空っぽ



「勝てない!もう!いや!」
「なんすか、もうやめるんすかぁ?」
「やめないよ!!」

ゲーセン内の色んなゲームを順番にやりながらスコアで競っているのだが、ほとんど負けていて自分の腕の鈍りが悲しくなる。ゲームなんて楽しんでやれればいいや、なんて思っていたはずなのに、それもどうやらジュンくんに勝てていた余裕から生まれていた感情だったらしい。負けると嬉しくないし悔しいし、勝ちたい。

「いや〜楽しいっすねぇ、次はどうします?マリカ?」
「やる!それなら絶対勝つから!」

ジュンくんから煽られるとつい熱くなってしまう。アイドルとして、人としてすごいのに、ゲームの腕まですごいのはずるすぎる。どれでもいいから圧勝したい。
次の筐体に向かおうとしているときに、腕につけているスマートウォッチが振動しているのを感じて見てみれば、茨くんからの着信だった。

「わ!ごめんジュンくん、ちょっと電話!」
「あー、どうぞ。ここで待ってますよぉ」

ゲーセンの騒音の中では電話なんてできないので、バッグを漁ってスマホを探しながら外へ出て、電話に出た。

「もしもし!」
『お疲れ様であります!もしかして今お忙しいところでした?』
「ううん、そんなことないよ。ゲームしてただけ。それより、撮影…どうだった?」

撮影がどうとかより、ただ会いたかったから恐る恐る聞いてしまった。

『貴方のご協力のおかげで無事に終わりましたよ。ありがとうございました』
「あ…そうなんだ!順調にいって良かったね」
『ええ、これも全て貴方のおかげです。本当に助かりました』
「全てでは無いと思うけど〜…。…終わったってことは、この後ももう…」
『…自分から言い出したことなのに申し訳ありませんが、晩御飯はご一緒できそうにありません。最後に貴方に懇切丁寧にお礼をするつもりでしたので非常に残念であります』

あぁやっぱり、これでもう終わりなのか。恋人としての私の役目は完全に終わってしまった。

「お礼なんていいよ、もういっぱいしてもらったから。それより、茨くんの力になれてよかったよ」
『そうはいきません。謝礼もまだお支払していませんし、こんな電話一本ではいさようなら、と終わらせるような非人道的なことできませんよ』
「…でも、実質そういうことでしょ。私は謝礼なんていらないし、役目も終わったからこれで契約終了でしょ?スパッと終わらせておかないと、私たぶん、切り替えもできないし…」

茨くんのおかげで私も恋を知ることができて、恋人の甘さも、アイドルの眩しさも、体験したすべてのことが私の糧になった。それで充分だ。

『わかりました。では、これで終わりにしましょう。今後はまた仕事仲間に戻りますが、適切な距離で仲良くしていただければ幸いです』
「そうだね、気を付けるよ。今後もよろしくね?また、仲良くしてね…適切に」

これでいい、終わらせるべきだ。茨くんだって終わらせるために電話をしてきたんだから。

『…では、そろそろ行きますね。呼ばれてしまいそうなので』
「うん、本当にありがとうね。色々お世話になりました」
『それはこちらの台詞ですよ。こんな自分を愛してくれてありがとうございました。自分も、貴方を愛していましたよ』

今までずっと、好きだとか愛してるとかたくさん聞いてきて少しは慣れたはずだったのに、初めて聞く愛していたという過去形がどうしても聞きなれなくて、本当に終わりだと突き付けられているような気にさせられた。

「…ありがとう、私も愛してたよ」

声が震えるのが自分でもわかった。茨くんが平然と言ったことを、同じように返せないのが悔しかった。

「…またね」
『…はい。また、ESでお会いしましょうね。よいお年を』
「あ…うん、よいお年を」

年末の挨拶までされてしまい、年内はもう喋れないし会えもしないのだと思いしらされる。そこまで突き放さなくてもいいのに。
電話を切り、これで終わったのだと理解はしているのだが、実感が沸かなかった。あんなに毎日甘やかして甘やかされてきた行為がこれからゼロになるなんて。
今振り返っていっぱい考えたらすぐにでも泣いてしまいそうだけど、今はジュンくんを待たせているし、私の動揺を見られたら、本気になっていたのだとばれてしまう。とにかく今だけは、全て忘れて、普段通りに振る舞わなくては。
心を落ち着かせるために深呼吸していたら、「ワッ!」と背後から声をかけられて、びっくりしてむせた。

「何!?」
「電話終わったなら戻ってきてくださいよ。もしかしてこのまま逃げ帰るつもりでした?」
「ご、ごめん、そんなつもりじゃないよ。ちょっと考え事しちゃっただけで…」
「…ま、いいっすけど。これでも飲んで元気出してください」

