きおく


僕の純情が汚された。
乱菊さんの教育により、僕がいかに無知なのかということを知らしめられた。それも、恋愛から一歩進んだところのお話だ。要するに、大人の関係なお話だ。そのへんは戦うのに必要ないと判断したから全く勉強しなかった分野だった。
そんなものを乱菊さんに教え込まれたせいで、エロ本とかに拒否感を持ってしまうようになってしまった。修兵がそんなもの読んでるかと思うとちょっと嫌だったし、京楽おじさんがそんなもの書いてるかと思うと、かなり嫌だった。僕は無理矢理に思春期にさせられてしまったようだ。やはり無駄な知識など取り入れるべきではなかった。


「先輩、いますか?」

今会いたくなかったのに、僕を呼ぶ大好きな声が聞こえてきた。エロ本に罪はあるけど修兵に罪はないと割りきって、部屋に招き入れた。

「仕事は?」
「早く終わったし、鈴が休みなの解ってたから会いに行こうと思って」

二人の時はいいよ、と自分で言ったものの、名前で呼ばれるのはやはりむず痒い。

「ねぇ修兵、聞きたいことがあったんだけど…」
「何すか?」

立ち話もなんだから、修兵を座らせた。聞きたくないけど、モヤモヤしたままが嫌だから聞くことにした。

「修兵は……僕のこと、好きなんだよね?」
「…そうだけど」
「ちゃんと、女の子として好きなんだよね?」
「当たり前だろ。ここ最近の俺を見て、どうしたらそんな疑問が浮かぶんだよ」
「……だって、修兵は乱菊さんとか、エロ本とか、ああいうので喜ぶ男なのに、僕みたいな未発達な奴のこと、女の子として見てるのかわかんなくて」

一応、確認をとっておきたかった。以前から変わったことと言えば、秘密が無くなったことと、べたべたするのに躊躇いが無くなったことと、名前で呼ばれるようになったことだ。大きく言えば、僕が女だと認識されるようになっただけだ。乱菊さんに教えられたような、男女の関係には遠い気がしていた。

「あれは恋愛対象として見てるわけじゃねぇし…」
「……けどそれが必要ってことは、僕じゃ足りないってことだよね」
「…鈴にその気があるなら、エロ本なんか全部恋次にくれてやるよ」
「その気って、」
「解るだろ?」

修兵は僕の唇を塞いで押し倒してきた。いつもの優しい修兵とはちょっと違って、少しだけ不安になる。肉食獣に食われている気分だ。

「待って……、」
「…鈴が誘ってきたんだろ」
「さ、誘ってなんか、」
「俺に触られるの…嫌か?」

嫌じゃない。修兵とはいつでも触れ合っていたい。でも修兵が言っている意味は、違う気がする。それが解っていても拒否することなんてできなくて、僕は小さく首を振った。

「…無理矢理したいわけじゃないから、嫌なら嫌って言ってくれよ」

今度は優しく、軽くキスをされて、少しだけ安心した。でも改めて胸に触れられて、背筋がぞくっとした。袴をめくられて足を撫でられて、寒気がした。
大好きな修兵に触られているはずなのに、脳裏をよぎるのはあの夜告白されて襲われた日の出来事だった。今さらになって、あの日だいぶ危険なところまでされていたことを思い知らされた。
今目の前にいるのは修兵で、拒否なんてしたくなかったのに、だんだん耐えきれなくなって、修兵の手を掴んでしまった。

「ご、ごめん修兵……僕、これできない」
「……そっか」
「修兵のことは、大好きだけど…でも、怖いよ」

最近知識で教え込まれたとは言え、この行為はそれより前から僕の中では怖いこととして認識してしまっていた。そんな認識があるのに、しかもこれは痛いことだと教えられた。男からすれば痛いことではなく気持ちいいことだとは言えど、僕側は痛いのを乗り越えなければ気持ちよくなれないなんて言うものだから、わざわざやりたいなんて思えない。

「…俺こそ、急いでごめんな」
「ごめん…」

今になって、修兵には言えないことがあったということが発覚してしまった。僕はあの恐怖を、あのトラウマを、乗り越えなければ修兵と1つになるのは不可能なのだ。

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