You are my VENUS
茨くんの相談って何なんだろう、と考えながら仕事をしていたらあんまり集中できなくて、急ぎの仕事を辛うじて終わらせただけで、他にももう少し進めておきたかった仕事があまり片付いていなかった。
茨くんのことだから仕事の話だったら仕事の話だと言ってくれそうだし、相談なんて言われると、茨くんと付き合うことになったあの日を思い出してもやもやした。きっと全然そんなことじゃなく、コズプロの誰かの何かの相談とかそんなとこだろうなと思っておかないとやってられなかった。
「退勤!お疲れ様でした!」
「お疲れ様〜、すごい元気だね。これからデート?」
「…そんな相手いないですね」
「じょ、冗談だからそんな暗い顔しないでよ」
暗い顔をした覚えは無いのだが、顔に出てしまったのか。気を付けないと。
「これから会食というか打ち合わせなので」
「退勤できてないじゃん、お疲れ。行ってらっしゃ〜い」
「行ってきまーす」
今までだったらデートだと思ってうきうきのわくわくだったのに、今はとても複雑な気持ちだ。茨くんに会えるのは嬉しいけど、そういう感情を1ミリも出さないようにしないといけないからあまり気が抜けない。
事務所を出て、仕事が終わったと茨くんに連絡を取ろうといつものくせでプライベートの番号に電話しそうになってしまう。慌てて閉じて、ホールハンズでメッセージを送るくらいにしようと思ったら、逆に電話がかかってきた。
「は、い、お疲れ様です」
『お疲れ様であります。お仕事は終わりましたか?』
「もちろん。そっちはどう?」
『それが……大変申し上げにくいのですが、急な案件がいくつか舞い込んできて処理に追われておりまして…』
会えないのか、と理解して一気に落ち込んでしまう。どんな要件であろうと、茨くんから相談してもらえることが嬉しかったのに。
「…終わんなそう?」
『そうですね……お待ちいただくと、貴方が空腹で倒れてしまうくらいにはかかりそうです。本当に申し訳ありません』
「そっか……、しょうがないね。しょうがないというか、そうじゃないか、茨くんの相談の方は大丈夫なの?後日とかでも」
茨くんの要件で会うことなのに、私が残念がるのはおかしいと思い訂正してしまう。茨くんがあんまり残念そうな声を出すから、私までつられてしまった。
『そうですね…急ぎたいところではありましたが、目の前の仕事が片付いていないのにするような相談内容ではありませんからね。また後日…お時間を頂けるようでしたら、相談させて頂きたいところであります』
「いいよ、後日でも。私は茨くんほど忙しくないから時間は作りやすいし」
『お気遣い感謝します。…また、仕事が落ち着いたら連絡してもよろしいですか?』
「もちろん、いつでもどうぞ」
『ありがとうございます、助かります』
連絡をくれるというなら助かるのは私の方だ。色んな感情に邪魔されて、気軽に連絡できなくなってしまっているのは私だし。
「お仕事がんばってね」
『えぇ、ありがとうございます』
電話を切ると、寂しさと虚しさでため息が出てしまう。代わりに誰かとご飯を食べて癒されたい気分だけど、茨くんの穴を埋められるような人は他にいないし、私が落ち込んでいる姿を見せて心配させてしまうだけのような気もする。
晩御飯もお寿司を1人で食べに行く気にもなれないし、もしニキくんがいたら美味しいご飯を作ってもらおうと思って社員食堂へ向かった。
「ニキくん…」
「あ、芹さんあけおめッス〜☆」
お目当てのニキくんはバイト中でちゃんと居てくれたし、笑顔で挨拶してくれてちょっとだけ癒された。
「あけおめ。お腹空いた…」
「お腹空かしたらそりゃあ元気もなくなっちゃうッスよ。何食べたい気分ッスか?今日はお客さん少ないし、特別サービスしちゃいますよ」
茨くんとお寿司食べたかった。なんて言えるわけもなく、社員食堂で寿司が食べたいなんて言ったところで出てくるわけもない。帰った方がいいかな。