目の前にペットボトルのココアを差し出され、素直に受け取ればすぐに両手が熱くなった。

「なんかごめん、ありがと」
「いいえ、アンタがしょぼくれてるとこっちが調子狂うんで」

私に元気が無いこともお見通しで、気を遣われているのがわかる。これでは私の茨くんへの気持ちも勘づかれているのかもしれない。気まずすぎる。

「その様子を見たら聞くまでもないですけど、終わったんですよね?」
「終わり。契約終了です」
「…残念でしたね、せっかく可愛くしてきたのに会えなくて」
「いいよ別に。可愛い服が着れただけでも満足だもん」
「満足してるなら心置きなく俺に付き合ってもらいますよぉ?晩ごはん、何か食いたいものあります?」

ジュンくんには申し訳ないけど正直今は何を食べても味わってられないだろうから何でもいい。

「ラーメンとか…」
「…聞いといてなんですけど、俺としてはそんな回転の早いとこじゃなくてもうちょっとゆっくり食べれるとこがいいっすけど」

たしかにジュンくんと2人で会うのすら久々だし、言われてみればそうだ。今日はなんか茨くんの話とかされそうであんまり気がのらないけど。

「何でも良いなら、テキトーに連れてくんでついてきてください」
「…もうご飯行くの?私まだ全然ジュンくんに勝ててないのに」
「勝つまでやったら朝になっちまいますよ?」
「あ〜〜またそういうこと言う。次絶対勝つからあと一回、いや三回くらい?まだやろうよ!」
「はいはい、何度でも受けてたちますよぉ。今日は負ける気はしないんで…♪」

たぶん、きっと、ジュンくんと遊んでいれば茨くんの居なかった日常に近付けるはず。他の男と遊ぶななんて言う人はもういないし、私はもう誰のものでもないのだから、好き勝手に生きてやる。





結局何戦やってもジュンくんを煽れるくらいの圧勝はできなくて、悔しい気分のまま2人でレストランに行くことになった。焼き肉とか言う話も出たが、今着ている服に匂いや油がついたら嫌でやめてもらった。まぁ結局肉が食べたくてハンバーグを頼んでしまったけど。

「肉美味しい〜〜」
「勝利の味がしますねぇ」
「そんな味しないんですけど?」

いつもは何やっても半分くらいは私が勝てていたのに、今日はボロボロすぎたせいでジュンくんの機嫌が良い。私はゲームに負けるし茨くんもいないし散々すぎる。一人暮らしが本当に1人きりだし、今日からおやすみなさいを言う相手もいない。切ない。

「Edenのお仕事はどうなの?年末年始は忙しいって聞いたけど」
「忙しいッスよぉ、おひぃさんとバラエティに呼ばれてたり、ラジオとかカウントダウンライブもあるし」

Eveのお仕事とは言え茨くんがプロデューサーだし、茨くんも忙しいんだろうなぁ。私に構わなくてよくなって時間に余裕はできるだろうし、体休めてくれるといいけど。

「うわ、大変だね…。明日もお仕事?」
「むしろ明日だけ休みッスね。茨の映画撮影が明日までの予定だったんで、Edenは皆お休みですよ」
「…あ、そう」

終わりの予定が早まるほどすんなり撮影できちゃったのか。とっておきのキスシーンもさぞ熱烈で画面映えするものになったんだろうな。なんて瞬時に考えてしまい、ろくな返事もできなかった。
ていうか、明日茨くんも休みなら、最後に会うのだって明日でも良かったのに。と不満は沸くが、私との関係を早く終わらせてゆっくり休みたかったのかなぁなんて思うと切なくて虚無になる。

「そういえばこの前のライブ来てくれてましたよね。サイリウム全部茨に振るもんだから、おひぃさんがご機嫌斜めでなだめるのが大変でしたよ」
「げ、ごめん。そうだよね、皆から見えてたもんね…」
「見えてましたよぉ、泣いてるところも」
「…それは気のせいでは?」
「おひぃさんもナギ先輩も見えてたって言ってましたよ。もちろん茨も」

茨くんにファンサで撃ち抜かれてそこからずっと泣いてたような気もしなくもない。そんなとこまで見られていたなんて恥ずかしすぎる。

「俺がファンサしてもこっち見てないですし、茨のファンサで泣き始めるし悔しいもんですよ。大好きなんすね、茨のこと」
「…ファンなので」
「茨のファンだなんて初めて聞きましたよぉ。ra*bitsの話は耳にタコができるくらい聞いてきましたけど」
「も、元々Adamのライブには行ってましたし。何て言うか、茨くんはジュンくんと近すぎるから、推せる〜とか言うのなんか、あれじゃん、言いづらかったし」

