よくじょう


昨夜は弓親の計らいで、十一番隊の大浴場で、皆で裸の付き合いをした。
今思えば馬鹿なことをしたと思うが、男になったせいなのか恥ずかしさというものを全然感じなかったし、皆は面白がって爆笑していた。笑い事なんかじゃないのに。
ただちょっとだけ目のやり場には困ったが、一生に一度しかできなさそうな、更木隊長のお背中を流すという仕事をこなせたので、涅隊長に感謝した。
そして夜は弓親の部屋に布団を二枚敷いて寝た。起きたら女に戻っていると信じて。


「弓親、弓親起きて……」
「ん……」

弓親が寝顔でも寝起きでも美しいとか、今はそんなこと言っている場合じゃない。朝になっても僕が男のままだということが、最大の問題だ。

「まだ悪夢から覚められないんだけど」
「…お気の毒に」
「僕、戻れないのかな。このまま、やちるちゃんにしか欲情できないようなダメな男になるのかな…」
「…更木隊長に殺されるよ」

それは困るけど、でも更木隊長になら殺されても悔いは無いかも。

「まぁ、戻れなかったら死神業に専念したら?本格的に十一番隊で修行して、男らしく強くなって、君が望んだ通りの死神になれるじゃないか」
「ほんとだ…」
「恋人は悲しむかもしれないけどね」

その一言が僕の心に突き刺さる。修兵はもともとでかいおっぱいなんかが好きなんだし、男になったまな板の僕を見たらどうなるんだろう。このまま女に戻れなかったら、別れようとか言われるのかな。

「涅隊長にもう一回注射してもらえばまた性転換して元に戻れないかな」
「未完成の薬を何回も投与するのも危ない気がするけど」
「そうだよね……」

あぁでも、女の体だったとしても、どっちみち僕は体触られるの苦手なんだし、どうせえっちなことできないなら男だろうが女だろうが一緒なのかな。でも世間体とか考えると、修兵とも付き合ってられないよね。

「…そっか、修兵を女の子にしてもらえばいいんだ」
「待て、ちょっと冷静になって」
「なんで?だってそしたら男女だから普通でしょ」
「御門が男になって副隊長みたいなのに欲情するロリコンになったくらいなんだから、檜佐木が女になったとき、あっちも好みが変わって君じゃない誰かに惚れる可能性だってあるんじゃない?」
「…それはやだ」

僕は随分とわがままになったようだ。昔は男になりたくて、修兵とずっと友達でいたいなんて思っていたというのに。今は女になりたくて、修兵と恋人でいたいなんて思っている。無い物ねだりもほどほどにしないとバチがあたりそうだ。というか、現状が既に罰だ。

「修兵に、男好きになってもらって、今の僕も好きになってもらうのなんか、無理かな」
「さぁね」
「…こんな姿で、修兵に会いたくないよ。今の僕、全然可愛くないし、女の子らしくないし」
「女々しくはあるけどね」
「それもやだ」

こうして喋ってるうちに女に戻れば嬉しいのに、と考えてもそんな簡単に戻る訳もない。

「無責任だけど、戻れるまで仕事休むよ…。涅隊長のせいで体壊したから療養中って、藍染隊長に連絡いれてもらっていい?」
「しょうがないね。君を女の子に会わせるの怖いし、ちょっと行ってくるよ」
「ごめんね、ありがと」
「僕が居ない間……副隊長に手出さないでね」
「だだだだ大丈夫だよ!」
「……何かあったら、十一番隊の敷地の出入り禁止させるから」

昨日の件のせいで信用無いみたいだ。まぁしょうがない。僕も自分のことを信用できないし。今でもちょっとやちるちゃんが恋しいし、会ったらどうなるかなんてわからない。怖い。

「すぐ戻るから」

そう言って弓親は部屋を出ていった。
一人になったことで、また不安が押し寄せてきた。僕が気掛かりなのは修兵のことだけだ。このまま男で居続けることに不便なことは何も無いが、修兵との関係が壊れるかもしれないということが問題だ。逆に言えば、修兵さえ居なければこんなに不安にならないし、むしろ肉体強化に励めて嬉しいくらいなはずだった。
僕の中で、修兵の存在がこんなにも大きくなっていることが、少し怖かった。


「ゆみちー!」

スパァン!と勢いよく襖が開かれた。そしてその子は、近付いてきて僕の顔を覗きこんだ。

「あれ?鈴ちゃんだ。ゆみちーは?」
「ちょっと顔を洗いに…。やちるちゃんこそどうしたの?」
「剣ちゃんがね、お仕事たまってるから手伝ってほしいから、ゆみちー呼んでって頼まれたの」

