ほんのう


やちるちゃんには体調が悪いと言ってしまった手前みんなに手合わせしてもらうようなこともできず、一日弓親の傍で過ごした。そして夜になっても、僕の体が元に戻ることはなかった。

「僕、帰るよ…」
「大丈夫?」
「大丈夫なんかじゃないけど…ここにいても、やちるちゃん避けなきゃいけないの辛いし、やちるちゃんだって、避けられてるなんて気付きたくないだろうし」
「ふーん。副隊長のためってわけか」
「そりゃそうでしょ」

これ以上やちるちゃんのことを性的に好きになりたくないし、自分のことを嫌いになりたくない。

「人に声かけられたら危ないし、マスクでもして顔隠していきなよ」
「ありがと…」
「困ったらまたおいで。例え夜中だろうが、今回だけは怒らないであげるから」

弓親に貰ったマスクをして、急いで自分の部屋へと向かった。人に気づかれないように、なるべくうつ向いて帰ったおかげで、誰にも声をかけられることなく部屋にたどり着いた。
明日になっても戻らなかったらさすがに涅隊長に相談しにいこう。これ以上このままでいるのは、精神的にもきついし、仕事で迷惑をかけてしまう。
早く寝てしまいたかったから、自室で適当にシャワーを浴びた。風呂なんか入ったら、考えすぎてのぼせそうだし。
男になってしまったら、弓親の言いつけで守っていた美肌ケアも何もする気が起きなくて、そのまま布団に倒れこんだ。髪の毛だって乾かしてないけど、今日くらい、全部さぼって寝てしまおう。
そう思って目を閉じたのに、コンコンとノックする音が聞こえてきた。

「先輩、大丈夫っすか?」

今一番会いたくない修兵の声だった。寝たふりをするため布団に頭まで潜り込んだ。

「昨日は約束すっぽかしたと思ったら、今日は体調悪くて休んでたとか言うし…。伝令神機あるんだから、連絡くらいくれてもいいのに」

枕元にずっと放置してあった伝令神機を確認してみれば、修兵からの着信が何件か入っていた。ごめん。

「聞いてんすか?」

ガチャ、と扉のあく音がした。なんで鍵を閉めなかったんだ。馬鹿か僕は。

「…入るぞ?」

修兵の近付いてくる足音が聞こえる。会いたいけど会いたくない。こんな僕、見られたくない。
それなのに修兵は容赦なく布団を引っ張ってきた。

「待って!」
「なんで」
「…今、可愛くないから、見ないで」
「は?整形に失敗でもしたか?」
「……涅隊長の、改造が成功しちゃったから、今可愛くない」
「…おい、何されたんだよ」

布団を引っ張るのはやめてくれたけど、本当のことを言うのも怖い。修兵が心配してくれてるのは伝わってくるし、言いたくない。

「僕、今でも修兵のこと大好きだよ。だから…僕がどうなってても、嫌いに、ならないでほしいんだけど」
「簡単に嫌いになんかなるかよ」
「…本当?」
「こんなことで嘘つくわけないだろ」

布団を少しどかして、目だけ出して修兵を見てみる。真面目に聞こうとしてくれるのに、性転換しただなんてふざけたこと言わなきゃならないなんて。

「僕…男になっちゃった」
「……ん?」
「昨日の朝からなんだけど、まだ元に戻らなくて…。いつ戻るのかも、本当に戻れるのかもわかんなくて…」

修兵はいまいち理解ができないのか、少し固まったあと、一気に布団を剥いできた。寝巻きでごろごろしたせいで少しはだけて、平らな胸が見えてしまっていた。

「…このまま元に戻れなくても、修兵は僕のこと、好きでいてくれる?」
「も、戻れないのか?…って、わからないんだよな。いや、でも……まじか?」
「男な僕じゃ、嫌?」
「そんなこと言われても…」
「…修兵」

困らせているのは解っている。それでもじっとしていられなくて、体を起こして修兵と向き合った。

「僕、このままだと心まで男になりそうなんだ。体が男になってから、女の子に欲情するようになっちゃったんだよ…」
「…な、なのに、俺のことは好きなのか?」
「好きだよ。好きだから、いつもみたいに触れ合いたいよ。でも、修兵がこんな僕じゃ嫌だって言うなら、本当の性別なんか忘れて今すぐ女の子に慰めてもらいにいくよ」

