彼女じゃない
年末年始は結局、Edenの出る番組を眺めながら死んだように過ごしてしまった。Edenがカウントダウンをして、明けましておめでとうと挨拶をして、ライブをして。恋人としてあんなに近くにいた茨くんが、今はもうただ同じビルで働くだけの人になってしまったなんて。テレビの向こうの茨くんは輝かしいアイドルでしかなくて、ここ最近私に見せてくれた表情やしてくれたことは全部幻だったんじゃないかとも思ってしまう。
あけおめメッセージを送ろうと思ったけどプライベートの連絡先に送るのはなんだか気が引けて、とはいえホールハンズで送るのも業務的だし、悩んだ末にあけおめすらも送れずにいた。茨くんもそうなのか、仕事が忙しいのか、もう私のことなど気にかけていないのかは知らないが、新年の挨拶が送られてくることもなかった。
「本日は緊急でお集まり頂きましたが、心当たりのある方はいますかね?」
年始早々、私はEdenのメンバーと共にコズプロのミーティングルームに呼び出されていた。あれから久々に会う茨くんはすごく苛立っているようにも見えるし、雰囲気からして私がプロデューサーとして呼ばれていないことだけはわかる。
「全く無いね?前置きは良いから早く話して欲しいね」
「ええ、これは主にジュンと芹さんの問題なので閣下と殿下にまでご足労頂き大変申し訳ないとは思いましたが、Edenの風紀に関わることなのでお二人にも知って置いて貰うべきかと思いまして」
茨くんがカタカタとパソコンをいじってプロジェクターから映し出された写真は、笑顔のジュンくんと、明らかに私でしかない女の後ろ姿を盗撮されたものだった。
「撮られてしまったのはゲーセンや食事処でしたのでそう大した問題ではありませんが、週刊誌の方には金を詰んで熱愛記事は揉み消しておきました」
「大した問題じゃないなら別に……」
「小さな問題でも、積み重なれば大きくなりますよ。言っておきますがジュンが撮られるのはこれが初めてではありませんからね?ジュンがどこで誰とどう仲良くしようとジュンの自由ではありますが、人目は気にして頂きたい。Edenの品格に関わる問題ですよ、これは」
ジュンくんが怒られてしまっているが、この写真の私はあの時茨くんに買って貰った服だし、茨くんとさよならしたあの日のものだろう。下手したらこの日会っていたのは私ではなく茨くんだったかもしれないし、撮られていたのも茨くんだったかもしれないのに。
「芹さんも、他人事ではありませんよ。こうして撮られているわけですし、貴方がプロデューサーだということも今頃バレているでしょうし、ジュンではなく貴方が張られる可能性だってあるんです」
「ん〜でもそんなに言うほど問題じゃ無いね?繁華街のホテル前で撮られたわけじゃないし、ただの可愛いデートだね?」
「ジュンは以前にもあんずさんとお茶しているところをファンに撮られて少々騒がれたりもしてるので、女遊びでもしているような印象を持たれたらどうするんです」
「そうなったら堂々と彼女が居るって言えば良いね。逆に一途アピールでもすれば誠実さで好感度が上がるかもしれないね」
「彼女じゃないんで……」
「そうなの?こっそり付き合っててゲームセンターでデートしてるのかと思ってたね」
彼女じゃないという消え入りそうな言葉を吐くジュンくんの暗さが、明るい日和くんのおかげで少しだけ吹き飛ぶ。この場に日和くんがいてくれて良かった。茨くんとジュンくんしかいなかったら、いたたまれなかった。
「芹さんは茨の彼女でしょ?」
「自分と芹さんはそのような関係ではありませんが…?」
「そうなの?じゃあ私の勘違いだったかな。気にしないで」
ナギさんが何を知っているのかめちゃめちゃ気になるし変な汗をかいてしまう。何かを聞かれたり見られたりしたのだろうか。
「俺ばっか怒られてますけど、そういう茨は何か撮られたりしてないんすかぁ?芹さんと2人で打ち合わせとかよくしてましたよね?」
「茨が?芹ちゃんとお仕事の予定があったなんて珍しいね」
「色々あるんですよ。勿論何も撮られてませんし揉み消したこともありませんよ。そういうのは日々気を付けて過ごしてますので」
「そっすか…」
色んな所でデートをしたけどどれも撮られてなかったのか。それはよかった。
「とにかく、気を付けてください。ジュンだけでなく、芹さんも、閣下も殿下も。我々の意思など知らず勝手に記事にするような輩もいますし、ファンに盗撮されたらその瞬間にSNSで拡散されて終わりですよ」
「気を付けます…」