やちるちゃんに見下ろされ、その丸くて大きな瞳と見つめあう。きらきらと宝石のように輝いていて、心を奪われそうになる。

「それより鈴ちゃん今日もかっこいいね!」

なんて笑顔で言われてしまい、嬉しすぎて返事に困ってしまった。口を開いたらおかしなことを口走ってしまいそうだ。

「ていうか、なんでゆみちーの部屋で寝てるの?」
「お泊まり会してたから」
「ずるーい!あたしも鈴ちゃんと一緒に寝たい」

やちるちゃんは僕の布団に潜り込んできた。

「べ、別に弓親と同じ布団で寝たわけじゃないよ!?」
「あたしだったら小さいから一つの布団でも平気だね!」

そしてまぁ近距離で笑顔を見せられ、僕の心臓がドクンと疼く。こんな無邪気な笑顔に対して、僕はどうして不純な気持ちを抱けるのか。

「ゆみちー遅いねぇ?おといれかな」
「そうかもね」
「早くしてくれないと寝ちゃいそー」

あくびをしながらすり寄ってきて、その温もりにドキドキする。今すぐこの手で抱き締めたいけど、そんなことをしては弓親に怒られる。それに、自分を抑えられる自信が無い。

「鈴ちゃん、今日はぎゅーってしてくれないの?」
「…してほしいの?」
「うん!」

ちょっとだけ、と自分に言い聞かせてやちるちゃんを抱き締める。いつもしていることなのに、緊張して手が震えた。
この腕の中にやちるちゃんがいると意識するだけで、頭がふわふわしてくる。助けて弓親。早く戻ってきて。

「剣ちゃんほどじゃないけど、鈴ちゃんとくっついてると、安心する」
「……嬉しい」

嬉しいけど、今はそんなにリラックスしないで離れて欲しい。今の僕は本当に危険だから、安心なんかしちゃだめだ。
とは言え、簡単には離れさせないくらいの力で抱き締めているのは僕なんだけどね。

「鈴ちゃん、なんでドキドキしてるの?」
「えっ」

これだけ密着していればそりゃ聞こえてしまうだろうな。しかし、指摘されてしまうとは。何と言い訳すればいいんだ。ドキドキして、やちるちゃんの甘い香りのせいで過呼吸になりそうなくらい呼吸を荒くしてしまって、完全に変態のそれだ。

「…顔赤いよ?びょうき?」

やちるちゃんはもぞもぞと僕の腕から抜け出して、額を僕の額にくっつけた。やちるちゃんとこんなに顔を近付けるのは初めてだ。少し動くだけで、すぐそこにある唇に触れられそうだ。

「やちるちゃん…」

すべすべの柔らかな頬に触れてみる。僕はもう身体中が熱を帯びていて、やちるちゃんの頬が冷たく感じる。

「つらいの?」
「うん…」

やちるちゃんが傍にいるだけで、昨日とは比べ物にならないくらい、僕の余計な部分が主張してしまっている。布団を被っていなかったらうまく隠すことなんてできなかっただろう。
我慢とかそんなことより今はただやちるちゃんに触れたくて、頬に触れていたその手で、潤った唇に触れてしまった。そうしたら、手で触れるのも唇で触れるのも大差無いんじゃないか、なんて考えてしまった。

「急いでゆみちー呼び戻してくるね!あたしじゃ看病できないから」

僕がいけないことをしてしまう前に、やちるちゃんは部屋を飛び出して行った。寂しく思ったが、心の底から安心した。女として、やっていけないことをしなくてよかった。
そんな思いとは裏腹に、僕の体はいまだにやちるちゃんを求めていて、呼吸は整わないし、熱も冷めぬままだった。この熱と興奮をどう抑えるのかもわからぬまま、僕の頭の中はいけない気持ちでいっぱいで、そんな自分に対して嫌悪感しか沸かなくて、どうしようもなくて涙が溢れた。

女々しくぐずぐず泣いていたら、部屋の外から弓親とやちるちゃんの話し声が聞こえてきて、部屋には弓親だけが入ってきた。


「げ。泣いてるの?」
「ゆみちかぁ…」

弓親は僕の横に腰をおろした。

「副隊長が心配してたけど、どういう事態?」
「それは、ただ、僕が興奮してたのを、体調悪いってやちるちゃんが勘違いして……」
「……そう。でも、我慢できたんだろ?」
「うん。けど、また、たっちゃって……体も頭もおかしくて、つらくてぇ…ううぅ」

情緒不安定にも程があるが、また泣けてきた。弓親は呆れた顔で僕の頭を撫でてきた。

「そこまで性欲持て余してるなら、檜佐木のとこ行った方がいいんじゃない」
「欲情した男が訪ねてきても迷惑じゃんかぁ」
「男だけど、君が御門鈴であることには代わり無いんだよ?」

そうかもしれないけど、それを受け入れてくれるかどうかわからないのに、会いたくない。

「それに、男になるなんて二度と無い機会かもしれないんだし、姿を見せるくらいしてあげてもいいんじゃない?」
「…面白がってるでしょ」
「まぁね。でもあいつが御門のこと本当に好きなら、どんな姿でも受け入れるし、どんな姿でも見てみたいって思うんじゃない?」

そんなの、受け入れられなかったら、本当に好きじゃなかったってことになるじゃないか。そんな事実、知りたくなんかないよ。

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