ないしょ


僕は一人で山奥に特訓をしに来ていた。たまには思いきり斬魄刀…ではなかった、浅打を、振り回さなければ腕が鈍ってしまう気がして。それに、一人でいるほうが集中できるし、刀と対話でもできれば始解なんてちょちょいのちょいだと思ったからだ。実際、刀の声なんて何も聞こえやしないんだけど。
諦めて座り込んで休憩していたら、僕を呼ぶ声が聞こえた。まさかとは思ったが、普通に人が近寄ってくる気配があって振り向いた。

「げ」
「何すかその反応。俺じゃだめでした?」
「……まぁ、修兵は不純だし」
「まだ言ってんのかよ。気にしすぎっすよ。何なら先輩にも貸しましょうか?」
「いらない!」

エロ本なんか僕が読むわけないだろ。男じゃないんだから。なんて、言えないけど。

「これ、持ってきたんすけど」
「エロ本!?」
「昼飯っすよ。エロ本のが良かったんすか」
「えっ、あの、なんで?ありがとう。エロ本はいらない」

修兵はどこかで買ってきた弁当を僕にくれた。気が利くじゃないか。

「霊圧探ったら、この辺かと思って」
「……わざわざ、僕のために昼飯買ってきたの?」
「俺も食うとこだったし」
「一緒に食べたくて?」
「うっせぇな。んなこといちいち聞かなくてもわかんだろ」
「ははっ、ごめんごめん。ありがとう」

僕とご飯食べたいがためにこんなところまで来てくれるなんて。この場所で修兵と過ごすのは、一人で花見してたとき以来だな。あのときも修兵が僕のこと探しに来てくれたよね。わざわざ可愛いことしてくれるよな。

「今演習行ってきた帰りなんすよ。緊張したし腹減ったし、疲れた」
「お疲れさまー。ご褒美にトマトあげるね」
「先輩、好き嫌いしてると大きくなれねぇぞ」
「いや、だから、ご褒美にって…」
「先輩の嫌いなトマトを?ご褒美に?」
「あの…うん、ごめん、自分で食べる」

どさくさ紛れでトマト食べてくれると思ったのに。渋々嫌いなトマトを食べて苦しんでいる間に、修兵の箸が僕のウインナーを拐っていった。

「修兵!それ!!」
「ご褒美なんだからこのぐらい貰っていいだろ」
「勝手に持ってっていいなんて言ってないのに、図々しい」
「疲れて腹減ったんで許してください」
「僕だって疲れたしお腹空いてるのに」
「トマトあげましょうか?」
「いらない!!」

これ以上にオカズを取られないように、急いで腹の中へと掻き込んだ。急いで食べたら胃に負担が…。



「先輩まだ特訓続けるんすか?」
「うん。まぁ、もうちょっと弁当消化してからじゃないと動けないけどね」
「ふーん……じゃあ俺は昼寝するんで、帰るとき起こしてください」
「食べてすぐ寝たら牛になるよ」
「ならねーよ」

修兵は僕の忠告も聞かずに寝転がった。そんなに疲れていたのかな。僕も疲れるくらい頑張らないと。

「…膝枕してあげようか」

何気無く言ってみたら、修兵は体勢を変えて、あぐらをかいている僕の太ももに頭をのせてきた。まさか本当に来るなんて。

「やわらか…」

枕にされたついでに太ももを触られてびっくりする。けどただそれだけで、修兵はすぐ手を離した。
普通、男が男に膝枕なんて貸したりしないよね。こんなことをしていたら、そのうち本当に僕が女だってばれそうだ。僕が打ち明ける前に。
知ったら修兵は怒るかな。僕の可愛さに免じて許したりしてくれないかな。

「…落ち着かねぇ」

数分もしないうちに、修兵は膝枕をやめてしまった。落ち着かないってどういうことさ。僕がこんなにも癒し系で定評があるってのに。もう二度と膝枕なんか貸してやるものか。
膝枕をやめたらすぐに、修兵の整った寝息が聞こえてくるようになった。余程疲れていたのだろうか。こっそりと修兵の頭を撫でてみるけど、嫌がる反応も何もなく、本当に寝ているようだった。

修兵は目さえ瞑っていれば、目付きの悪さは解らないし、顔立ちは綺麗なのに。綺麗な修兵の顔に走る傷跡が忌々しい。これだけの傷で済んで生き延びたことは喜ばしいことなのかもしれないけど、顔に傷があるのはもったいない。せっかくいい顔してても女の子が寄り付かないし。女の子たちも僕じゃなくて修兵のとこ行ってあげれば修兵も喜ぶのに。
でも修兵も、知らない女の子とは付き合う気にはなれないとか言ってたし、そこまで喜ばないかな。修兵は、誰に好かれたら喜ぶんだろう。やっぱり、乱菊さんかな?乱菊さんなら、エロ本に出てきそうな見た目してるし、好きなのかな。僕だって成長すればあれに負ける気なんかしないけど、あの体じゃ戦闘で勝てる気はしない。


「…修兵」

先輩先輩って慕ってくれるのもめちゃくちゃ嬉しいけど、本当は名前を呼んでもらって、もっと友達みたいに仲良くしたい。でもそうするためには、性別を秘密にしておくことは心苦しい。だからって、性別を明かして今より仲良くなれるかというと、どうだろう。エロ本の件もあるし、気まずく思われたりしちゃわないかな。


なんとなく、傍にある修兵の手をこっそりと握ってみる。いつも好きなときに抱き付いてるくらいだし、手を握ったところで何もドキドキなんかしないじゃないか。乱菊さんの言うこと、本当にあってるのかな。あってるとしたら、僕はやっぱり修兵に対して恋心を抱いてるわけではない、ってことでいいんだよね。乱菊さんの説明通りなら修兵が一番それっぽいと思ったのに。これが違うなら、恋なんて僕に理解できるものではないんじゃないかな。

修兵の顔だって、今さら見つめたところでドキドキなんかしない。僕がドキドキするのは更木隊長に会うときくらいだ。…ということは僕は更木隊長のことが好きなのか?いや、でも手繋いだり抱き付いたりちゅーしたり、なんてことあの人とするくらいならガチで手合わせしてほしいし、絶対違う。
でも修兵とならそういうことできそうだ。あとしてないのはちゅーくらいだろう?やればできるでしょ。でも、したいってわけではないしなぁ。修兵寝てるし、一回くらいしてみてもばれないよね?


「…ね、起きてる?」


修兵はぐっすりおやすみ中みたいで、声をかけても返事が無い。ゆっくりと顔を近付けるけど、いけないことをしているみたいでドキドキする。ドキドキ?まさか、僕がドキドキなんかするわけがない。気のせいだ。
とりあえず実験として、軽く唇を合わせてみた。ドラマみたいなすごいやつはできやしないけど、僕にはこれで充分だった。たったこれだけのことで、胸が罪悪感でいっぱいになった。やっぱりこれはいけないことだったのかもしれない。


「ごめん、修兵…」


冷静になって考えれば、修兵からしたら僕は男でただの先輩だ。そんなやつに寝込みを襲われて、怒らない訳がないだろう。寝ているから気付いていないかもしれないけど、もうさっそく謝りたい気持ちでいっぱいだ。でも知らない方が幸せということもあるし、起きたときにわざわざ謝ったって、仲が悪くなったら僕は辛くて生きていけない。勝手なことするんじゃなかった。

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