じりじりと修兵に詰め寄れば、修兵は困った顔で少し後ずさる。

「体がこうなったって……僕は僕だし、修兵に距離を置かれるのは、つらいよ」

悪いのは涅隊長だって解ってるし、修兵に責任があるわけでもない。それでも僕に触れてくれない修兵に納得いかなくて、泣きたくなる。

「…そんな顔すんな」
「修兵のせいだよ。修兵のことが好きだからこの体が嫌なんだもん。修兵のために、可愛い女の子でいたかった」
「…でも、そのうち女に戻るんだろ?」
「わからない。明日戻るかもしれないし、戻るのに一ヶ月かかるかもしれないし、一年かかるかもしれないし」
「…そっか」
「…やっぱり、嫌だよね。可愛くもないし女でもない僕なんて、付き合ってる意味無いよね…」

やちるちゃんを抱き締めたとき思ったんだ。小さくて柔らかくて女の子の匂いがして、自分に無いものだから、腕の中に納めておきたくなったんだ。
今の僕なんか固いし女の子の匂いなんかしないだろうし、とても彼女としての役割なんか務まらないだろう。

「鈴」

名前を呼ばれて顔をあげれば、修兵の唇が僕に触れた。まさかそんなことされると思ってなくて、驚いた。

「戸惑っただけで、別に鈴のこと捨てようだなんて思ってねぇよ…。勝手に話進めんな」
「…本当に?僕が女に戻るまで、待っててくれる?」
「あぁ。だから…とりあえず落ち着けよ」

ぎこちなくはあったが、修兵は僕を抱き締めてくれた。柔らかくなくてごめん。女の子の匂いもしないだろうけど、ごめん。

「さっき言った、僕が欲情した女の子……十一番隊の副隊長なんだ」
「…え、あの、小さい子どもか?」
「そう。いつもみたいに抱き締めちゃったら、うっかり興奮しちゃった」
「…手は出してないよな?」
「ちゃんと我慢したよ。傷付けたくなかったし……そんなことしちゃったら、修兵に会わせる顔が無くなると思ったし」

相変わらず、修兵の腕の中は落ち着いた。あんなに不安だったのに、修兵に優しくされるだけで、今だけは自分が男であることを忘れられた。

「修兵は……もともと、僕のこと男だと思ってたよね」
「…そうだな」
「それでも、僕のこと好きになってたんだよね?」
「……そう、だけど」
「僕が男だとしても、付き合いたかったし、キスもしたいからしたんだよね?」
「……何が言いたい」
「てことは、僕が本当に男だったとしても、問題無かったってことじゃないの?」

修兵は僕が女だから好きになったわけじゃなく、僕が僕だから好きになってしまったんだろ。性別を明かす前の修兵の気持ちが本当だったなら、男でも、構わないんじゃないか。すごいところに気が付いてしまった。

「俺はホモじゃねぇぞ…」
「そうだよね、男が好きなんじゃなくて、ただ僕が好きなだけだもんね」
「…解りきったこと言ってんじゃねぇよ」
「たまにはちゃんと言って欲しいんだけど」
「…今?」
「うん。今、この瞬間、僕のことが好きって言える?」
「……好きだよ」

よかった。無理矢理言わせた感はあるけど、安心した。

「修兵」
「何だ」
「大好き」

隙をついて修兵の唇を奪った。拒否されることも覚悟していたけど、素直に受け入れてくれた。
修兵のくぐもった声や吐息のおかげで、頭の中が修兵のことだけで埋め尽くされる。こんな事態になっても引かずにいてくれるのが嬉しくて、修兵がいてくれることが幸せだ。

「はぁ…んっ……」

呼吸がつらくもなるのだが、修兵から与えられる熱が気持ちよくて、その行為にだけ集中してしまう。修兵の唇がちょっとかさついているみたいだから、今度リップクリームでもプレゼントしよう。どうせ触れるなら、潤った唇の方がいい。

「ねぇ……僕、男になってから、簡単に興奮しちゃうようになったんだけど…」
「あ?…あぁ、まじか」
「…これ、どうしたらいいの?男の体のことなんかわかんないし、ドキドキするし、変な気分だし……」

