こいごころ


あの悲劇の翌日は、二日酔いのせいで潰れてしまって修兵のところへ行けないし仕事もできないしで大変だった。おかげで一日空いてしまったけど、仕事終わりに九番隊舎へ向かった。
九番隊が瀞霊廷通信の編集を務めているだけあって、僕の認知度は高いらしく、色んな人に挨拶されて時間をくってしまった。けどそのたびに修兵の居場所を聞きまくったら、今日は昼に仕事を終えていたことがわかった。それ以降誰も修兵を見かけていないらしいから、とりあえず修兵の部屋に行ってみた。

「修兵、話があるんだけど」
「……帰ってくれ」

初っぱなから拒絶されるとは思わなくて、ショックを受けた。でもここで下がるわけにもいかなかった。

「僕、修兵に隠してたこといっぱいあるんだ。全部言いたいから、聞いてほしい」
「…乱菊さんのことだろ、聞きたくねぇ」
「じゃあそれ以外のことだけでも話させて。あんまり拒否すると、ここで泣くよ。本気で泣いて、注目集めちゃうよ。修兵の部屋の前で泣き続けるよ」
「めんどくせぇこと言うな」
「だったら部屋に入れて。二人で話がしたいの。全部聞いてくれたあとだったら、僕のこと怒っても殴っても蹴ってもいいし、煮るなり焼くなり好きにしていいから」

僕の本気が伝わったのか、修兵は扉を開けてくれた。やっぱり修兵は浮かない顔だったけど、僕を部屋に入れてくれた。

「全部聞いてやるから、乱菊さんのことから話してくれ」
「…うん。あの日、十一番隊のみんなと、乱菊さんとで飲み会があったんだ」
「知ってる。それで潰れてああなったんだろ」
「……なんで知ってるの?」
「乱菊さんに聞いた。だからあの時、先輩の部屋に行ったんだ。潰れたから様子見てやってくれって頼まれて」

喧嘩したままだったのに、頼まれたからって僕のところ来てくれたのか。やっぱり修兵、優しいじゃないか。なのに僕はその優しい修兵を傷付けるようなこと言ってしまったのか。

「ごめん。僕、飲み会の時に乱菊さんとキスしたんだ。正しくはされたって感じだけど……ごめん。本当に、ごめん」
「どうせあの日だけじゃないんすよね?もっと前から乱菊さんとそういう関係だったんでしょう?」
「違う、乱菊さんとはあの日の1回だけしかしてない」
「嘘だ」
「嘘じゃない!だって……」

だって、何だ。証明できるものなんて無いだろ。

「何だよ」
「…修兵は、乱菊さんが好きなんだよね?」
「…だったら何だ」
「乱菊さんは…僕のこと、恋愛対象として見てないよ」
「なんでそんなこと言い切れるんだよ」
「乱菊さんは、僕が女の子だって、知ってるから」
「……は?」

修兵は納得いかないのだろう、イラついた表情を見せた。この状況で僕が女だなんて、馬鹿みたいな嘘にしか聞こえないだろう。

「今まで黙ってて、隠してて、ごめんね。名前だって、好きじゃないからとか言って隠してたけど、御門鈴って言うんだ。名前なんかじゃまだ納得いかないかもしれないけど…」
「だとしても…なんで男のふりなんかしてたんだよ」
「霊術院は男ばっかで危ないから男のふりしろって、おじさんに言われて守ってたんだ。死神になってからは、それ相応の力もついたからって、隠さなくていいとは言われてたけど……なかなか、言い出せなくて、ごめん」

修兵を怒らせるのは解っているから、怖くなってつい謝ってしまう。まだまだ話さなきゃいけないことはいっぱいあるのに。

「おじさんとか、藍染隊長とか、涅隊長に確かめてくれれば、本当だってわかるよ……でも、そんな手間かけたくないよね?」

修兵の手をとって、その手のひらを僕の胸に置かせた。今日はサラシだって巻いてないから、感触は伝わるはずだ。

「小さくて、解りにくいかな?でも…本物だよ」
「…わかったから、離せ。信じるから、そんな無理するな」
「…本当に信じてくれた?」
「涅隊長に頼んで性転換したとか、そういうわけでもないんだよな?」
「昔から強さとかっこよさに憧れてた僕が、男から女に性転換なんかするわけないじゃん」

手の力を抜けば、修兵の手も離れていった。これだけでも、信じてくれてよかった。

「僕が女だって知ってたからこそ、乱菊さんは軽率にキスなんてしてきたし、僕だって仕返しにしてやろうと思ったんだ。間違って修兵にしちゃったのは、本当に、申し訳ないけど」
「別に日頃からしてたわけじゃないってことっすか」
「当たり前でしょ」
「…じゃあ俺がしたとき、初めてじゃないって言ってたの、乱菊さんとしてたからってわけじゃないんすか?」
「乱菊さんとじゃない」
「じゃあ誰と……って、それはまぁいいか、先輩モテるしな」
「修兵が初めてだよ」
「は?でもあの時……それも嘘だったか。先輩、隠し事も嘘も多かったんだな」

修兵の言葉がグサリと心に突き刺さる。ごめんね、隠し事なんて今から全部話すから、許して。

「あの時が初めてじゃない」
「……あれ以前で先輩とそんなことした記憶無いっすけど」
「僕が、勝手にした。修兵が寝てる隙に。だからあの日、いたたまれなくなって修兵のこと置き去りにして逃げたんだ。ごめん」
「…なんで、そんなこと」
「ごめん。つい」
「ついってそんな……」
「修兵だって、酔った勢いなんかでキスしてきただろ!ただの、勢いで!僕はそんな理由じゃなくて、したいからしたんだよ、修兵のことが好きだから、つい」

