初デート(仮)
今日はいよいよ決戦の日。いわゆる初デートである。
最近は仕事中はスーツだし、休日に出掛けるときも特別おしゃれをするようなこともなかったので、久々に人目を気にしておしゃれをした。
仕事用じゃないメイクも久々だからこれで顔が出来上がっているのか不安だし、何もかもが不安だった。
そんな気持ちのまま支度をしていたらかなりギリギリの時間になってきて、慌てて家を飛び出して待ち合わせ場所へと向かった。
「どこ…」
駅前集合なんてアバウトな約束をしてしまったため、人が多すぎて茨くんがどこにいるのかわからない。というか、七種茨だとわかりやすい格好でうろついているわけもないだろうし、こんなことなら私が先に来て待っておくべきだったと後悔した。
もうあと2分で待ち合わせ時間だから、茨くんが来ていないはずはない。スマホを見ても茨くんからの連絡は特に無いし、時間までは無言で待つつもりだろうか。見つけられなくてごめん。
自力で見つけるのを諦めて茨くんに電話をしようと思ったら、ぽんと肩を叩かれそのまま肩に腕を回された。
「お姉さん、お一人ですか?」
ナンパか!?と思うと同時にスマホの画面に表示された七種茨の文字を見られまいと、画面を胸元に伏せて隠した。
「ああ、あの、、」
ナンパなんてされたことが無くて固まっていたら、その男の人のスマホが鳴り出した。
「はいもしもし、七種であります」
「へっ」
「待ち合わせ時間ぎりぎりになっても現れないなんて、良い度胸してますね?」
恐る恐るその人を見てみれば、勝ち誇ったような顔の茨くんだった。悪戯されてびびった私のどきどきを返して欲しい。自分のスマホを見て終話を押してバッグにしまった。
「ご、ごめんね。支度に時間かかっちゃって…」
「自分のために綺麗におしゃれしてきてくれたようで恐悦至極であります。可愛いですよ」
至近距離でそんなことを言われ、頬に熱が集まるのを感じた。茨くんは私の肩から腕をどかすと、そのまま流れで私の手を握った。
「咄嗟にスマホの画面を隠したところも合格です。本物のナンパ野郎なんぞに、自分に電話したことがバレるのは面倒ですからね」
合格ってのは彼女試験かな?勝手に採点されるなら気が抜けないな。
「…茨くん、変装しててもかっこいいね」
「お褒め頂き光栄に思います」
髪を1つに纏めて目深にキャップを被ってアイドルオーラを隠してはいたが、顔面のかっこよさはごまかせていない。
「マスクとか、しなくていいの?」
「おや、隠さないと見苦しかったですか?それは気付けず申し訳ありません、自分これでも顔を売りにした商売をしているもので、まさか貴方を不快にさせているなどとは思いもよらず…」
「そうじゃなくて!顔見られたらばれちゃいそうで…」
「顔が見えた方が今日の印象に残るかと思いまして。とりあえず見ていただけたので、大事な時までしまっておきましょうか」
大事な時って何だろう。茨くんはポケットからマスクを取り出してつけるが、眼鏡が曇って顔が判別できなくなってしまった。
「これだからマスクは嫌いなんですよ」
「見にくくても、手繋いでるから大丈夫だよ」
「本当に大丈夫だとお思いで?せっかく今までで一番綺麗にしてきてくださった貴方の顔が見えないというのに」
いつもなら何とも思わない言葉なのに、意識してやったおしゃれを褒められるのはむずがゆいというか、恥ずかしいというか。
「おや、顔が赤いですよ」
「見えるなら問題ないね!行くよもう」
「憶測で言ったんですがね」
「もう…!!」
顔は見えないけど絶対いま私のこと嘲笑ってるでしょ。茨くん、あんまり知らないけど絶対性格悪い。弓弦くんとのすれ違いざまの会話だけでもめちゃめちゃめんどくさい性格なのは肌で感じていたけど、付き合うだなんてかなり近い立ち位置に属する私は、あれ以上の待遇を受けるのかと早速うんざりしてしまった。どうせなら、凪砂くんを相手にするみたいな丁寧な茨くんと付き合いたかった。
駅から手を繋いだまま、他愛のない話をしながらついたのは予定していた水族館だ。リニューアルされてからは行けていなかったので、これは純粋に楽しみにしていたものだ。
「水族館、お好きなんですか?」
「うん、好き!茨くんは?」
「自分も魚は好きですよ。どちらかと言えば見るよりも食べる方ではありますが」
あぁ情緒が無くて残念だなぁ。普通の女の子が水族館で魚を食べる話なんかされたら興醒めだろう。
「平日なだけあって空いてるね」
「水槽が見やすくてよいことですが、我々も人から見られやすいということなので、浮かれてはしゃぎすぎないでくださいね?」
「子供じゃないんだから〜」
