浮気現場



水族館デートをしてからというもの、私も茨くんも多忙なせいでなかなか休みが合わせられないでいた。空いている日があったと思ったら急な仕事でドタキャンしたりされたりで、デートらしいデートはあれっきりだった。
私はそれでも困らないが、一応勉強のためにお付き合いをしているのに、このままでは茨くんは何も掴めないまま撮影をすることになってしまう。仮にも恋人として存在している身としても、プロデューサーとしても、せっかくの茨くんの映画出演がいまいちなものになってしまったら悲しすぎる。
どうにかして茨くんに恋心とかそのあたりを感じさせたい。そうは思うものの、ろくに恋をせず生きてきて、少女漫画やドラマで知れる範囲のお付き合いしか知らない私には、実際の恋人同士が何をどうして過ごしているのかがわからなかった。


「あれ、ここで会うのも久々っすねぇ」

考えることを放棄してゲームセンターで遊んでいたら、横から声をかけられた。

「ジュンくん!いいところに!」
「お、なんすか?対戦します?」
「それもだけど…、うん、とりあえず対戦しよ!そのあとお茶しない?」
「いいっすよぉ、勝った方の奢りで」


日頃の疲れがたまっていたせいか、筐体に触るのが久々なせいか、無事にジュンくんとの対戦にボロ負けしてしまい、負けたくせにジュンくんに奢らせるという人でなしな結果になってしまった。
2人で近くの喫茶店に行き、ココアとケーキを食べることにした。お話聞いてもらうんだし、お会計のときは伝票奪い取ってレジに行こうと心に決めた。

「ケーキ食うなら甘くないもの飲めばいいのに」
「いいの、ココア好きだもん」

湯気とともに押し寄せる甘い香りが私を幸せにしてくれる。大好きなココアと甘くて美味しいケーキがあれば、ジュンくんに負けた悲しみも忘れられる。

「それで、話って何なんすか?ゲームで強くなる秘訣でもお話しましょうか?」
「ん〜〜それは聞きたいけどジュンくんから聞くのは悔しいからやめとく!」
「俺から聞いたところで俺の二番煎じになりますもんねぇ」
「勝ったからって偉そうに…!」

違うんだ、私が聞きたいのは、少なくとも今日はゲームのことではない。茨くんのことだ。だがどうやって切り出して、何から聞けばいいんだ。業務上、茨くんと恋人してますなんて馬鹿正直に話していいものなのだろうか。喫茶店でそこまで話すのは危険が伴いすぎる。私はともかくジュンくんは売れっ子アイドルなのだから、今この席だってどんな人に見られているかわからない。

「そんな深刻な話なんすか?相談相手俺であってます?」
「あ、いや、合ってる、むしろジュンくんにしか話せないと言いますか…」

凪砂さんや日和さんには間違っても茨くんとの話をしていいわけがない。申し訳ないけど口の固さと声の大きさに不安しかない。

「…ジュンくん、今まで彼女いたことある?」
「……ないっすよ、アイドルし始めてからおひいさんや皆に追い付くので精一杯で、そんなことに現を抜かしてる暇ありませんでしたからねぇ。そっちはどうなんすか?」
「………」
「…あ、あるんすか。いつの間に……昔から休日はいつもゲーセン通いって聞いてたし、実際ゲーセンに入り浸ってるのに」

びっくりされたというか、ドン引きされてないかこれ。彼氏がいるのにそれに構わずゲーセン通いというのはゲーマーのジュンくんから見ても酷い行いということだろうか。

「…業務上、恋人仮契約をしてるんですけど、」
「誰とっすか、燐音先輩?茨?…他にそういう突拍子も無いこと言いそうなの居ましたっけ?」
「鋭い…」
「……俺にしか話せないってことは、茨っすね」

引かれている、やはり通常の頭で考えたらおかしいことなんだよね。私がなんやかんやで茨くんに丸め込まれたことがおかしいんだ。

「…まさか、恋人ごっこじゃ飽き足らず、何かされたんじゃ、」
「違う!それはない、ほんとに、一回ただのデートしただけ」
「…まぁ、そうっすよね。Edenがあるのに悪さするとは思えないですし」

よかった、茨くんそのくらいの信頼関係は築けてたんだ。ジュンくんの引き具合で茨くんの人格を少し疑ってしまった。

「…で、何の相談すかぁ?嫌々オーケーしたから別れたい?それとも逆に本気で好きにでもなったんすか?」
「…その、そうではなくて」

周りに聞こえないように、ひとまず小声で、恋愛の演技力向上のためにお付き合いが始まったこと、お互い好きにならないこと、でも相手を落とすつもりでやること、を説明した。茨くんに今までそういう話がなかったせいか、ジュンくんは複雑そうな顔をしていた。

「…それで、一応毎日連絡はとってるんだけど、休み合わなくてデートなんてできないし。毎日の連絡も業務連絡みたいな感じで申し訳なくて…」
「…それで?」
「その…、一般的な社会人カップルってどんな付き合い方してるのかなぁ、と」
「……たしかに、こんな話聞けるのは俺くらいなもんだとは思いますけど、相談となると何も解決できる気はしませんね、俺経験無いんで」

人選を間違えてしまっただろうか。でも茨くんを知っている人で相談できるのなんてほんとにジュンくんしかいない。間違っても蓮巳先輩なんかに相談したら、不純異性交遊だとか度しがたいとか言われるだけだ。

