おとこのこ


「あの、今度は何の用ですか……僕も一応席官だし、突然呼び出されるのちょっと困るんですけど……」

みんなへの隠し事が無くなり、周りにも女の子だと認知されるようになり、清々しい気持ちで毎日を過ごしていた。
それなのにというか、だからこそというか、久々に涅隊長に呼び出された。いつも忘れた頃に連絡が来るから一気に気が重くなる。

「新薬の試飲をしてくれる奴が居なくて困っていたんだ。そういう時こそ、お前の出番だと思い出してネ。さ、飲みたまえ」
「確かに涅隊長には恩は有りますけど、何の説明もないものを飲むのはさすがに僕も抵抗があるんですけど…」

ネムちゃんが水と薬を差し出してくるが、そんな紫色した錠剤なんか飲みたくない。

「そうか、飲みたくないか」
「…えぇ」
「ならそれを飲ませるのは諦めるとしよう。ネム」
「はい」

ネムちゃんは返事をして、あっさりと引き下がっていった。涅隊長の申し出って、嫌って言って断れるものだったのか。だったら今まであんなに無理して付き合うことなかったのかな。

「なんか、すみません。被験者探すのだったら、手伝いましょうか?」
「そんなことする必要無いヨ」
「え?でも、居ないから僕に頼ったんじゃ…」
「御門を被験体から外すなんて、誰が言ったかネ?」
「え」

涅隊長がにやりと笑ったかと思うと、後ろから首に何かを突き刺された。痛みと不快感に襲われるが、気付いたときにはもう遅かった。振り向けば、既に空になった注射器を手にしているネムちゃんがいた。

「飲ませるのを諦めただけで、新薬を試すのを諦めるだなんて一言も言っていないだろう?」
「そうですね……」

急激に体温が上がり変な汗も出てきて、ふらついて膝をつく。新薬とは言うが、今回は毒薬のことだったのかな。

「ちなみに…何の薬ですか?」
「お前が以前から望んでいた、男らしさを手に入れるための薬だヨ。感謝したまえ」

男らしさとはどういうことか。筋肉増強剤か何かだろうか。それとも、毛深くなったりとか。
まさか、直球で、男になったりとか。

「僕の現状知ってて作ったなら、怒りたいんですけど…」
「何のことかネ?」

涅隊長はそれはもう楽しそうに笑っている。きっと僕の嫌な予感は当たっているのだろう。僕が女として過ごしていたから、イタズラしたくなったんだろうな。ふざけるな。
身体中あちこちが痛みに襲われ倒れて、しばらくもがき苦しんだ。




「そろそろ、落ち着いたのではないですか?」

ネムちゃんが僕の肩を抱き、起き上がらせてくれた。息が上がってしまっていてまだ苦しかった。

「深呼吸してください」
「うん……」

呼吸と共にそっと自分の胸に手をあてたのだが、胸がなかった。なんというか、おっぱいと呼べる代物が、なくなっていた。

「……男、らしさ」

恐る恐る下半身に手をやれば、何か余計な物体が体に追加されていた。

「おめでとう、これでお前も今日から男だ。堂々としたまえ」
「涅隊長…僕もう男らしさを求めるのやめたんですよ…。何てことしてくれたんですか。これ、いつ治るんですか?」
「さぁ?」
「またそうやって無責任に!」
「新薬なんだから効果の続く時間など解るわけが無いだろう?バカかね」

今日の晩御飯、修兵と約束してたのにこんなんじゃ会えないじゃないか。しかもいつもとに戻るか解らないなんて、修兵に言いたくない。心配かけたくない。

「例え戻らなかったとしても、見た目は変わりませんよ」

なんて言って、ネムちゃんは鏡を見せてきた。ちょっと凛々しくかっこいい顔つきになった気はするけど、だいたい同じだった。中性的で助かったというべきなのだろうか。

「副作用とかないんですか?」
「それを調べるためにお前で試したんだが?」
「ですよね……」

声変わりとかしなくてよかった。声まで男らしくなってしまっていたら、ひきこもるしか手がなかっただろうし。
なんて考えていたら、ネムちゃんが僕の頭を包み込むように抱き締めてきた。突然のことで混乱するし、息苦しいけどいい香りだし柔らかいし、どうしていいかわからなかった。
しばらくして解放されたが、今度は僕の手が掴まれ、ネムちゃんの太ももに挟まれた。柔らかくてすべすべのそれに触れるのは楽しかったけど、意図がわからない。
そのままネムちゃんが喋るのを待っていたのだが、ネムちゃんは僕の下半身を見つめて首をかしげた。