と、勢いに任せて言ってみた。修兵はやっぱり驚いていた。当たり前か。

「酔った勢いだけで…ただの先輩に、しかも男だとか思ってんのに、キスなんかするわけねぇだろ」
「したじゃん」
「俺だって、抑えられなかったんだよ。先輩は男だって解ってるのに、妙に気になっちまうし、他の奴と仲良くしてりゃムカつくし、自分がおかしくなってくんだ。そんなときにあんなの、酒のせいにしてやっちまうしかねぇだろ」
「……か、可愛くてごめん」
「本当にな!その可愛さで男だとか言うから、俺がどれだけ苦しんだことか!先輩のこと見ないように乱菊さんにちょっかいかけりゃ、先輩と乱菊さんがそういう関係だって思わされて、自分でも何に対してイラついてんのかもわかんなくなって」

前に攻め寄って来た男の人と、大体一緒だった。僕が男だと言ったばっかりに、自分の想いのおかしさに苦しんで。僕の嘘が、僕以外の人を傷付けるなんて、思ってなかったんだ。

「…いっぱい傷つけて、ごめんね。そんなつもりはなかった。僕はただ、ずっと修兵と仲の良い友達でいたかっただけなんだよ」
「……ずっと、か」
「でも今は、友達じゃなくて、もっともっと仲良くなりたいって思ってるし、だから僕は秘密なんて無くそうと思ったし、修兵のことも、もっと知りたいって思って……」

友達以上になりたいって、初めて思った。他の誰かでは絶対嫌で、修兵だけに求める関係。

「修兵の目には、僕はどう映ってる?僕のこと、ちゃんと女の子に見える?」
「…先輩に、必死にここまで言われて女に見えないわけないだろ」
「僕と乱菊さんに何もないって、わかってくれた?」
「わかった。つーか、それはもうどうでもいい。乱菊さんが俺に気が無いのもわかってたし…」
「…そうだよ、乱菊さんは修兵のことそんな目で見てないよ。でも、僕は修兵のことそんな目で見てる。だから、修兵にも僕のことそんな目で見てほしい!」

修兵はさっきからずっと、困惑した目でしか僕を見てくれていない。そうじゃなくて、僕はもっと熱い視線が欲しいんだ。

「…俺は大分前から、先輩のことそんな目でしか見てねぇよ」
「えっ」
「先輩の隠し事って、これで全部っすか?」
「…まだある」
「……俺って信頼無かったんすか?」
「違う、そうじゃなくて…。前に、修兵が僕に似た美人?めっちゃ好みの女の人、見たって言ってたでしょ」
「…やっぱお姉さんいたんすか」
「違う、あれ、僕なんだよ……。成長して強くなりたいって嘆いてたら、涅隊長が僕を一日だけ大人にしてくれて」

信じられないとでも言いたげに、修兵はぽかんと口を開けた。

「じゃあ、先輩が成長したらああなると?」
「…かもね」
「あの先輩……めちゃくちゃ好みでした。今言うのもアレだけど、先輩が女で良かった」
「……修兵、おっぱい大きいの好きだよね」
「……」
「否定したら!?ばか!!!」
「や、でも今のサイズも可愛くて」
「うるさい!!!」

触らせなければよかった。言葉だけで説明できる力が僕にあればよかったけど。

「僕の隠し事はこれで全部だよ!!あと聞きたいことは!?」
「…俺が本気で戦わなかった理由、聞かなくていいんすか?」
「き、聞いたら、教えてくれるの?」
「先輩がここまでさらけ出してくれたのに、俺だけ黙ってるなんてことできねぇっすよ」

修兵はそうやって、向き合えばきちんとそれに見合った対応をしてくれる。いい子だ。

「先輩の左腕と、俺の顔の傷を負った日のせいで…あれからずっと、戦いが怖かったんです。いつも戦うたびにあの恐怖を思い出して、刀を構えてもいつも半歩退いてしまうようにもなって…。先輩とやるのも、抵抗あったんす」
「…言ってくれれば良かったのに」
「先輩だって隠し事めっちゃしてたじゃないすか」
「ごめん…」
「それに、先輩のこと少しの怪我でもさせたくなかったし。男だと思ってたって、大事な先輩に本気で向かうなんてできなかった」

修兵の恐怖と優しさが、僕と戦うことを拒絶したということか。怪我させたくないとか、そんなところで僕のことを想ってくれているのなら、本気で戦ってくれた方が僕は嬉しかったし、僕のためにもなっただろう。

「…ごめんね。修兵に無理させるつもりはなかったんだよ」
「大丈夫っす。俺の方こそ、本気見せないと先輩が納得しないのも解ってて中途半端なことしちまって、すみません」

もしかして、これで僕らはもう仲直りできた、ってことでいいのかな?修兵の顔ももう不機嫌じゃなくなってるし、僕の胸のモヤモヤもほとんど無くなっていた。

「けど、先輩が隠し事しまくってたのは事実だし、全部話終えたってんなら先輩のこと煮るなり焼くなり好きにしていいって言ったよな?」
「…言ったよ。気がすむまで殴って良いよ」
「…じゃ、遠慮なく」

殴る瞬間の修兵の顔なんてものは見たくなくて目を伏せると、唇に熱が伝わってきた。びっくりして体を引こうとしたが、肩を掴まれて離れることなどできなかった。乱菊さんと比べてしまえば不器用だけど、必死に、丁寧に口内を侵食されて脳みそが蕩けそうになる。そんな頭でも解るのは、シラフの修兵が自分の意思で僕にこういうことをしているということだ。それがただ、嬉しかった。

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