おとな


「あの、今日は何の御用で……メンテナンス、まだですよね」

珍しく涅隊長に呼び出されていた。本当にごくまれにこうしてメンテナンス以外の用で呼び出されることがあるのだが、いつも新薬の実験の場合が多くて、鬱になる。
左腕と引き換えに何だってする、なんて大口叩いてしまったせいで今でも実験に利用されてしまうのだ。左腕分の働きはもうしたと思うのだが、今後の腕のメンテナンスやら何やらの保証のためにも、逆らうわけにはいかなかった。

「君にはいつも実験台になってもらって本当に感謝しているヨ。今日呼び出したのは、せめてもの礼をしておこうと思ってネ」
「えっ……あ、そうですか。そんな、礼だなんて、」
「君のために、成長剤を特別に配合しておいたんだ。身長が欲しいとか大人の体が欲しいとか、ネムに愚痴を言っていたそうじゃないか」

成長剤?僕のために特別に?なんて裏がありそうな響きなんだ。バカな僕でもわかる怪しさだ。
でも、成長してしまえば、今より肉体を鍛えられるし、体格差での支障も少なくなる。これが本当なら、死神として生きるためのメリットも大きいはずじゃないか。

「ください!!!!!」

欲に負けてそう答えてしまった僕の愚直さは、死んでも治らないものだろう。貰った薬を飲んでみれば、体が聞いたこともないような不気味な音をたてながら、僕の体に激しい痛みを与えてきた。数分間の痛みと苦しみに耐えてやっと落ち着いてきたころ、奥の部屋からネムちゃんが大きな鏡を運んできた。

「……冗談じゃない」

そこには僕の理想を打ち砕くような、大人の女が映しだされていた。髪は長く伸び、顔付きはもちろん、体つきも大人の、女性らしいとしか言えない体格になっていた。
僕の理想では戦うのに邪魔になる胸なんかいらないし、女っぽさなんて少しもいらないと思っていたのに、これが自分の姿だと思うとショックだった。

「全然かっこよくない…」
「気に入らなかったかネ?」
「残念ながら……」
「そうか。だが元に戻す薬品は用意していないんだ、残念ながら」
「……ええ!?」

そんな馬鹿な。だったら僕は突然この姿で御門鈴を名乗りながら生きていかなければならないのか?そんなの嫌すぎるし、誰が信じてくれると言うのだ。やっぱり変な薬品なんか飲むんじゃなかった。

「ま、数時間で元に戻るんだがね」
「本当ですか!?よかった〜」
「ただ、何せ新薬なものでネ。それが一時間なのか十時間なのか百時間なのかは定かでは無い」

やっぱり僕で新薬の実験しただけじゃないか。お礼だなんて都合のいいこと言いやがって。いい加減に京楽おじさんに訴えて痛め付けてもらいたい。ただ、心配させたくないから告げ口なんてできないけど。悔しい。

「さて、用は済んだのだから出ていってくれたまえ」
「…この格好で?」
「それ以外に何かあるのかね?」
「……失礼します。」

納得いかないが、大人しく追い出されることにした。あのまま技局に残ったところでろくなことはされないだろう。
この姿で五番隊に戻っても騒がれそうだから、どこかで暇潰しをしなければ。そう思ってとりあえず歩きだしたのだが、いつもと姿が違うから自意識過剰になってしまい、人の視線が気になった。みんなが僕を見ている気がする。そんなわけは絶対に無いけれど。何てったって僕は今ちゃんと死覇装も着ているし、鏡で全身見たけれど、どう見たってただの死神だったんだから。
少しも問題ないと思っていたのだが、偶然にも、絶賛お仕事おさぼり中の市丸副隊長と出会ってしまった。よく見たら隊長羽織を着ていて、隊長になっても仕事から逃げるのかと幻滅した。

「ボクの顔に何か付いとるん?」

すれ違い様に声をかけられてしまってドキッとする。もしかして、僕だということに気付いていない?

