へんか
「やったー!」
目が覚めると、元の体に戻っていた。重くて邪魔な胸は無いし、身長も戻っていつもと同じ目線の高さになった。
だが、髪の毛だけは長いままで、腰までの長さを保っていた。すぐに切りに行こうかとも思ったけど、弓親に見せてからにしようと思い、死覇装に着替えてから十一番隊舎へと向かった。
「弓親ーっ見てみてー!」
呼びながら駆け寄れば、弓親はこっちを見て驚いた顔をした。
「どうしたのこれ」
「涅隊長にやられちゃった。髪の毛綺麗でしょ」
「うん、すごい」
弓親は僕の髪を撫でたり指を通したりする。ちゃんとブラッシングしてきたからさらっさらなはずだから、目を輝かせて僕の髪に触れていた。
「弓親に切って欲しいんだけど」
「切るの!?」
「うん、邪魔だし」
「えぇ、もったいない…」
もったいないかもしれないけど、髪の毛なんかどうせすぐ伸びるしいいじゃないか。
「かっこよく切って」
「一角とお揃いにする?かっこいいよ」
「かっこいいけど、あれは、ほら……あれじゃん。ていうか、僕のせっかくの髪の毛がゼロでも弓親は構わないわけ?」
「嫌に決まってるだろ」
「じゃあ普通にかっこいい風にして」
弓親は惜しみながら、ぶつくさ言いながらも僕の髪の毛を切ってくれた。結構な長さがあったため、頭がすごく軽くなった。やっぱり身は少しでも軽くないとね。
お礼を言ってから、今度は修兵に会いに行くために九番隊舎へと走った。知り合いがみんな違う隊にいるから移動するだけでも一苦労だ。まぁこれも体力作りだと思って楽しんでるんだけどね。
「あっ、いたいた……。だーれだっ?」
考え事でもしているかのようにボーッと座っていた修兵に後ろから忍び寄り、目を覆い隠した。すぐに返事が返ってこなくて不審に思ったが、腕を掴まれ黙ったままその手を目から外された。
「御門先輩」
「はーい?」
「ちょっと」
ぐいっと腕を引かれて、修兵の腕の中へと収まってしまった。それはもう、昨日と同じように。ただ、僕が小さい分、修兵が大きく感じた。
「なに?」
「先輩、俺に隠してることありません?」
「えっ」
まさか昨日のあれが僕だということがバレていたのか?なんて恥ずかしい。となると、僕が女だとバレた?まさか。いや、でも、修兵の真面目な話し方からすると、本当に。
「先輩って、お姉さん居たんすか」
「…は?」
「しかも、めちゃくちゃ女らしくて美人なお姉さんが」
「いやいやいや?僕は一人っ子だよ?」
修兵の中では昨日のはそういう考えにたどり着いたのか。まぁ、よかった。本当のことに気付かれなくて。
「昨日見たんすよ。先輩そっくりな霊圧に、似たような顔つきで、しかも、同じシャンプーの香りだったんだ」
「修兵……」
「そう、あと俺の名前を知ってたんだ」
あああ、しまった。そういえば名前呼んじゃったんだ。
シャンプーの香りとか言われて、なんか嫌だったから修兵を押して体を離した。それ確かめるために今抱き締めたのか、こいつ。
「先輩、あんな綺麗なお姉さんいるなら紹介してくださいよ。なんで今まで黙ってたんですか」
「だから、僕は一人っ子だってば」
「じゃあもしかして、生き別れのお姉さんか?本当にそのくらい先輩に似てたんすけど」
「他人の空似!似てたのは偶然!」
「……そっすか。めちゃくちゃ好みだったんすけどね……名前くらい聞いときゃよかったぜ」
めちゃくちゃ好み?僕が?修兵の?いや、でも、成長したらの話だし。
「…乱菊さんよりも?」
「まぁ、そうだな。なんつーか、あの守ってあげたくなるような危なっかしさ?抱き締めたときの柔らかさとか、シャンプーの香りとか」
いや待て、シャンプーの香りは僕と同じだろ。この香り、修兵好きなの?なんか恥ずかしいじゃん。
「転びそうだったから抱き止めただけなのに、恥ずかしいとか言っちゃってよぉ。恥じらう女性っていいよなー。しかも美人だったし、名前と所属先くらい聞きたかった…ちくしょう」
違う、修兵が凝視してきたから恥ずかしいって言ってやめさせただけだ。勘違いするな。
それに、そんなにも、僕のあの姿が良かったのか。乱菊さんより良いって言われたのはめちゃくちゃ嬉しいけど、そんなに褒められると、たとえ自分の姿だったとしてもちょっと妬いてしまう。
「どっかで会えねーかなー」
「……一目惚れなの?」
「かもな」
修兵はにやつきながらそう答えた。本人を目の前にしてよくそんな答えを言えるものだ。まぁ知らないからなんだけど。聞いてしまった僕がずるい。
「まぁ、当分は僕で我慢すれば?雰囲気もシャンプーの香りも同じなんでしょ」
「あの人のせいで先輩の香りでドキッとするんで今日からシャンプー変えてください」
「はぁ!?嫌に決まってるでしょ」
「他のやつ俺が買ってあげるんで」
「いーやーだ」
せっかく修兵が好きだっていう香りをわざわざ変えるなんてもったいない。