それに、アイドルとしての茨くんに興味はあったけど、だからと言って私生活や仕事で関わりたいかと言われると怖くて嫌だったから、それもジュンくんに知られたくなかったし。

「…元々アイドルとして好きで、最近は男として好きになったって感じッスかね?」
「…そーゆー意地悪言うんだ?」

偽物の関係とは言え、終わったって解ってる上で。ジュンくんは決して口は軽くは無いが、そう簡単に好きだとか何だとか、人に言いたくない。

「すんません、意地悪したいわけじゃないんすけど…。ずっとあんたを茨に取られてたのももどかしかったのに、アイドルとしても茨に負けてたって解って、悔しくて」
「別に、ジュンくんも良いと思ってるよ?プライベートでEveのライブ行ったら青色振るし…。ジュンくん高校違ったのに最初から仲良くしてくれるし、ゲームしてくれるし友達になれて良かった〜て思ってるよ?」
「慰めはいらないんすよぉ」

ジュンくんが八つ当たりとまでは言わないけれど、ご機嫌ななめっぽいのが珍しくて、何を言うのが正解かわからない。私はちょっとご飯が喉を通らなくなってきてるのに、ジュンくんは一口が大きいから残りのハンバーグがどんどん小さくなっていく。

「友達になれて良かったってのは嬉しいですよ。俺も芹さんに会えて、仲良くできて楽しいんで。ただ、俺が欲しかったあんたが全部茨に取られて、どうしようもなくて…。サイリウムもうちわも全部俺に振って欲しかったし、俺がどうにか理由をつけて付き合ってくれって言いたかったし、好きになってもらいたかった。全部、俺に魅力も頭も度胸も足りないせいであって、芹さんにぶつけてもしょうがないって頭では解ってるはずなんすけど」

なんだか苦しくて、少しむせて水を飲んだ。返す言葉が見つからなくて、しばらく固まってしまった。

「きっと芹さんは茨のことが好きなんでしょうけど、俺だって……ずっと、何ヵ月も、何年も、あんたに惚れてるんですよ。きっと芹さんは本当に気付いてないか、気付いてない振りでもしていたんでしょうけど。だからこそ、俺はあんたの近くで居られるなら、友達で良いって自分に言い聞かせて何もできなかったし、してこなかった」
「……」
「…茨じゃなきゃ、だめですか?俺だったら、茨みたいに芹さんを手離したりなんかしない。あんたが望んでくれるなら、嫌だって言われるまでずっと傍にいたい。友達なんかじゃなくて、もっと近くに」

逃げ出したいような気分になるけれど、こんなまっすぐぶつかってきてくれているのに、私だけ逃げるなんて不誠実だ。

「…私は、ジュンくんと友達でいたいよ」
「……そうッスよね。解ってた答えとは言えへこみますね」
「解ってたなら、なんで…」
「あんたが本当に茨のものになっちまったら、言うときなくなりますからねぇ」

冗談みたいに少し笑って言ってくれるけど、なんだかそれも悲しくて、余計に胸が苦しくなった。

「それは、無いよ。もう茨くんと会う予定無いし……もう、お役御免だもん」
「だったら、…俺のこと、選択肢として考えてくださいよ。今まで友達としか思ったこと無いからダメ、なんて理由じゃ納得しませんよ。茨のことだって今までろくに関わったこと無いのにこうなってるわけですし。すぐにどうしろとかは言わないんで、俺が芹さんを好きだってこと、頭の片隅にでも良いから、入れといて欲しい」
「…うん」

ジュンくんの苦しそうな悲しそうな想いは痛い程に伝わってくる。それも全部、茨くんのせいで恋を知ってしまったからだ。私だって、ジュンくんみたいに、茨くんに好きだと言ってしまいたい。私が茨くんを本当に好きになってしまったと、知って欲しい。

「…そんな辛そうな顔しないでくださいよ、俺が悪いことしてるみたいじゃないすか」
「そんな、悪くないよ、嬉しいよ」
「俺が好きだとか言ったからって、あんたの中で答えが決まってるなら無理に応えなくていいんすからね。あんたが幸せになれないなら、俺と居てくれなくていいんすから。俺は…あんたの笑顔が見れれば、それが最善なんで」

最初からジュンくんを好きになっていればよかったのに。そしたらきっと、2人仲良く笑顔でいられたかもしれないのに。なんて、口が裂けても言えなかった。

- 30 -

←前次→