「す、すみませーん。つい、みとれてしまいまして」
「ほんま?嬉しいわぁ。君、どこの隊の子?今からご飯ご一緒せぇへん?」
「あの、その、急いでいますのでっ」

手を握られて誘われるだなんて思いもしなくて、焦ってその手を振り払い、走って逃げた。そういえば市丸隊長、僕が成長するのが楽しみとか言ってたな。成長したこの姿が本当に好みの見た目だったりしたのかな。あんまり、嬉しくないな…。
知り合いには会わない方がいいなぁとか考えながらそのまま走り続けていたら、今度は曲がり角で人にぶつかってしまった。よろけてしまったのだが、僕の体は抱き止められていた。

「すみません、急いでて…」
「大丈夫ですか?」
「って、修兵…」

顔を上げてみれば、不運にも見慣れた顔がそこにはあった。僕の身長が伸びたせいでいつもよりも近くに見えるのは、修兵の顔だった。

「俺のこと、ご存知で?」
「えっ?あ、いや…」
「俺も、貴方とはどこかで会ったような…」

当たり前だろう、しょっちゅう会ってるんだから。何て言えるわけもない。
修兵はまじまじと僕の顔を見つめてくる。この距離で人の顔見つめるなんて、修兵の神経おかしいんじゃないか。

「あの、恥ずかしいです」
「あっ、すみません、つい」

痺れを切らして恥ずかしいと言えば、修兵は慌てて僕を解放した。なぜか頬を赤らめながら。恥ずかしいのはこっちなんだから、僕こそ赤面したい場面だってば。

「すみません、どこかでお会いしましたか…?」

修兵はそう尋ねてくるが、素直に答えられるわけがない。

「どうでしょうね。すみませんが忙しいので、失礼しまーす」
「あ、ちょっと…」

呼び止められそうになったが、走って逃げた。こんな様子のおかしい修兵と喋ってたら僕までおかしくなりそうだ。
とりあえず元に戻るまでの数時間誰かにかくまってもらわないと。こういうときに頼りになりそうなのは京楽おじさんしかいないと思い、八番隊の隊首室まで急いだ。
急いでいるのに、途中で何度も知らないお兄さんたちに声をかけられご飯とかお茶とかに誘われたりしてしまって混乱した。元々モテていた僕だから、見た目が成長してもモテるということだろうか。モテるってつらい。

「失礼します!」

やっとのことでたどり着いた隊首室。働いているときに京楽おじさんに会うのは久しぶりだった。

「見かけない子だねぇ、どちら様?」

おじさんなら気付くかなぁとか思って期待していたのに、ちょっとだけ傷付いた。もう疲れていたし、勢いでおじさんに抱き付いた。

「僕だよ、鈴だよ!涅隊長のせいでこうなっちゃったの!」
「ええ!?鈴ちゃん?いやいや、涅隊長もたまにはいい仕事するねぇ」
「全然よくない!僕は成長してかっこよくなりたかったのに!」

おじさんは愚痴をたれる僕の頭を撫でてくれる。どんな姿になったっておじさんは優しくて嬉しくなる。

「そのうち戻るって涅隊長は言うけど、いつ戻るかもわかんないし、本当に戻るのかもわかんないんだよ」
「僕はこのままでもいいと思うけどねぇ?可愛いし」
「小さい方が可愛いでしょ」
「そうだね、今の姿はまぁ、可愛いというよりは美人って感じかな」

ってことは、僕は成長すれば弓親の望む美しさは手に入るってことか。だったらあとは強ささえ手に入れて、始解もできるようになっちゃえば、完璧じゃないか。

「いつ戻るかわからないなら、今の姿を楽しんできたらどうだい?人の見る目も変わるだろうさ」
「ここ来るまでに、知らないお兄さんたちにいっぱい声かけられたんだけど、全然楽しくなかったよ?」
「何かされた?」
「されてない。ごめんねーって言って逃げてきた。みんなが声かけるほど僕可愛い?美人?天使のような美しさ?」
「鈴ちゃんはどんな姿でも天使のように可愛いよ」

冗談で言ったのに本気で返されてもなぁ。

「じゃあこの天使級に美しい姿を見せびらかしてこようかな」
「それはいいけど、男は狼なんだから、ほいほいついていっちゃいけないよ?」
「狼?かっこいいね」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ」

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