ひとりじめ


「あ、いた。先輩」

二日酔いに悩まされ、仕事や特訓どころか日常生活までさぼって過ごしていたら、かわいい後輩がやってきた。

「って、なんか体調悪そうっすね」
「副隊長の馬鹿にお酒飲まされたせいで頭痛いし気持ち悪いの」
「あぁやっぱり。昨日3人で歩いてるとこ見かけたんすよ。一緒にいた綺麗な女性って誰でした?」
「あー…乱菊さん?十番隊の副隊長らしいよー。市丸副隊長のお友だちらしくて、昨日偶然お店で会ったから仲良くなったの」
「乱菊さん……」

修兵はいつになく興味深そうに僕の話を聞く。

「乱菊さんがどうかした?」
「いや、めちゃくちゃ綺麗ですげーって思って。ああいう人が死神やってて副隊長にまでなってると思うとテンション上がるな」
「…修兵はああいうのが好みなの?」
「そりゃあ男ならああいうの好きだろ。むしろ先輩は乱菊さん見て、こう……何とも思わないんすか?」
「美人だなぁって思う」
「……まぁガキだもんな」

何が言いたいのか修兵はため息をつく。だからって言い返すような元気もなくてただいらつく。

「なぁ先輩、今度俺にも乱菊さん紹介してくださいよ」
「自分で会いに行けば」
「突然会いにいって自己紹介とか下心丸見えじゃねーか、そんなことできねーって」
「知らなーい。めんどくさーい」
「かわいい後輩がわざわざお願いしにきてるのに」
「お願いの内容がかわいくないからやだー」

なんで僕が修兵の下心なんかのために動いてあげなきゃならないんだ。そんなことのために動くなら仕事しろ、働け。

「ていうか、そんなことのためだけにわざわざ会いに来てくれたんだ?」
「そんなこととか言うなよ。何でもいいから構ってくれとか言ってたの先輩じゃないすか」
「そーだけどー、構って欲しいけどー」

だからってこの馬鹿な修兵に乱菊さん紹介しちゃったら僕に構ってくれなくなりそうだし。そんなの嫌だし。めちゃくちゃ美人な乱菊さんだからって修兵とられてたまるもんか。

「もしかして……俺と乱菊さんが仲良くなるの嫌なんすか?」
「……そうかもね」
「先輩だからって乱菊さん独り占めはずるいっすよ。先輩がそういう風なら自分でどうにかしてやんよ」

違うんだよ、そういうことじゃないのに。僕が独り占めしたいのは乱菊さんじゃなくて修兵なのに。

「死神なりたてのしたっぱが乱菊さんに相手してもらえるわけないでしょ」
「…それもそうだな」
「でしょ」
「…よし、乱菊さんの隣に立てる男の中の男になれるように頑張ってやる。乱菊さんが副隊長なら、俺も目指すは副隊長だ!あわよくば隊長に…!」

乱菊さんのために上を目指すとか下心しかないなこの馬鹿。何のために死神になったんだこいつ。
とはいえ僕も、更木隊長に会いたいだけで死神になって上を目指してるわけだけど。だからって僕のは修兵ほど不純な動機では無いと思いたい。

「修兵は不純だなぁ……」
「現状で満足する向上心の無い奴よりはましだろ」

この勢いだと本当に上り詰めそうで、僕なんかすぐに抜かされそうだ。もしかすると今の時点でも修兵の方が強いかもしれないし、僕の手の届かないところまでいってしまいそうだ。
修兵を乱菊さんの隣なんかに立たせてたまるか。修兵の隣は僕のものだし、誰かに譲りたくなんかない。乱菊さんとか誰かが修兵の彼女になってしまったら、僕はたぶん修兵の隣には居られなくなるけど。

「修兵より先に始解も卍解もして席官になってやる」
「俺だって負けねーぞ。なんてったって俺は、席官入り確実だなんて謳われた優等生なんだからな」
「修兵のくせに生意気…!」

修兵がそこまで優秀な奴だったなんて。さすが僕の見込んだ後輩だ。

「俺が先に席官になったら敬語なんか使ってやらねーからな」
「今だって敬語ほぼ使ってないくせによく言うよ」
「…いや、だって敬語使う必要性がわからなくなってきたし」
「ふーん。僕のが先輩だし勉強も教えてあげたし面倒見てあげて可愛がってあげてたってのに敬ってくれないんだー」

そう言ってやれば修兵はちょっと慌て始めたけど、僕は修兵を黙らせるために頬を両手で挟んだ。

「僕はねぇ、修兵が死神になるまでの数年間、強くなるためにめちゃくちゃ実戦積んで頑張ってきたし、色んな本読んで勉強だって続けてきたし、身長伸ばすために毎日牛乳飲んでるし、美しくかっこよくなるために美容の努力もしてんだよ」
「…前半ちょっとすげぇって思ったのに、後半へぼいな」
「でもちゃんと身長伸びたし、あの頃より美しいしかっこいいでしょ」
「かっこよさは見当たらねぇっす」

むかついたから睨み付けて、ドドドドド、と修兵に重い霊圧をふっかけてやろうと思ったけど、頭痛に襲われてしまってうまくいかなかった。

「いてて……くそ、無理だ…」

修兵の頬に当てていた手をそのまま滑らせ首に腕を回す。痛いの痛いの修兵に飛んでけ。

「ガキが無理して酒なんか飲むから。大人しく牛乳飲んでろよ」
「副隊長にジュースだって言って飲まされたんだもん…。修兵が頭撫でてくれたら治る」
「甘えたこと言ってんな」

そう言いつつも修兵は僕の頭を撫でてくれる。頭が揺れるたび痛みに襲われるが、せっかく撫でられているんだから我慢した。

「僕成長してるから、修兵に負けないから」
「成長してもガキみたいに甘えてくるのは変わらねーんだな」
「…見た目まで成長しちゃったらこんなことできないんだから、今のうちにしときたいじゃん」
「まーそうだな」

成長して間違って乱菊さんみたいにボンキュボンにでもなってしまったら迂闊にこんなことできない。でもあの美貌が手にはいったら乱菊さんの言うような女の武器を使えるんだろうか。女の武器って何だろう。あの美貌が武器なのか?胸がミサイルになって飛ぶように涅隊長に改造してもらうのだろうか。

「ねぇ修兵」
「うおっ」

頭痛が治まってきたから少し顔を上げたら、修兵は変な声を出した。間抜けだ。

「耳元で喋るな…。いつ声変わりするんだよ」
「……僕の声が変わったら、修兵呼んでも気付いてくれなくなっちゃうでしょ」
「俺のこと馬鹿みたいに名前で呼ぶのなんか先輩だけっすよ」
「修兵さっきから馬鹿とかガキとか言い過ぎなんだけど。僕怒るよ?」
「その顔で怒られても怖くねーっすよ」
「可愛い顔しかできないと思ったら大間違いだよ?」
「だから自分で可愛いとか言うなっての」

軽く頭を叩かれて、また頭痛が戻ってきた。

「修兵のせいで頭痛ひどくなったから責任とって!!あっ、大声響く……」
「馬鹿だろ、もう大人しくしてろって」
「ううぅ、修兵ぇ……」

修兵は文句を言いつつも結局は僕に甘くて、満足いくまでずっと頭を撫でて優しくしてくれた。
やっぱりこんなに優しい修兵を誰にも渡したくないと改めて思ってしまった。絶対にいつまでも、僕の可愛い後輩でいてもらわないと。

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