親友のつもりで
構ってくれない左右田くんに対してちょっとだけ意地になって、連日他の子にべったりくっついて、自分から左右田くんの元へ行くのを控えてみた。そこで気が付いたけど、日寄子ちゃんの言う通り、左右田くんの視線をなんとなく感じた。でも見てしまったら私の負けな気がして、意地でもそれに気付かないふりをした。
「空ちゃん!唯吹と一緒に泳ぎにいかないっすか!?」
「あっ…ご、ごめん、明日でもいい?今日、採集で疲れちゃったから一人で図書館でゆっくりしようと思ってて…」
「そういうことなら仕方がないっす…。体壊さないようにしてほしいっす!明日、空ちゃんのセクシーな水着楽しみにしてるっす!」
セクシーな水着なんか着るつもりはないけど、明日の予定ができてほっとした。
私は宣言通り、一人で図書館に向かった。部屋でごろごろするのもよかったけど、昼寝に時間を使うのはもったいなかったから。
図書館に行ってみると、やっぱり誰もいなかった。私一人なのは寂しかったけど、でもたまには一人でゆっくりしたいときもある。
読みたいものがある訳ではなかったから、特にあてもなく本棚を一つずつ眺めながら、何か面白そうな本が無いか探した。
手にとって中身をなんとなく確認するのだけれど、座ってじっくり読みたいと思うほどの本が見つからない。疲れているのに無駄に時間が過ぎていくような気がして、帰ろうかという考えが頭を過り始めた頃、図書館の扉が開く音がした。誰だろうと思って入り口の見えるところまで移動してみたら、予想外の人物がそこにいた。
「左右田くん…」
一人でこんなところに来てどうしたんだろう。左右田くんは私に気が付くと、真剣な顔のままずかずかと近付いてきた。
「ど、どうしたの?」
「…、ごめん」
消え入りそうな声だったけど、たしかに謝罪の言葉が聞こえてきた。何に対しての謝罪だろう。困惑していたら、目をそらされた。
「…俺の話、聞いてもらってもいいか」
「うん…いいよ」
「…中学ん時の、話なんだけど、」
突然すぎて更に困惑したけど、元気の無い左右田くんが語り始めるのを止められはしなかった。ぽつぽつと語る左右田くんの悲しみを、受けとめなければと思ったから。
中学の頃、今より地味で、勉強がいちばん大事だったこと。そのとき、親友がいたこと。その親友に裏切られて、周りの人たちから軽蔑されて、人を信じられなくなったことを聞かされた。左右田くんは泣きそうで、いつになく、悲しそうだった。
「…そういうことがあったから、遠野も…いつか離れていくんじゃないかと思って、怖くなったんだ」
「……」
「…避けちまって、ごめん。遠野が何かしたとか、悪いとか、そういうわけじゃなくて、ただ俺が、遠野を信頼しちまうことが、怖かった。だから…」
左右田くんは、やっぱり怖がりの臆病者だった。でもそんなこと、出会ってすぐに解っていたし、この修学旅行で過ごしている間にも充分理解できたことだ。
「私、寂しかったよ」
「…ごめん。俺も、自分から離れようとしたくせに、遠野が構ってくれなくなって、すげぇ寂しくなっちまって…」
「こうして来てくれたってことは、信じることが怖くても…それでも、私とまた仲良くしたいって思ったからなんだよね?」
自惚れすぎかな、とも思ったけど、それでも左右田くんはうなづいてくれた。よかった、私も、もっと左右田くんと仲良くしていたかったから。
「すぐに信じられないなら、時間をかければいいんだよ。この修学旅行が終わってからも、まだ時間はあるんだもん。少しずつ仲良くなろう?私は、左右田くんのこと傷付けたりしないから」
なんだか恥ずかしいことを言っているような気もしたけど、左右田くんを慰め仲直りするためだ、仕方がない。私はまたいつもみたいに、左右田くんと遊びたいんだから。
「俺…今の見た目、ほんとの自分にすげー嘘ついてるし、取り繕ってるけど、それでも…こんな俺のこと、遠野は信じられるか?」
「どんな見た目だろうが左右田くんは左右田くんだもん。メカニックで、臆病者で泣き虫で、弱虫で、情けなくて、気が弱くて…」
「わ、悪口だよなそれ!?」
「でも本当のことでしょ。それに、友達思いで優しいことだって知ってるし、私のこと信じたから、自分の話してくれたんだよね?左右田くんが私のこと信じてくれたんだから、私だって左右田くんのこと信じるし…ていうか元々信頼してるしね。じゃなきゃあんなに左右田くんとばっかり遊んでないよ」
誰よりも左右田くんと遊んでいたと、私は思っている。だから唯吹ちゃんや日寄子ちゃんに誤解をされていたわけだし。
「あーあ、私左右田くんのこともう親友だと思ってたのになー。寂しいなー」
避けられて傷付いた仕返しを、少しくらいしてもバチは当たらないだろう。意地悪く言ってみれば、左右田くんは動揺して、ぽろぽろと涙を流してしまった。
「ええっ、ご、ごめん、泣かせるつもりはなくて…」
ポケットからハンカチを出して、左右田くんの涙を拭おうとしたらその手をハンカチごと掴まれた。
「俺も、寂しい」
「え、何が?なんで?」
「俺は…遠野のこと、親友だなんて思えねーんだよ」
泣きながら言われて、ショックすぎて私まで泣きそうになった。仲良くしたいくせに何言ってるのこの人、意味わからん。
「俺は、親友なんてポジションにいたくねぇよ…。男女間の友情が育めるなんて思ってんのは、お前だけだ」
左右田くんは少し屈んで私にすがり付くように抱き付いてきた。左右田くんの温もりが全身に伝わってきて、顔にその熱が集まったように熱くなった。
どうやら左右田くんは、私に対して友情ではない感情を抱いていたらしい。もしかして私のことを避けていたの、さっきの理由だけじゃなく、好きな子ほど避けてしまうアレだったのかな。
「…親友だと思ってくれてたのに、裏切ってごめんな」
そんな風に、震える声で謝らないでよ。左右田くんは何も悪くないんだから。
「俺だってほんとは、遠野のこと友達として見たかったし、親友だと、思いたかった」
「……」
「…好きになっちまって、ごめん」
唯吹ちゃんの推理、聞き流してないで真剣に考えてみればよかった。きっと本当に、大分前から私のことを好いていてくれたのだろう。
「…泣かせて、ごめん。さっき、左右田くんのこと傷付けたりしないって、言ったばっかなのに」
やり場の解らなかった手で左右田くんの背中を優しく撫でれば、更にきつく抱き締められた。
「困らせてごめんな。…明日から、また今まで通り、普通に仲良くしてほしい」
「…そっか」
「俺も…遠野のこと、その、信じたいし、親友だって思いたい。つーか…これからはもう、親友だと思うことにするから」
親友だなんて思えねーって、さっき言ったばかりのくせに。それでもそうやって言ってくれるのは、私とまだ仲良くしたいから、困らせたくないから言ってくれる、左右田くんの優しい嘘だろう。
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