「芹さん?何かあったんスか?お腹空きすぎて気持ち悪くなっちゃっいました?」
「…ご飯の約束、ドタキャンされた」
「えぇっ、それは酷いッスね!僕だったら悲しみと怒りでご飯2人分食べちゃうところッスよ」
「ニキくんは普段から2人分くらい食べてない…?」
「んー、じゃあ一般人の4人分くらい食べちゃうかもしれないッスね」
アイドルがそんなに食べたらだめだよ、と言いそうになるが、ニキくんは食べるためにアイドルをしているようなものだし、つっこむのはやめておいた。
「何食べる予定だったんスか?ここに来たってことは、代わりに僕に作らせるつもりだったッスよね?」
「そういうわけじゃないけど…なんか、1人で食べるの寂しくて…」
「うーん、僕が一緒にご飯食べたいところッスけど、まだバイト中ですし…」
ああそんな、ご飯作る以上の手間をかけさせるつもりじゃなかったんだけど。気を遣わせちゃって申し訳ない。
「そうだ、芹さんうちの副所長さんと仲良かったッスよね?とっておきのお弁当2人分作るんで副所長さんのとこ持ってってあげてくれないッスか?」
「な、なぜ私が…?」
急に話題にあがる茨くんの存在にドキッとさせられる。
「なはは…実は年始のお仕事でクレビが、というか燐音くんがやらかしちゃって…おかげで副所長さんに後始末させちゃってお仕事増やして迷惑かけちゃってるんスよね。だから芹さんが僕の美味しいご飯持って副所長さんに会いに行ったらきっと副所長さんの機嫌も良くなると思うんスけど〜……」
茨くんに舞い込んできた急な案件ってそのことだったのか。ニキくんに心配かけて申し訳ない気持ちになったが、クレビのせいだったなら話は別だ。
「美味しいお寿司作ってくれたらご機嫌取りしてあげてもいいけど〜?」
「寿司ッスか?一応魚は有るんでできないことはないッスけど…そんなに種類無いッスよ?」
「そっか、できないか…残念だな…」
「む!できるッスよ!僕にかかればお寿司だって朝飯前ッス!」
ニキくんが言うと朝飯前にお寿司食べそうな感じがする。なんて考えていたらニキくんは腕まくりしながら厨房へと入っていった。寿司だとか無茶振りもしてみるものだ。
しばらく、お腹を空かせながら座って待っていたら、ニキくんが近寄ってきて私の目の前に袋を掲げてきた。
「今ある材料で最善のお寿司ができたッスよ」
「ありがとう、ほんとにお寿司作ってくれるとは思わなかった」
「料理で僕にできないことなんて無いッスからね」
ふふん、と自慢気なニキくんを見ると、寿司作りが成功したことがよくわかった。
「ほんとにありがと。今度、ご飯いっぱい作っていっぱい食べれる番組探して出演交渉するね」
「ほんとッスか!超嬉しいッス!そういうのどんどん欲しいッスよ〜」
「うんうん、じゃあ副所長さんに迷惑かけないように気をつけてね〜?」
「ひぇ、気を付けます」
茨くんの余計なお仕事を増やされて今日みたいに私がドタキャンされる羽目になるのは悲しいし。本当に気を付けてもらわないと。
「…今さらだけど、会いに行って迷惑じゃないかな?お仕事忙しいならなおさら…」
「お寿司2人分食べたいからって余計な心配しちゃダメッスよ?持っていってくれないと僕のごめんなさいの気持ちが伝わらないですし、芹さんもここで1人で大量のお寿司を食べることになりますし?」
「お寿司独り占めしようとは思ってないからね?」
ニキくんじゃないんだから2人分も食べきれないよ。作ってもらった以上はやはり持っていくしかなくて、なんだか緊張してきた。
「よし、まぁ行ってくるよ」
「副所長さんによろしく言っといてくださいね」
「うん、任せて。行ってきまーす」
茨くんに会う口実を作ってくれたことに感謝しよう。今度絶対にニキくん向けの良いお仕事を見つけてお礼をしようと心に決めた。
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