「先輩が実は女でしたーって事実があったら、数年待てばあのくらいの美人にはなりそうなのに。もったいねぇなー」
「……、僕は今でも美人でしょ」
「はいはい、可愛い可愛い」
実は女でした!って、いつか修兵にも言わなきゃいけない。どうせバレることなら早く言った方がいいのはわかってる。でも、女だって言ってしまっても、今まで通り接してくれるのかな。この関係を保ちたいから、言いにくい。
「そういや先輩、何か用でもあったんすか?」
そんなの無いけど。強いて言うなら、昨日の姿に対してのコメントが聞きたかっただけだ。でもそんなこと、修兵に言えるわけもないし。
「修兵に、会いたかっただけだよ」
「……」
「……」
「…あ、はい」
修兵はアホみたいな表情で返事をした。何だその反応は。
「いや、なんで、先輩男なんすか?この顔で?あざといこと言って?男の俺をキュンとさせるな、ふざけんな」
「え……あの、可愛くてごめん」
「許さねぇよ、ときめきを返せ。性転換してください」
「やだよそんなの、女だったら何だって言うんだ」
「女だったら手塩をかけて俺好みの美人に育て上げるだけだ」
「どうしよう、修兵に育てられなくても自然と美人になっちゃうってのに」
「嫌みな奴だな」
どうしよう、こんなことなら男に生まれていたかった。女だってばれたら修兵の見る目が変わってしまいそうだ。そんなの嫌に決まってる。僕はこのまま、今みたいな友達での仲良しでいたいんだ。
「まぁ、先輩がだめでも俺には乱菊さんがいるしな」
「喋ったことも無いくせに」
「そう言うなら紹介してくださいよ」
「いーやーだー」
「んだよ、嫌だ嫌だってさっきから……可愛くねぇ」
「僕可愛いでしょ!?」
「何怒ってんだよ、可愛さよりかっこよさ求めてたんじゃないんすか」
「あれ?あ、うん。そうだった。可愛くなくてもいいや」
なんで今怒っちゃったんだ?僕はかっこいいって言われたいんだから、可愛くないって言われたって平気なはずなのに。
「ま、かっこよくもないんすけどね」
「…修兵、喧嘩売ってんの?」
「だってシャンプーも変えてくれねぇし、乱菊さんも紹介してくれねぇし」
「昨日の美人も乱菊さんも、二人とも狙ってんの?修兵生意気じゃない?美人が修兵の相手してくれると思った?」
「あ?夢くらい見たっていいだろうが」
「……それもそうだね。どうせ夢だしね」
「先輩こそ喧嘩売ってんすか?モテるからってイイ気になりやがって…」
しょうがないじゃん、修兵が大人な美人求めまくってるんだから。目の前にこんなに可愛い僕がいるのに…じゃない、こんなに美形な僕がいるってのに。
「美人に相手してもらいたかったら出世でもしてみたら〜」
「…まぁ、そうだな。頑張るか」
「僕もそろそろ始解くらいしないとな…」
「お子様にはまだ早いっすよ」
「怒るよ?」
「怒った顔も可愛いっすよ」
なんでだろう。今まで可愛いなんて言われてもあんまり嬉しくなかったのに、なぜか全然怒る気になれなくなってしまった。
「…修兵の馬鹿」
昨日のせいで、何かがおかしくなってしまったみたいだ。
修兵とは何年も仲良くしてきたはずなのに、昨日、見たこともない表情を見せられてしまったせいだ。
なぜだかわからないけど、あの僕の姿を見る修兵の顔が、目が、忘れられなくなってしまったんだ。今まで色んな人に向けられても何とも思わなかったはずの、あの熱っぽい視線が。照れたような微笑みが。
「僕もう帰る」
「え?ほんとに怒ったんすか?」
帰りたくて立ち上がれば、腕を捕まれて引き止められた。何だよ、僕がいないと寂しいとか、そんな可愛いことも言ってくれないくせに。
「修兵が可愛くないから帰るの」
「俺が可愛くねぇのは最初から解りきってんだろ」
「修兵は可愛いよ」
「可愛くないから帰るんだろ?」
「そういうとこが可愛くない!でも修兵は可愛い!だいたい可愛い!でもたまに可愛くない!」
「…わけわかんねぇ」
もう一回くらい、修兵にあの目で僕を見てもらいたい。でも今の僕にはそんな魅力も無いし、修兵のあの目が向けられるのは、今や乱菊さんのみだ。それがすごく悔しくて、もやもやする。
「まぁいいじゃないすか、どうせ暇なんだから座れって」「修兵が僕を怒らせるから、」
「はいはい、だから怒った顔も可愛いって」
「…そういうことばっか言うと帰るよ?僕に帰ってほしいの?帰ってほしくないの?どっち?」
「そんなの、帰ってほしくないに決まってんだろ」
「……じゃあ、しょうがないから、もうちょっと居てあげてもいいけど」
僕はしょうがなく、また修兵の横に腰をおろした。帰ってほしくないとか素直に言われたら、帰るわけにはいかないじゃないか。
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