幸運って何だっけ



「僕みたいな人間を誘ってくれるなんて、遠野さんは本当に優しいね!嬉しいよ!」

狛枝くんに声をかけてみたら、大袈裟に喜ばれた。まだレストランにちらほらと人が残っていたし、少し恥ずかしくも感じた。

「凪斗ちゃん、空ちゃんとデートっすか?」
「デートだなんて恐れ多いよ。僕はただ、希望の象徴である遠野さんのお出掛けにお供させてもらうだけさ」
「照れてるんすか?」

冷やかしにきた唯吹ちゃんと、さらりとかわす狛枝くん。なんだか私は声をかける人物の選択を間違えてしまったのかもしれない。
私がモタモタしているうちに、皆それぞれ遊びに誘いあったりして、私は焦って、ぽつんと残っていた狛枝くんに声をかけてしまっただけだ。なんて、喜んでいる狛枝くんにそんなこと言えないけど。

「ま、唯吹は白夜ちゃんとデートなんで、空ちゃんたちも楽しんでくださいっす!」

唯吹ちゃんは楽しそうに手を振って、十神くんとレストランを出ていった。

「僕たちもどこか行こうか。遠野さん、行きたいところはある?」

案外普通に行き先を聞いてもらえて安心する。

「映画館があったの、気になったんだけど…狛枝くん、映画とか見る人?」
「うん、見るよ。遠野さんと一緒に見られるなら、どんなつまらない映画でもおもしろく感じるかもしれないね!」

言葉の本意はよく解らなかったけど、とにかく私たちは映画館へと向かった。
偶然声をかけただけの狛枝くんだったけど、隣に並んで歩く分にはただのデートみたいで、緊張した。それに映画って。そこを選んだのは私だけど、映画デートだなんて、心臓が持つだろうか。

「どれにしよっか」

今上映されているのは、ラブコメと動物ものと、スプラッタホラーだった。正直なところ動物にそこまで興味がないし、ホラーは苦手だし、ラブコメだって、狛枝くんみたいなかっこいい人と一緒に見たら、なんだかそんな風に意識してしまいそうで、怖い。
ここまで来ておいて映画はやめようだなんて言えないし、どれか選ばないと。

「迷うなぁ…」
「それなら、僕の運に任せてみる?これでも超高校級の幸運だから、きっと一番面白い映画を選べるはずだよ!」

狛枝くんは発券機に近付いて、三つのボタンを同時に押した。幸運に任せたならきっと本当に面白い映画を選べたんだろうと思ったのだが、狛枝くんに差し出された映画のチケットを見て驚愕した。

「ほ、ホラー…」
「やったね、一番スリルがあって面白そうだ!」
「そ、そうだね…」

助けてと叫びだしたい気分だったけど、せっかく選んでくれたんだからと思って、文句を言わずに劇場内に足を踏み入れた。
そこそこ広い劇場の中でぽつんと隣同士で座る私と狛枝くん。なんだかドキドキしてしまったけど、映画が始まると意識は全てそっちに持っていかれ、狛枝くんのことなんか忘れて青ざめることとなった。




レストランに集まると、今日も花村くんの手作りの夕食が用意されていた。とても美味しそうな食事なのに、今の私には食欲が無かった。人間のスプラッタシーンを見せられ、気分は最悪だった。狛枝くんにはばれないように強がってレストランまでたどり着いたけど、色々と疲れてしまっていて、隅の方の席につかせてもらった。

「遠野さぁん…顔色悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」

しばらくぼーっとしていたら、蜜柑ちゃんが心配そうに声をかけてきた。

「あ、大丈夫だよ。その、ホラー映画がちょっと怖すぎただけだから…」
「ご飯もさっきから食べてないようですけど…」
「大丈夫、大丈夫だから。あの、あんまり心配されると、一緒に映画見てくれた狛枝くんにばれたら申し訳ないし、気にしないでくれて大丈夫だよ」
「はうっ…す、すみません、気がきかなくて…!余計なお世話でしたよね、許してくださぁい!」

そっとしておいて欲しかったのに蜜柑ちゃんが泣きそうな声をだし、皆がこっちを気にし始めてしまった。

「だ、大丈夫だよ、怒ってないし、ありがたいと思ってるから…!」
「何かあったんすか?」
「ゲロブタ食事中にぶひぶひうるさいんだけどー」
「す、すみませぇん!遠野さんの顔色が悪いから心配で…!…あっ、すみませぇん!」

蜜柑ちゃんのせいで私の不調が狛枝くんにバレてしまった。あぁもう、だから大丈夫だって言ったのに。

「もしかして、僕のせい?」
「ち、違うよ、狛枝くんのせいなんかじゃ…」
「それはごめんね。でも、遠野さんならホラー映画の恐怖くらいきっと乗り越えられるって、僕は信じてるよ!」

狛枝くんは特に悪びれる様子もなく笑顔でそう言った。悪気を感じないんだったら、私がここまで気にする必要もなかったということか。無理なんかしなくてよかったのか。

「ちょっと狛枝、空ちゃんのことホラー映画なんかに連れてったの?もっと気の利いた映画選びなさいよ」
「僕の運が選んだからホラー映画でも楽しんで貰えると思ったんだけど…やっぱり僕ってついてないみたいだね」

狛枝くんの幸運への信頼が、少しだけ下がった一日だった。



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