「…茨くん、どうしたら喜ぶと思う?」
「……仕事あげたら喜ぶと思いますけど」
「そういうことじゃないよ〜〜」

どんなに困っても苺のショートケーキの美味しさは私を裏切らない。大好きだ。茨くんも食べたら喜ぶかな。

「あ、そうか」

1口食べてしまったが、そこが見えないように割りと接写でケーキとココアをスマホで撮影した。

「どうしたんすか」
「こういう写真送ったら業務連絡ぽくはないメッセージ送れるかなぁと思いまして」
「ちゃんと自分で思い付くじゃないすか」
「ジュンくんとこの店来なかったら思い付かなかったよ、1人じゃケーキ食べても楽しくないし」

茨くんに写真を送り、ケーキが美味しい報告と、茨くんは甘いものが好きかを質問しておいた。

「茨なんかのこと、本気で好きになったりしないでくださいよぉ?何言われて利用されるかわかったもんじゃないんで」
「わかってるよ、そんな危険な恋は御免です」
「油断したら噛み付かれますよぉ」
「毒蛇怖いねぇ」

でもたしかに、私はあまり茨くんを警戒していない。副所長でありトップアイドルである茨くんが、私に何か危険なことをしてくると、どうしても思えない。
もし本当に好きになってしまっても、茨くんの仕事の邪魔にならないように、絶対に黙っていよう。

「例えばだけどさ、ジュンくんは恋人に何してもらったら喜ぶ?」
「…俺の妄想を教えろと?」
「そ、そんな、あの、軽く思い付きで喋って?性癖を教えてなんて言ってないからね?」

私は別にジュンくんの性癖なんて知りたくない。茨くんのお手伝いの参考になるかと思って聞いただけだ。

「そうっすねぇ…、毎日おはようとかおやすみとかお疲れ様とか、些細なことでも言い合いたいっすね。毎日好きとか言われたらそれだけでやる気出るっつーか」
「ほぇ…」
「毎日、笑いかけて貰いたいっすね」

たしかに、言われてみれば私もそうだ。きっと好きな相手だったら、毎日会話して笑顔が見れればそれで幸せな気がする。

「一緒にゲームして、しょーもないことで笑いあって、一緒に美味しいもの食べて、同じ家に帰れたら…素敵なんじゃないすかね」

今日ジュンくんとしたことを並べられて、ついジュンくんと同じ家に帰る想像をさせられてなんだか恥ずかしくなってしまった。

「デートすらできないほど忙しい茨なんて、恋人にするには向いてないっすよ。そんな奴好きになっても、あんたが寂しい思いするだけです」

そういうものなのだろうか。私が寂しさを感じないのは、恋しいと思えるほどの感情が沸いていないから、ということか。

「そう考えると、ジュンくんと恋人になった方が笑って過ごせそうだね」

軽く冗談のつもりで言ったのに、ジュンくんは目を丸くさせて、若干だが頬が赤みを増していた。

「冗談よしてくださいよ」
「あは、ごめん」

あぁこれは深く突っ込んじゃダメなやつだ、と思って笑って流してしまった。

それから他愛も無い話をして、ジュンくんとはさよならをしてからスマホを見ると、茨くんからの返事がきていた。
『他の男とのデート証拠写真を送ってくるなんて、ひどいお人ですね』と書かれていたので写真を見返してみたが、ケーキ越しにちょびっとジュンくんの服がみきれているだけだった。よく見ているなぁなんて思いながら返事を考えていたら、電話が鳴って画面には七種茨の文字が表示された。

「あの、もしもし」
『お疲れ様であります!ジュンとのデートは楽しかったですかね?』

開口一番に真相をつかれてドキッとした。

「な、なんでジュンくんって…」
『今日はジュンも休みなことは把握していますし、貴方がゲームセンターに行くことは今朝聞いていましたからね。会ってそのままカフェに行ったのではと適当に言ってみましたが、まさか本当にジュンと浮気しているだなんて!彼氏が多忙でデートもできないので寂しくなってしまったんですかね?』
「寂しくなんか…」
『そこは嘘でも寂しいと言って貰いたいところでありますね』

あぁしまった、茨くんに恋する彼女としては寂しいと言わなきゃいけなかった。これは私の演技力と頭の回転力が必要だ。

『自分は彼女に浮気されてしまい寂しくなってしまいました』
「ご、ごめん、浮気じゃないよ、浮わついてないよ」
『…ちゃんと、俺のことを彼氏だと、意識してますか?』

意識している、と即答はできなかった。意識していたらきっとジュンくんと2人でカフェなんて行けないし、行ったとしてもその写真を送るなんてことしなかっただろう。

『今から、会えませんか?』
「今から?お仕事は?」
『貴方に浮気されて、いてもたってもいられなくて切り上げました。晩御飯の準備、まだでしょう?』
「うん、まだ買い物もしてないし」
『でしたら、ディナーデートといきましょう』

なんでもデートと言ってしまえばデートになるのか。

「いいよ、ESの方行けばいい?」
『いえ、もうそちらへ向かっているので待っていてください。詳しい現在地を送ってもらえればタクシーで拾うので』
「え、何、私がいる方向わかってるの?」
『送られてきた写真のケーキ皿にお店の名前が書いてありましたよ』
「うわ、すごい」

浮気なんてリスキーなことをする度胸は無いが、茨くん相手に浮気は絶対できないなと思わされた。

『電話は切りますので、位置情報を教えてくださいね』
「あいあい〜」
『…、では』

通話を終了して、位置情報を茨くんに共有した。色気も何もないカレー屋の前で、茨くんを待つことにした。

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