あやせがわ


惣右介の言う通り、怖い死神たちがいっぱいいた。情けない話、僕は怖くてちびりそうだった。なんだか見たこと無いようながらの悪い人たちばっかりで、みんな僕のことを睨み付けながら観察してくる。

「ねぇ、子供が此処に何の用?」
「ひっ」

振り返れば、其処らにいた死神さんたちより随分と綺麗で美しい男の人がたっていて、僕を見下ろしていた。

「うわぁ、美人さんだ…」
「そう?ありがとう、よく解ってるじゃないか」

つい口を出た言葉をその人は喜んでくれて、嬉しそうに微笑んで僕の頭を撫でてくれる。笑顔も綺麗で見とれてしまう。

「良いとこの坊っちゃんみたいな子が、こんな野蛮なところに迷いこんでどうしたの?」
「…ここに、強い死神いるって聞いたから。面白そうだから見に来た」
「強い死神に興味があるの?」
「……うん」
「そのわりに随分と弱気に見えるけど」

此処に来て怖じ気付いたなんて言えるわけがない。無理を言って連れてきてもらって脱走までしたのに、怖がって引き返すなんてもったいないことはしたくない。

「…平気!だから、強くて怖い隊長さん、見てみたい」
「見てどうするの?」
「強いのってかっこいいから、見たいだけ」
「ふーん。いいよ、おいで」

美人さんが歩き出したから僕は少し後ろをついていく。それが逆に目立つのか、死神さんたちが僕をじろじろと見てきて怖くなって、美人さんの手を握らせてもらった。

「何?」
「…迷子に、ならないように」
「君、どこから来たの?ていうか、どうやって帰るの?」
「ふぇ」

どうやって帰ろう。逃げ出して来たんだから、京楽おじさんのとこに行ったら怒られて叱られてしまう。だからって浮竹のおじさんのとこに行っても同じことだろうし、どうしよう。どこへ行っても怒られるじゃないか。

「名前は?」
「御門……あっ、言っちゃった」
「言っちゃいけない理由でもあるの?別に四大貴族でもないし隊長格の人の家系でもないみたいだけど」
「……知らない人に、色んなこと聞かれても答えちゃダメって言われてたから」

しかもここの隊すっごく野蛮な香りがするし、何答えるのも怖い。

「一人で帰れる?」
「…怒られるけど、帰る」
「ふーん」

そんな感じで美人さんに連れてこられたのは、ちょっと古びた武道場のようなところだった。中からは掛け声や刀の交わる音やら何やらが聞こえてきていて、気迫がびりびりと伝わってきていた。

「手汗かくのやめてよね」

パッと手を離されて、体を抱き上げられた。

「直接はきついだろうから、覗くくらいで充分だろ?」
「う、うん」

落ちないように美人さんにしがみつきつつ、窓から武道場の中を覗いてみる。強面の死神さんたちが稽古をする中、一人際立って恐ろしい顔付きで恐ろしい霊圧を放つ死神がいた。おじさんや惣右介と同じで白い羽織を着ていたから、たぶんあの人が隊長なのだろう。

「かっこいい……」

死神たちを稽古付けているのだろうけど、その気迫と力量が圧倒的で、隊長さんに敵う人なんていなかった。
隊長さんの霊圧が重くのしかかってくるのだけれど、一目見ただけで強くてすごくてかっこいい死神だと思い知らされ、見惚れてしまった。

「かっこいいのは解るけど、手震えてるよ」
「…平気。だから、もうちょっと」
「また今度来ればいいじゃないか。君みたいな子供に隊長の霊圧は負担が重い」
「でもっ、僕もうたぶんここ来れないから…」
「どうして?」
「…今日勝手にここまできたから。それに僕、死神じゃないし」
「じゃあ死神になればいいじゃないか」

美人さんは、なんてことない様子で簡単に言い放った。僕が死神になるなんて、みんな許してくれるのだろうか。そんな簡単に、死神になれるものなのだろうか。

「僕はこの十一番隊五席の綾瀬川弓親。死神になったらまた会いにおいでよ」
「…うん。わかった、がんばって死神になってみせる」
「その時には隊長の霊圧でびびらないくらいには成長してきてよね」

ただの興味が目標へと変わったその時、武道場の扉が開かれた。

「弓親、んなとこで何してんだ?さっさと入ってくりゃいいじゃねぇか」

武道場から出てきたのはさっきの強面の怖い隊長さんで、びっくりして弓親にすり寄った。

「この子が強い死神に興味があったみたいだから見学させてやってたんですよ」
「ほぉ。それで十一番隊に興味持つたぁなかなか見る目があるみてぇだな」

ただでさえ怖い隊長さんに、凶悪な笑みで見つめられ、手が震え涙が出そうになった。今すぐにでもこの場を離れたいくらいの恐怖に包まれ、僕は声を出せなくなる前にと大声で叫んでしまった。

「ふわあぁぁああん!!惣右介ぇぇぇええ!!」

初めて出すような情けなく震えた声が出て、怖さと情けなさと恥ずかしさで、堪えていた涙が一気に溢れ出てきてしまった。

「そうすけ?」

弓親は戸惑いつつも僕の背中を撫でてくれた。
せっかく会えた強くてかっこいい隊長さんの前で恥ずかしい姿を晒してしまったことが悔しくて、余計に苦しくなって涙が止まらなくなっていた。

「すまない、お待たせ!」
「わっ、藍染隊長」
「迷惑をかけたみたいだね。この子を此処に向かわせたのは僕なんだよ」
「そ、そうすけぇ…」

袖で涙を拭ってから、弓親から降ろしてもらった。
その頃にはもう怖い隊長さんは呆れ顔で、溜め息をついていた。僕の弱さに嫌気をさされてしまったのかもしれない。

「う、あああ…、あの、あのっ、僕、死神になって、また貴方に会いに来ます…!だ…だから、その時はもっと、強くなるから、その…期待っしててください!!」

意気込んでみると怖い隊長さんは僕を見てくれた。それもまた怖くて弓親にしがみついてしまったけど。

「死神になってもびーびー泣く弱虫だったら捻り潰してやるよ」
「ふぁ……はいっ!!」

怖い隊長さんはどこかへ行ってしまったけど、最後に見せてくれたのは怖くてかっこいい笑顔だった。

「じゃ、がんばってね」
「ん!」
「藍染隊長、この子任せても大丈夫ですか?」
「あぁ、構わないよ。お騒がせしてすまなかったね」
「…この子、藍染隊長のお連れなんです?」
「いや、違うけど……帰すべきところは解っているから大丈夫さ」

惣右介は近付いてきて、僕のことを抱き上げた。

「じゃあ、あとはお願いします」
「あぁ」

弓親とはバイバイして、惣右介はどこかへ向かって歩き出した。

「本当に呼ばれるとは思わなかったよ」
「来るの、すごい速かった。近くにいたの?」
「全然。瞬歩というのを使って急いで飛んできただけさ」
「それ僕も死神になればできるの?」
「きっとね」

惣右介の腕の中は心地よくて、だんだん眠くなってきた。

「呼んだらすぐ来てくれて、ヒーローみたいでかっこよかった。死神ってみんなかっこいいんだね。僕もかっこよくなれるかな…」
「努力すれば、きっとね」
「そっか……じゃあ、がんばる……」

さっきの隊長みたいに強くて、弓親みたいに美しくて、惣右介みたいにかっこいい死神になれるように。

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