ごまかし


あんなことがあった後で仕事に集中できるはずもなく、頼まれていた資料を運べば手を滑らせて床にぶちまけ、お詫びにお茶をいれれば湯呑みごと落としてしまい、挙げ句の果てには何もないところでつまづいて転ける始末だった。
おかげで怒られるし心配もされるしで、まだ昼前なのに今日は休めと告げられてしまい、今日の仕事は無くなってしまった。

「全部修兵のせいだ……」

文句を言ってやろうと思ったが、昨日の今日でどんな顔をして会いに行けばいいのかわからない。酔っていたとは言え、あの顔を忘れられるはずもなく、今も脳裏に焼き付いている。修兵だって酔っていたけど、それでも修兵はまだ僕のことを男だと思っているはずだし、昨日のはどう考えてもおかしい。酔っていたから、なんとなくしてしまっただけなのだろうか。だとしたら、寂しい。

真相なんて知りたくなくなってしまって、会いに行くかはご飯を食べてから考えることにした。
どこのお店で食べようかなーと軽く考えながら歩いていたら、丁度昼時だったせいか、人ごみの中に修兵の姿を見付けてしまった。まだ何を話すかも考えていないのに会えるわけもなく、見つからないように建物の陰に隠れてやり過ごそうとした。

「あの、先輩?」

またしても修兵に見付かってしまい、びっくりする。でもどんな顔をしていいのかわからなくて、振り向けなかった。

「……昨日の、怒ってますよね。本当にごめんなさい、悪かったと思ってる」

全然怒ってないし、全然悪くなんかなかったのに。そんなことを謝られても、それこそ困る。

「男の俺にあんなことされて、気分良いわけないですよね。酔ってたとはいえ、あんなの……ダメっすよね。許してくれって、言うのも申し訳ないです」
「…なんでしたかだけ、教えてくれる?」
「……酔ってたから、つい」

ああやっぱり、そんな理由だったんだ。あんな顔見せておいて、その程度だったんだ。ちょっとでも喜んだ僕が馬鹿みたいだ。

「まぁ、僕も酔ってたし、お互い様だよね。それに悪いのは全部、僕が可愛いせいだしね?僕の美貌がここまで罪深いなんて思わなかったよ」

修兵の方に振り向いて笑って見せれば、安心したのか修兵もほっとしたように笑ってくれた。そうだ、僕は修兵の笑顔が見られればそれでいいんだ。

「じゃあ、許してくれるんすか…?」
「当たり前でしょ、僕の器がどれだけ大きいと思ってるの?それに、元々怒ってなんかないしね」
「はー……よかった」

そう、怒ってなんかいない。ただ寂しくて、面白くないだけだ。

「でも、良い思いはしなかっただろうし、忘れてくれていいっすからね。つーか…忘れて欲しいっす」
「…あ、そう。ま、酔ってたし、元々うろ覚えなんだけどね」
「…ほんと、すんませんした」

僕はいくつ修兵に嘘をつけば気がすむんだろう。一つ嘘をつくたびに、修兵との距離を感じてしまう。

「あの、一応聞いときたいんすけど……初めてだったとか言わないっすよね…?」
「僕が傷付いてないか心配してんの?心配しなくても、初めてなんかじゃないから大丈夫だよ。僕はこれでもモテモテだからねぇ?」
「あー、そっすか」

嫌味ったらしく言ってみれば、心配して損したとでも言いたげな表情を見せられた。モテモテだから、というのは全く関係ないけど、初めてじゃないのは本当だ。ただそれは、僕が修兵に勝手にした1回目のことだけど。だから知られないように、誤魔化すしかなかった。

「それじゃ俺、今からまだやることあるんで…行きますね」
「うん、がんばれー」

あんなの、忘れられるわけないし、忘れたくない。忘れて欲しいなんてそんなわがまま、聞いてあげられない。それでもきっと、修兵の中では無かったことにされ忘れ去られていくのかと思うと、悔しかった。

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