あこがれ


今日はいつものお礼としてお高い和菓子を持参して弓親に会いに来ていた。弓親とは色んな話をして味の好みもそれなりに聞いていたから、口に合わないことはないだろう。

「へぇ、ありがとね。お茶でもいれるよ」

弓親は僕の分までお茶を用意してくれた。初めて勝った高級和菓子を僕も食べていいらしい。やったね。

「ところで御門、まだ始解できるようにならないの?」
「ひっ」
「まだなんだね?」
「…はい」

和菓子に手を出そうとしたらそう凄まれて、手を引っ込めてしまった。まさかそんな話をされるなんて。

「ちゃんと任務とか行ってるんだよね?」
「…行ってる。虚も倒してる」
「それなのに始解できないの?というか、始解できないのに虚倒せるくらいになったんだ」
「うん……それにちゃんと、鬼道もなるべく使わないで刀で頑張ってるよ」

だけど僕の刀は呼び掛けても返事をしてくれないし名前を教えてもくれない。始解くらいできなきゃ席官にもなれないってのに。

「僕が君を稽古付け始めてから何年経ったかな」
「……八年くらい?」
「それだけの時間を費やしてあげたのに、君は何か変わった?美しくなっただけ?」
「…ごめんなさい」
「本当にやる気あるの?本当に、強くなって更木隊長に会うつもりがあるの?」

弓親は僕を責めながら和菓子を一つずつ消化していく。僕も食べたいけど、説教中に手を出せるほどの図太さは無い。

「本当に強くなりたいんだ。でも、始解できないのも何がいけないのか全然解らなくて…」
「君はどうして強くなりたいの?ただ隊長に会いたいだけ?」
「……うん」

僕はかっこいいものが大好きで、強いものはかっこいいものだとずっと思ってきた。だから更木隊長を初めて見たとき、僕の世界で一番かっこいいものだと認識した。だからこそ、そのかっこいい更木隊長に会いたくて近付きたくて、ただそれだけの思いでここまでやってきたんだ。

「じゃあもし、いま更木隊長に会ったら御門の目標は達成したことになるの?」
「…わからない」
「例えば、君が隊長に会ったとして、隊長が君のことなんて覚えてなかったらどうする?それでもまだ頑張れる?」
「…頑張るよ。僕のことを忘れたなんて言ったら、忘れたことを後悔させてやるくらい強くなって見返してやる」

昔会ったことを覚えてくれていたら嬉しいけど、忘れていたらまぁそれはそれで、泣き叫んだただのガキだし、忘れてくれていても問題無いけど。

「じゃあ覚えててくれたら?」
「嬉しいからもっと強くなる」
「どっちにしろ強くなるなら、今隊長に会いに行ったっていいんじゃない?」
「え」




……




と、弓親の思い付きで、僕は無理矢理腕を引かれて隊首室までやって来ていた。更木隊長の霊圧を感じるし、この扉の向こうに更木隊長がいるのは確実だ。緊張で変な汗が出る。

「隊長、お客さんです」

心の準備ができていない内に扉は開かれ、更木隊長と対面することになってしまった。お昼寝中だったのか寝転がっていた隊長は起き上がり、眼帯をしていない方の左目とばっちり目が合ってしまう。

「こっっ、こんにちは更木隊長お久しぶりです!!数年前に更木隊長に会ってびーびー泣いてたクソガキだった御門鈴です!!更木隊長に会いたくて死神になって、五番隊に配属されました!!まだそんな、強くないんですけど……あの、僕のこと、覚えてくれてたりしますか?」
「…なんとなくな」
「本当ですか!」
「けどお前、女だったのか」

なぜか性別を指摘され、否定も肯定もできなくなる。そういえばさっきフルネームで自己紹介をしてしまった気がする。気付けば弓親も僕をまじまじと観察し始めるし、逃げ場が無かった。

「あの……僕、女ですけど、これからもっと頑張って始解だってできるようにするので、えっと……。強くても女じゃ十一番隊には入れてもらえないですか?」
「強けりゃ構わねぇよ、やちるだって女だしな」

それは更木隊長のお連れだからじゃないのか。でも更木隊長が僕が女でも、強ければ入れてくれると言っているんだ。なんだかもう性別を隠す必要が無いんじゃないか。

「近い内にもっともっともっと強くなるので、期待しててください!!そのうち十一番隊の席官に入り込むくらいには強くなるつもりなので!!」
「言うじゃねぇか。せいぜい俺が退屈しねぇ程度にはなってみろよ」
「任せてください!!今から特訓してきます!失礼します!」

深々とお辞儀をして、弓親の腕を掴んで急いで隊首室を出た。
今の僕ではまだ更木隊長を楽しませるほどの力は無い。更木隊長に会っただけでこんなにもやる気が出るなんて思わなかった。早く、更木隊長を楽しませてあの最強に怖い笑顔を見てみたい。


「御門、特訓は後にして聞きたいことが山ほどあるんだけど」
「えっ」

振り向くと弓親は不満そうな顔をしていた。今度は僕が腕を引かれ、弓親の部屋に戻ることになってしまった。


「それで、何年も面倒見てやったこの僕に、性別を黙ってたのはどういうつもり?鈴ちゃん?」
「や、やめてよ……黙ってただけで、男だって嘘ついてたわけじゃないじゃん……ごめんなさい」
「なんで黙ってたの」
「……女じゃ、十一番隊入りにくいかなって思ったから」

これってもしかして弓親を騙してたってことになるのかな。

「隊長も言ってただろう、強ければ構わないって。隊長は性別なんか気にして差別するような小さい男じゃないよ」
「……そう、だよね」
「十一番隊で働きたいって思う気持ちは本物なんだよね?」
「もちろんそうだよ!そのために今までずっと頑張ってきたんだから!」
「うん、安心した。そう言い切ってくれるなら、今回は多目に見てあげるよ。多少は根にもつけどね?」
「ご、ごめん、ありがと」

何年も騙してきて、何年もお世話してくれたのに始解もできなくて、申し訳なくなる。それなのに弓親は広い心で僕を許してくれて、女だろうと関係なく受け入れてくれる。

「今まで通り手加減は無しで、いいんだよね?」
「え……あの、うん」
「じゃ、特訓始めようか」
「饅頭がまだ……」
「あとで僕が責任を持って片付けておくから気にしなくても大丈夫だよ」
「そんなこと言って独り占めする気だね!?ねぇ弓親顔怖いよやめてよ怒ってるの!?」
「君のいつもの望み通り本気出してあげようと思っただけだよ、早くして」
「ゆ、弓親〜っ」

広い心で許してくれたものだと思ったけど、そんなことはなかったみたいだ。やっぱり騙していたのは気にくわなかったらしい。
あのあと和菓子は全部食べられてしまったし、特訓ではこってり絞られた。いつもよりも厳しくて甘さがこれっぽちも無くて、久々に死ぬかと思ったし怪我してしまった。
もう弓親を怒らせるようなことをするのはやめようと心に誓った。

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