「マユリ様、機能不全でしょうか」
「ハッ、使えない男だネ」
「僕は女だよ!!」

ここにいても遊ばれるだけだと思い、急いで技術開発局をあとにした。
そして、せっかく男になったのだから、十一番隊に行くことにした。少しは男らしく頑丈になったであろうこの体で、いつもより強くなったのかどうか試したかった。


「みんなー!特訓お願いします!」

道場で稽古していた十一番隊の人たちを相手に、特訓を申し込んだ。いつものように何事もなく戦ってくれて、僕の体の異変に気づかれることなく時間は過ぎていった。

「あれ?御門来てたんだ」
「弓親!」

みんなに相手してもらっていたら、弓親が来てくれた。少し疲れてきていたし、中断して弓親に駆け寄った。

「なんか……筋肉ついた?」
「えっ、まぁ、うん」

さすがと言うべきか、弓親は見た目の変化に鋭かった。怪訝そうな顔で僕をじろじろと見てくるので、少し焦った。

「ちょっと話、いい?」
「……いいけど」

何かに気付いたのだろうか。道場から連れ出されてしまった。客間まで連れていかれ、二人きりになった。

「さて、じゃあ話してもらおうか。この短期間で何したらそんな風になるのか」
「そ、そんな風って?前と、そんなに違う?」
「違う。はっきり言わせてもらうと、女の子らしさが損なわれた。彼氏ができた奴の変化とは思えないね」

はっきりとひどいことを言われた。そんなにも僕は変わってしまったのだろうか。他の十一番隊の人たちは何も気づかなかったってのに。鈍感なのかなあの人ら。

「実はさ……涅隊長に薬を盛られて、男になっちゃったんだ」
「は?」
「しかもいつ戻るか解らないんだって。だから、少しでも気を晴らそうとここに来たんだけど…」
「男って……今さらそんなことされても困るでしょ」

弓親はそう言いつつも、興味深そうに僕を観察し、輪郭や手などの骨格をなぞって変化を確かめていた。

「まぁ、体が男になったからって、心に変化は無いんだけどね。十二番隊のネムちゃんに胸押し付けられても太もも触らされても別に興奮しなかったし」
「完全に遊ばれてるね」
「…弓親もそう思う?」

大分前に実験されたときみたいに、一晩で戻ってくれればありがたいけど。肉付きが違うから、例え手でも触られれば固くて違和感を持つだろう。
落ち込んでいたら、軽い足音が聞こえてきて、部屋にやちるちゃんが入ってきた。

「…あれっ?鈴ちゃん?」
「ど、どうかした?」
「なんか今日かっこいいね!強そう!」

やちるちゃんはそう言って僕に抱きついてきた。いつも可愛い可愛いと馬鹿にされてきたのに、やっとかっこいいと認めてもらえて嬉しくなる。
そしてつい、やちるちゃんを抱き締め返した。あぁ、柔らかい。甘い匂いがする。なんだかいつもと違って、ドキドキした。近くで聞こえるやちるちゃんの呼吸が僕をぞくりとさせる。

「鈴ちゃん今日やわらかくないね?」
「えっ……さ、さらし、巻いてるからね」
「そっか」

まだ抱き締めていたかったのに、やちるちゃんは僕から離れてしまった。

「じゃ、あたしうっきーにお菓子もらいにいくとこだから!またね!」
「うん、またね…」

走り去るやちるちゃんを見つめ、残り香と温もりを惜しんだ。ぼーっとしていたら、弓親に頭を叩かれた。

「何すんの!?」
「君の好みに口出しはしたくないけど、副隊長に欲情するのやめてくれる?」

怒ったような呆れたような弓親の視線は僕の下半身に向いていた。慣れない変化に驚いて、手で抑えた。

「心も体も男らしくなったってことかな」
「困るよ…」
「このまま男でいたら、うっかり女の子に惚れるなんてことがあるかもね?ていうか、もう副隊長に惚れたなんて言わないよね?」
「言わないよ!僕は女だ!」
「気を付けなよ。女に戻るまで誰にも会わない方がいいんじゃない?」

そうかもしれない。僕が女の子に惚れる危険もあるし、もしかして逆に女の子たちが僕に惚れる危険も?いや、それは以前からの問題か。

「…今日、弓親の部屋に泊まってもいい?」
「いいけど……僕の美しさに欲情したりしない?」
「男に欲情するわけないだろ!」
「それ女の子のセリフとしてはどうかと思うけど」
「ハッ」

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