いたずら


涅隊長に新しい腕の調子が知りたいと言われたので見てもらい、めんてなんすをしてもらった。
いつもそんな感じで涅隊長に様子を見てもらうと、体がだるくなって重くなって気分も悪くなって左腕は思うように動かなくなってしまう。一晩ぐっすり眠ると朝には治っているのだけど、涅隊長に会ってベッドに横たわってから起きるまで、僕は自分の体に何をされているのかは全然知らない。体がだるいと相談しても、麻酔のせいだと言われるだけだった。
死神になって色んな隊の特徴を知って、十二番隊や技術開発局のことも少しだけ知った。だから涅隊長に会いに行くたび不安が募るんだけど、この左腕を貰った恩があるからいつも文句は我慢していた。
一度だけネムちゃんに愚痴を言ったこともあるけど、ネムちゃんは悪くないのに何回も何回も謝ってきて胸が痛くなったから、それ以来僕は左腕や十二番隊に関する愚痴は誰にも言っていない。僕が少し我慢するだけで、誰も不快にならなくて済むから。


「御門くん……実は、君のことが好きなんだ」

技局からの帰り道、僕は久しぶりに愛の告白を受けた。でも男から告白をされるのは初めてだった。院生の頃は女の子たちにちやほやされて、思い付く限りかっこよく断っていたのだけれど、今回は訳が違う。

「君が男なのはわかってる。でも、俺のこの気持ちは本物なんだ」

気だるい時に迫られて、嫌だと思う気持ちが顔に出てしまう。申し訳ないとは思ったけど、こんな気分の時に爽やか笑顔できっぱり断るなんてことはできそうにない。

「院生の頃からずっと見てたんだ。それでやっと死神になって同じ五番隊に入れて、嬉しかったんだ」
「……そう、ありがとう」
「あ、あぁ!ご、ごめんな、突然こんなこと。気持ち悪いよな」

僕こそごめんね。男だなんて偽って生活していたせいで、君は自分の感情を気持ち悪いものだなんて思いながら生活していたんだね。それも、何年もの間。苦しめてごめんね。

「でももう、抑えられないんだ…。君の近くで働くことができて嬉しくて、近くで働けるだけじゃ満足できなくなってきたんだ。最近はもう、君を見かけるだけで俺は、おかしくなりそうなんだ」

右腕を掴まれてしまい、逃げ道を塞がれる。まともに機能していない左腕は自由がきくが、この男を振り払うほどの力は残されていない。

「僕は職務を全うしたいから誰かと恋仲になるのは御免だよ」

逃げたらきっと傷付くだろうと、少しの優しさをもって言葉を使って諦めさせようと試みた。それでも、僕の言葉は届かなかったらしい。

「付き合ってくれなくてもいいんだ、そんなことしても皆の目ってきびしいだろ?だから、一回だけ、今日だけでいいから、恋人ごっこさせてくれよ」

今日だけでって、今はもう夜なのに、今日なんてものはもうすぐ終わるのに何を言ってるんだ。一回だけって、何の一回?恋人ごっこも何も、恋人が何をするかなんて興味も無いし理解もしていないのに、恋人ごっこなんかできるもんか。
言葉で言っても無駄ならば、これ以上話しても無駄だろう。右腕を思いきり振って男の手を払って、少ない体力で駆け出した。普通に走っても追い付かれそうで、瞬歩で逃げようかと視線を塀の上へと向けたら足元の注意が疎かになって、足がもつれた。
最近新しい腕に替えたばかりだから壊さないように左腕をかばって地面に体を打ち付ける。起き上がる暇もなく肩を掴まれ仰向けにさせられた。

「俺もう我慢できないんだ…!」

血走った目で顔を近付けてきて、怖くなって顔を横向ける。頬だか首筋だかに生温い感触があって、男の髪の毛が顔にかかる。舐められるような気持ち悪さに悪寒が走る。使える右手は地面に押さえつけられていて、逃げられない恐怖が降ってきた。
あの時のように惣右介と叫べば助けにきてくれるだろうか。そうだとしても、今の僕には大声を出すような気力は無いし、こんなことで助けを呼ぶ弱さを見せたくなかった。

「き…気持ち悪いから、やめて」
「ごめんね、もう二度としないから…」

こんなこと一度だって体験したくないというのに男は僕の肌を舐めまくる。前に京楽隊長が言っていた男の弱点を思いだし、蹴り上げた。勢いと力が足りなかったのか、男は別段痛そうな素振りは見せなかった。

「もっとしていいよ、君のこの可愛い足で蹴られたと思うと、興奮するよ」

袴をめくられて足を撫でられ擦られて、気持ち悪さで吐き気がした。みんなに頭撫でられるのは好きなのに、頭以外を触られるのがこんなにも気持ち悪いなんて。

「し、していいよね?痛くしないから、一回だけ、」

痛くしないなんて言葉の信用の無さは涅隊長のおかげでよく解っている。痛くしないつもりでも、色々される方にとっては痛いんだ。僕はこんな理不尽なところで痛みを受けるなんて、そんなの絶対に嫌だ。

「や、やめ、」

帯をほどかれそうになったとき、僕らの頭上に影がかかった。誰かいる。そう思って僕らが顔をあげると、月の逆光で輝く銀髪が見えた。

「ボクのオモチャに何しとるん?」
「え、あ……」

副隊長の霊圧はいつになく怖くて、重くて、こんな状況なのにかっこよく思えてしまって悔しかった。
男は怖じ気付いたのか、僕の上からどいて一目散に逃げていった。そしたら副隊長は塀から降りてきて、僕の傍らにしゃがみこんだ。

「…大丈夫?」

副隊長のおかげで助かったことは嬉しかった。僕のために怒ってくれて嬉しかった。心配してくれたことも嬉しかった。手を差し伸べてくれたことも嬉しかった。
だけど、あんな強くもなんともないただの死神に襲われて抵抗できないでいる弱いところを見られたことが、何よりも恥ずかしかった。
恥ずかしくて悔しくて、副隊長の顔なんか見れなくて、僕は泣きながら副隊長から逃げ出した。副隊長の優しさなのか、僕のことを追わないでいてくれた。
本当は僕は、差し出された手を握りたかった。ありがとうと感謝を伝えて、怖かったと言いたかった。でもそれも全部自分が弱いせいな気がして何もできなかった。僕は弱いせいで、そのすべてから逃げ出したんだ。

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