おもい


「おはよーございまーす」

早起きしすぎて暇すぎたので市丸副隊長の相手でもしてあげようかと思って朝早くから執務室に行ってみた。
どうせ早朝から副隊長が居るわけない、なんて思っていたのに副隊長は珍しく執務室に居てソファに座ってぼーっとしていた。

「副隊長が大人しくしてるなんて珍しいですね!今日は雨でも降るんですか!?」
「そうかもしれへんなぁ」
「…元気無いの?」
「わかるん?」

本当に珍しく、副隊長がなんだか大人しくて元気が無い。今日は空が曇っていたし本当に雨でも降るのかもしれない。
こんな副隊長でも少しだけ心配だったから、ソファまで歩いて副隊長の横に座ってみた。

「大丈夫?」
「……」
「…副隊長」
「…なーんてな」

僕は割りと本気で副隊長のことを心配してあげていたのに、副隊長は突然にやりと笑ったかと思うと僕に手を伸ばしてきて僕に抱き付いてきた。

「ちょっと!」
「心配してくれたん?」
「どう見てもそうでしょ!ふざけんな!」
「いや〜ボクなんかのことでも心配してくれるなんて嬉しいわぁ」
「もう怒った!もう副隊長のこと信じない!ばか!離せ!嫌いになるよ!」

前はそう言えば副隊長は反省するような素振りを見せてきたのに、今回はそのままで僕を離してくれなかったから不審に思った。

「ねぇ、本当は何かあったの?真面目に話してくれるなら僕も真面目に対応しますけど」
「鈴ちゃんには何でもお見通しやね」
「その呼び方嫌です」

副隊長のため息が僕の首筋を撫で付ける。ぞくっとして殴りたくなったけど、こらえてあげた。

「もう鈴ちゃんとお別れになりそうなんよ」
「…どういうこと?」
「ボクが居らんくなっても、泣かんとってな」
「ねぇ、副隊長、ちゃんと話してよ、わけわかんないよ」

いつものくだらない冗談とは全然声のトーンが違って、本気で焦る。こんな副隊長でも、居なくなったら嫌に決まってる。

「副隊長っ…」
「……実はな、ボク……三番隊の隊長になるんや」
「……ん?」
「せやからもう鈴ちゃんと同じ隊には居られへんのや、ごめんな。ほんまはずーっと大好きな鈴ちゃんと一緒がええんやけど、隊長になれる器があるんが僕くらいしか居らん言われて仕方なく…」

馬鹿にされたような騙され方をしてムカついて、殴ってやろうかと思った。でも万が一、もし本当に少しでも副隊長に寂しいって気持ちがあって、さっきの元気の無さが本当の感情だったら無下にするわけにもいかず、僕は怒らずに副隊長を抱き締め返してあげた。

「……鈴ちゃん?」
「昇格、おめでとうございます」
「う、うん。おおきに」
「副隊長はすごいから、隊長になってもやっていけると思う」
「鈴ちゃん…!」

副隊長は僕をきつく抱き寄せる。本当に三番隊に行ってしまうなら、最後だと思って優しくしてあげようか。

「でも寂しいなら寂しいって言って人に頼るくらいしなきゃやってけないと思うよ」
「せやろか」
「そうでしょ。僕は賢くて心が広いから、副隊長が何も言わなくても寂しいって解るからこうして相手してあげてるけど、普通だったらなーんてなって言われた時点で副隊長のこと殴って帰ってるところだったよ」

副隊長の方が大人なのに、どうして僕がこんな風に優しくしてあげなきゃいけないのか…。

「…寂しい」
「ん」
「鈴ちゃんと離れるん、嫌や」

あのうざい副隊長が大人しく僕を頼りにしてくれている。素直な感情を口にする副隊長にいつものうざさは感じられなかった。

「僕も、ちょっとだけ寂しいです」
「ちょっとだけやの?」
「うん。だって副隊長が居なくなっても隊長は居てくれるし」
「あ、今傷付いた。ボクの繊細な心が壊れる音がした」
「え、ちょ」

副隊長はそう言いながら僕に全体重をかけてきて、耐えきれず倒れて腰掛けと副隊長で挟まれ身動きがとれなくなった。

「もーー」
「鈴ちゃんにとっては藍染隊長でボクの代わりが務まるんかもしれへんけど、ボクにとっては鈴ちゃんの代わりなんて居らへんのや」
「だから僕にどうしろってのさ。副隊長と一緒に三番隊とか行きたくないですからね」
「僕より藍染隊長のがええの?」
「そうじゃなくて、僕はただ、副隊長のワガママに振り回されて異動するのが嫌だってだけで」
「じゃあ藍染隊長よりボクのこと好きだったりせぇへん?」

僕は市丸副隊長とこのめんどくさいやりとりを何度繰り返せばいいのだろう。僕に惚れられたら何だって言うんだ。僕にそんなに価値は無いだろ。

「鈴ちゃんには面倒な話かもしれへんけど、僕にとっては重要な問題なんや」
「……まだ何も言ってないのに」
「好きな子と離れ離れになる苦しさがわからへんの?」

好きな子なんていない僕にそんなものが解るものか。恋とは違うけど、大好きな京楽おじさんとだって今離れて働いているし、目標の更木隊長も遠いところにいるし、かわいい修兵も他所で頑張ってるから近くにいてくれる必要無いし。全然わからない。

「わかんないし副隊長のこと愛してないけど、それでいいならいつでも僕に会いに来てくれていいし、僕も副隊長に…市丸隊長に、会いに行きます」
「愛してない、なんてはっきり言われるとへこむわ……けど鈴ちゃんの口から愛って言葉が出てきたんわ感心やし興奮する」
「乱菊さんに言い付けるよ」
「それは堪忍や」

興奮するとか言われてそのまま抱き締められているのも嫌だったので押し離そうとしたのだが、副隊長はびくともしない。

「副隊長、どうしたいの」
「めちゃくちゃにしたい」
「何を?」
「……」

副隊長はぎゅうぎゅうと抱き締めてくるだけで、何もしないし何も言わない。どうすることもできなくて副隊長の背中を撫でてみるが、反応してくれない。

「駄々こねても何も変わらないですよ」
「…鈴ちゃんの気持ちも変わらへんの?」
「変わらない」
「ボクが鈴ちゃんのこと愛しとる言うても?」
「…ごめん」

僕はそういう類いの愛情は必要としていないし、向けられても困ってしまうだけで何も返すことをしてあげられない。

「隊長になるの、がんばってください。応援してるので」
「……うん」

それ以上にかける言葉が見つからなくて、副隊長が満足するまで抱き枕になってあげることにした。寂しいのは本当だろうし、僕にこうすることで少しでも気分が安らぐのなら楽なものだ。
とは思ったものの、何分も、何十分も副隊長は離れる様子を見せず、とうとう執務室に人が来るまで離してくれなかった。おかげで抱き合っているところ、というか抱き締められているところを見られてしまった。視界が塞がっていたからそれが誰だったのかは解らないけれど、変な噂が立たないかだけが不安感として残ってしまった。

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