別れたというのにまだこうして茨くんに迷惑をかけてしまうなんて。やはりプライベートでは関わらない方がお互いのためなのかな、なんて悲しくもなる。
「さて、お説教も終わったことだし、凪砂くんが勘違いした理由を聞きたいね?芹ちゃんと茨に何かあったんだね?」
日和くんが屈託のない笑顔で聞いてくるから、焦りで鼓動が早くなる。もう私と茨くんは何でもないんだから、何を言われても困ってしまう。
「ううん、やめておくよ。紫之くんから聞いた話だし、こんな大勢いるところで話すことでもなさそうだから」
「え〜、2人のお気に入りのじめにゃんの言うことなら信憑性があるね?こっそり教えて欲しいからもう帰るね、お疲れ様!」
日和くんはるんるんしながら凪砂くんの腕を引いてミーティングルームから出ていった。私たちをこんな空間に残さないでくれ。
「話が終わったなら俺ももう行きますよ、遊木さんと会う予定があるんで」
「へ、あ、じゃあ私も……あ、いや、片付け手伝おうか、罪滅ぼしに…」
「いえいえ!すぐに片付くのでお気になさらなくて構いませんよ」
「じゃ、お疲れした〜〜」
ジュンくんはさっさと出ていってしまうし、何なの皆して。私まだ茨くんと2人きりになる心の準備できてなかったんだけど。
「すみませんね、久々にお会いしたのにお説教から始めてしまって。もう遅いですが、あけましておめでとうございます」
「あ、うん、あけましておめでとうございます…。新年早々怒られてへこんじゃった…」
「新年早々やらかしを揉み消す方の身にもなって頂きたいものですね〜?貴方がどこで何をしていようがもうちくちく言える立場にありませんが、ジュンの問題はEdenの問題でありますので」
「はい、すみませんでした…」
茨くんがプロジェクターを片付ける間、皆が使った椅子を元通りしまったりして場を誤魔化した。気まずすぎて他の話も思い浮かばないし、私も逃げ帰ろうか。そうしよう。
「あの、」
「んぇ?」
「…よろしければ、業後に一緒にお食事でもしませんか?」
「えっと…」
うなづくべきか、迷ってしまう。茨くんから誘って貰えるのは嬉しいし、一緒に過ごせるなら過ごしたい。でも、まだまともに会話をできるとは思えないし、そんな普通にしていられない。
「今日は…」
「折り入って相談がありまして」
予定がある、と言う前にそれを遮られてしまい、言葉が出てこない。
「…茨くん、そう言ったら私が断れないの解ってて言うからずるいよね」
「おや、断るおつもりでした?あぁ、嘆かわしい。涙で前が見えません」
「泣いてないでしょ。いいよ、行くよ。でもその代わり、前みたいなお願いは聞かないからね」
「ありがとうございます!無理を言うつもりはありませんよ、本当に、相談事なので。聞いてくれるでしょう?優しい優しいプロデューサー殿?」
名前で呼んでくれなんてワガママも返せないし、ついムッとしてしまう。茨くんからはしばらくそう呼ばれていなかったから、また寂しさが沸き上がってくる。
「じゃあ相談乗ってあげるから、お寿司食べたい」
「いいでしょう、とっておきの回らないお寿司をごちそうしますので楽しみにしていてください」
「え、ほんとに?回るお寿司で良いけど」
「自分も美味しい寿司が食べたいだけなので遠慮しなくて大丈夫ですよ」
久々に会うだけでも緊張しているのに、高そうな店だと更に緊張してしまうかもしれない。大丈夫かな。
「…こんな上手く2人きりになれるなら、このままお話していたかったんですけどね。この後も仕事が山積みなので仕方ありませんね…」
「い、忙しいの?」
「えぇ、とっても。Edenが売れている証拠ですな…♪」
それは嬉しそうでよかった。2人きりとかいうワードを出されてドキドキしてしまった私が馬鹿みたいだ。
「今日は定時であがれそうですか?」
「うん、私はね」
「そうですか、では自分も全力で仕事を片付けますよ。定時頃に連絡しますので、よろしくお願いしますね」
「はーい」
いつも通り、違和感なく会話できているのかわからなくて、冷静なふりをするのに必死だった。何も問題なく2人でミーティングルームから出ることができてホッとする。
「じゃあまた後でね」
「アイ・アイ!また後で」
敬礼〜☆をする茨くんの右手には、私があげたブレスレットがつけられていて思わず凝視してしまった。茨くんはそんなことお構い無しにそのまま去っていった。大事に使ってくれているんだと嬉しくなるが、逆に私の部屋で眠っている指輪のことを思い出して悲しくもなった。茨くんのせいで情緒が安定しなさすぎる。
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