とは言いつつ、久しぶりの水族館のきらきらを誰かと共有して過ごせるというのは、わくわくしてしまう。
茨くんの手を引きながら館内を回り、魚を眺めたり写真を撮ったりしていたのだが、マスクのせいで茨くんの表情が読めないから、時間が経つにつれて茨くんも楽しめているかどうかが不安になってきた。
「…茨くん」
「はい?」
「その、楽しめてる?」
びくびくしながら率直に聞いてみれば、茨くんは目を丸くさせた。
「勿論ですよ、とても美味しそうで」
「もー、そればっかり」
「冗談です。水族館なんて初めて回るので、新鮮で面白いですよ。それに、普通に綺麗で感心しました」
「それならいいけど。退屈しちゃってたらどうしようかと」
そしたらこんなことやってられっか!と恋人ごっこも終わりになったかもしれない。それが終わること自体は別にいいけど、それは私の無力を証明することになってしまうので、まだお付き合い頂けるようがんばりたい。
「貴方の表情がころころ変わって面白いので退屈しませんよ」
「私より水槽見てよ…」
「仕方がないでしょう。綺麗なものがあればみとれてしまうものなんですから」
今日はいつもより五割増しくらいで綺麗だと褒めてくる。お世辞だとか私を照れさせるためだとかそういう思惑があるに違いないけど、喜んでしまう自分が悔しい。
「写真、撮っていい?」
「さっきから撮ってるじゃありませんか」
「違う、魚じゃなくてね。茨くんの」
「おやおや、高くつきますよぉ」
そう言いながらも、私が構えていたスマホを奪い、色とりどりの可愛い熱帯魚の入った水槽を背景に、私にぴったりくっついてきた。
「万が一流出したら怒りますからね」
「ひぇ、気を付けます」
茨くんはマスクを下げて、ちゃんと顔が写るように写真を何枚か撮ってくれた。大事なときまでとっておくと言っていた素顔はここで晒してくれるのか。
「ありがと!後で茨くんにも送るね」
「えぇ、お願いします」
2人で写る写真はなんだか本当にデートみたいで、いやデートなんだけど、本物みたいに見えてしまって少し焦った。私なんかがあの多忙なEdenの七種副所長とデートをしているだなんて。
「どうかしました?」
「へ?いや、あの、デートみたいだなって、思って」
「デートだって初めから言ってますよね。今さら何を仰るんですか」
「そ、うだよね、ごめんごめん」
考えれば考えるほど、私なんかが、という卑屈な気持ちになってしまうし、恋人ごっこを引き受けたことを後悔してしまう。
「仮であろうが自分と恋人関係になったことをきちんと自覚してくださいね。誰でも良くて貴方を選んだ訳でなく、貴方しかいないと思って貴方にお願いしたんですから。もっと自信を持ってください」
「手っ取り早くて都合が良いのはそりゃ私でしょうしね…。でも、ちゃんと茨くんが納得するまで付き合うので、大丈夫だよ」
本当に本当の愛の告白をされて、貴方しかいないなんて言われたらそりゃあ涙が出るほど嬉しいかもしれないが、都合が良いのが私だけという意味にしか聞こえなくて、私の心は全然ときめいてはくれなかった。
「はぁ……。簡単に落ちないのは業務上とてもありがたいですが、全然男として見られていないと思うとこっちが自信を無くしそうですよ」
「えっ、そんなそんな、茨くんは大丈夫だよ、顔も綺麗だしかっこいいし、副所長でEdenのプロデュースして仕事もできるし、アイドルとしても眩しいし…」
「ふむ。お褒め頂き光栄であります。ですが、まだ自分のことを表面上にしか知らないようですね、当たり前のことではありますが」
仰る通り、茨くんのことは公表されているデータは頭に入っているが、人間的な部分はほとんど知らない。
「自分も貴方のことはまだまだ知らないことばかりです。せっかくこう言った関係を築けたのですから、仲良くしましょうね」
茨くんは私の手を取ったのでまた手を繋いで歩くのかと思いきや、マスクを下げて私の手の甲に口付けた。柔らかな唇の感触に、どきりと心臓が高鳴った。
「…茨くん、こういうことする人だったんだね?」
「馬鹿なこと言わないでくれます?初めてしましたよ、こんなこと」
すぐに口許をマスクで隠されてしまったが、なんだか耳はほんのりと赤くなっているように見えた。何でもできそうな茨くんにも不馴れなことがあるようで、なんだかほっとしてしまった。
「何見てるんですか、早く次行きますよ」
握られた手はそのまま引っ張られることになった。朝から自然と手を繋いでいるが、本当はこれも緊張しながらやっているのかと思うと、茨くんが可愛く思えてしまった。
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