と、生歌の圧で死にそうになった。常日頃から皆とは近くで接しているはずなのに、舞台上での彼らは同じ人間とは思えないほどかっこよくて、輝いていて、神々しかった。ナギさんの低音にジュンくんの透き通る声、日和さんの華やかさに茨くんのしなやかさ、褒めるべきところがありすぎて、目が足りないし脳も足りない。
1曲目が終わる頃、茨くんばかり目で追ってしまっていたことに気が付いてハッとする。

「ジュンくーーーん!」

隣の子の歓声で、ジュンくんがこちらに手を振ってくれていることに気が付いて、左手に持ったEve色の2本のサイリウムをぶんぶんと振り返した。

「見ました今の!?ジュンくんがお手手ふってくれた〜〜っっっ」
「ジュンくん推し?」
「ええ!大好き〜〜!プロデューサーさんは?」

ジュンくんのことは普通に好きだよ、アイドルとして。それ以上は何も言うまいと思い、黙ったままサイリウムを4本とも茨くんの色に変えて見せた。

「やば、関係者として呼ばれてそんな大胆な…じゃあ私もそうします、ジュンくん一筋なので」

ドン引きされたかとびびったが、隣の子も真似してサイリウムを2本ともジュンくん色に変更した。ついでにバッグからうちわまで取り出すし、ガオ〜して、なんて不思議指定まで書かれていた。確かにそう言いたくなる振りもあるけど、わざわざガオ〜と書かれると可愛すぎて困る。
私も負けじとうちわを出したが、手がいっぱいすぎたのでサイリウムを2本しまうことにした。

『よそ見しないでくださいね!』

わたわたしていたら茨くんのそんな声が聞こえてバッと顔を上げると一瞬だけ目が合った気がした。気のせいかもしれないけど。
次の曲が始まったが、なんかもう茨くん推しだし、茨くんばっか見てても良い気がしてきた。
副所長として、プロデューサーとしての茨くんを見る機会の方が多かったせいで、久々に見るアイドル姿が最高すぎて、感極まって泣きそうだ。
ここのところ毎日、こんな激やばアイドルと恋人として過ごしていたかと思うと、畏れ多くて震えてしまう。客席から茨くんへの歓声が、私の罪への悲鳴のようにも聞こえてしまう。アイドルと軽率にお付き合いなんてするもんじゃなかった。恋なんてするもんじゃなかった。

色んな感情に襲われていたら茨くんが確実にこちらを指さしてきて、ウィンクしながらドキュンと1発ぶち抜かれた。ドキュンして、と書かれた私のうちわをちゃんと見てくれたのだろうけど、最高すぎて、びっくりしすぎて涙が出てきた。私の周辺から茨くんへの黄色い歓声が聞こえるし、嬉しさと恐怖に呑まれそうになった。


- 27 -

←前次→