きゅうあい


「おじゃましまーす」

惣右介に仕事を頼まれて、僕は久々に三番隊の隊主室まで足を運んだ。とくに返事を待つこともなく扉を開ければ、ソファで寝転がって、恐らく寝ているであろう市丸隊長の姿があった。

「市丸隊長、起きて」

遠慮なくソファを蹴れば、うっ、と声を洩らすのだが、起きる様子は見られない。というか、糸目だから起きてるのかどうかが全然解らない。

「市丸隊長の大好きなこの僕が遥々会いに来てあげたのに起きてくれないとか失礼じゃない?帰るよ」

もう一度ソファを蹴るが、反応は無い。もしかしたら本当に疲れて寝ているのかもしれないし、持ってきた書類は机に置いて大人しく帰ろうか。そう思って机に目を向けた隙に、腕を引っ張られて市丸隊長の上に倒れこんだ。せっかく持ってきた書類は床に散らばってしまった。

「久しぶりやなぁ、鈴ちゃん」
「隙を突くのはずるくないですか?」
「正面から抱き締めるんなら隙を突くしかないやろ」
「だからって……」

市丸隊長は僕をきつく抱き締めてくる。しばらく会ってないからって、僕は市丸隊長の彼女でも何でも無いんだから、あんまりこういうことしないでほしいね。

「今日はどないしたの?僕に会いに来てくれたんよね?」
「藍染隊長に頼まれて書類持ってきただけです。全部床に置いてあるんで拾っといてくださいね」
「鈴ちゃんが落としたんやろ」
「市丸隊長のせいで落としたんですよ」

抱き締める力が本気すぎて、僕の力では抜け出せない。こんなとこで本気出すとかばかじゃないのかこの人。

「なぁ鈴ちゃん、隊長になったボク、強いしかっこええけど好きにならんくてええの?」
「いいの」
「せやかてボクからの求愛無くなったら寂しくならへん?」
「市丸隊長から求愛されなくても、定期的に知らない人から求愛されるから有っても無くても変わんないです」
「まだ告白してくる奴がおるん?誰や。女の子?男か?」
「いっぱい」
「答えになってへんよ」

最近は男もちらほらいる、なんて言いたくない。それは僕にかっこよさが足りないという事実そのものであり、もしかしたら女らしくなってきたとも言えるからなのかもしれないからだ。そんなの、認めたくない。

「でも鈴ちゃん、しばらく見ん内にまた可愛くなったんとちゃう?」

市丸隊長の腕の力が緩んだから、ソファに手をついて体を離した。自然と市丸隊長を見下ろす形になってしまった。

「これだと鈴ちゃんがボクのこと押し倒したみたいやなぁ」
「帰る」
「待ってや!冗談や冗談!」

起き上がった市丸隊長に腕を掴まれてしまい、無理矢理ソファに座らされた。ほんとにこの人はいちいち勘に障ることばかり言う。

「可愛いなんて言われても、嬉しくないっての」
「それ、ほんま?好きな子に言われたら嬉しいんやないの?」
「……残念ながら、市丸隊長は好きな子では無いんで、嬉しくないです。なので、言ってくれなくて結構です」
「ボクやなくても、好きな子居らへんの?可愛くなったん、好きな子でもできたんかと思ったんやけど」

好きな子なんて、居るわけないだろう。僕が可愛いのは生まれつきであり、好きな子ができたからだなんて、そんな理由な訳がない。僕はかっこよくなるのが目標なんだから、好きな子ができたせいで可愛くなってしまっているというのなら、好きな子なんて障害だし殺すしかない。

「好きな子ができたって言ったら、市丸隊長はもう僕にちょっかい出したりしなくなるの?」
「…そ、そんな嘘つかなあかんほど、ボクって迷惑な存在やったん?」
「え?あの……」
「ごめんな!?謝るから許して!もう迷惑かけへんから!」
「う、うん、大丈夫だよ。反省してくれたなら、ね」

市丸隊長、まだ僕のこと大好きなのか?いい加減に諦めて欲しいけど、この様子を見ると無理そうだな。

「あの、さ。僕ってそんなに可愛い?」
「うん。その可愛さでまだ男やなんて嘘ついとるんならそろそろやめた方がええくらいには可愛いよ」
「……やっぱり、そろそろばれるかな?だから、最近男も言い寄って来るのかな」
「せやろなぁ。それより、言い寄って来る奴はどこのどいつや?いっぺんボクがしめたるわ」
「いや、もう振ったし別にやんなくていいよ」

そろそろ限界が近いのは解ってる。いい加減に、本当のことを言わないとダメかな。でも何年も嘘を貫いたせいで、今さら本当のことを言うのは、負担だ。

「いっそのこと、男に生まれたかったなぁ…」
「あー、鈴ちゃんが女でよかったわー」

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