勃ったモノの抑え方なんて僕がわかるはずもない。わかるのは、理性が飛びそうで頭がちょっとやられている、ということくらいだ。

「…これはもう、普通に男の反応だな」
「なんか、よくわからないんだけど、すごく辛いよ……何これ?僕だけ?修兵、いつも僕とキスするときこうなったりしないの?」
「そ、それは聞くな」
「なんで?」
「なんでもいいだろ!」

わからないから聞いているのに、隠すなんてずるい。

「ねぇ、僕の言うことなんでも聞くって約束、覚えてるよね」
「あぁ!?い、今それ言うのかよ」
「…もう、自分じゃこの気持ちどうにもならないよ。だから…修兵が、僕を楽にして」

困らせてごめんね。男でごめんね。

「その……触るけど、いいか?」
「…いいから、頼んでるんじゃん。なんでそんなこと聞くの?」
「…前は、体触られるの嫌がっただろ。だから…」

怖いから嫌だって言ったの、修兵気にしてたんだね。僕が弱いせいなのに。ちゃんと気にして、心配までしてくれるんだね。

「今は、気にしなくていいよ。修兵が僕を好きでいてくれる限り、僕は修兵になら何されてもいい。嫌だって言っちゃうこともあるかもしれないけど…それでもちゃんと、修兵のこと好きだから。それに今は、とにかく修兵に触ってほしい」

この体の火照りは修兵のせいなんだし、修兵が落ち着かせてくれないと嫌だ。

「お願い…。もし本当に女に戻れたら、その時は、僕のこと修兵の好きにしてくれていいから…」
「…そこまで本気でお願いされなくても、やってやるっての」

修兵は僕を寝かせて覆い被さってきた。怖い、とも思うのだが、それよりも修兵といちゃいちゃしたい気持ちの方が勝ってしまっていて、そんな自分に驚いてしまう。

「けど、女に戻ったとして、またお預けくらって我慢するのきついから…覚悟しとけよ」
「…そんなにきついの?」
「例えば今、また今度にしようって俺が言い出したら嫌だろ」
「…そうだね。ごめんね」

話す時間さえも惜しくて、修兵を引き寄せて唇を重ねた。それを皮切りに、修兵は僕の体を寝巻きの上からなぞった。胸の突起を指が掠め、体がびくんと反応してしまう。胸から腹、太ももへと手が這うが、余計な脂肪が少なくて体に柔らかさがないから申し訳なく思ってしまう。

「鈴…」

唇が離れ、ぽつりと名前を呟かれる。再び唇が塞がれる時には、僕のそそり立つモノは修兵の大きな手に握られていた。こんなもの邪魔な物体だとしか思っていなかったけど、好きな人に触れられる快感のために必要なものだと理解した。

「しゅうへ、これ、だめ…っ」

修兵の手が上下するたびに僕の体はいちいち反応してしまい、恥ずかしくて涙が出てくる。しごかれていたら頭がおかしくなりそうなくらいの快感が押し寄せてきて、頂点に達した。荒い息のまま何も言えずに修兵の手を見てみれば、どろっとした液体が出されていた。

「こんなとこまで完璧に男かよ…涅隊長やべぇな」

修兵は普通にそれをティッシュで拭って捨てていた。男なら普通に起こりうる出来事だったのだろうか。

「修兵…ごめん、ありがと…」
「…だったら、お詫びに?俺も、気持ちよくして欲しいんだけど」

わざわざ耳元で言われぞくっとする。そんな風に煽られたら、僕だってもっと、気持ちよくしてほしくなるよ。

「…じゃあ、えっちする?男同士でも…できるものなんでしょ?いれるのといれられるの、どっちがいい?」
「は?待て、お、俺がいれられるって選択肢があんのかよ」
「だって……せっかくだから、男の気持ちも味わってみたいし…、修兵には女の子の痛みを先に味わっておいてもらいた…いた、痛たたたた…」

突然の腹痛に襲われて、体の芯から全身が熱くなっていった。急にそんなことになったせいで、修兵は慌てて僕の背中をさすろうとしてくれたのだが、僕の体から骨が軋むような不気味な音が鳴るせいで、触れることさえできずにいた。
しばらくして体の異常が止んでも、痛みと熱がなかなかとれなくて息も荒くしたまま縮こまっていたら、今度こそ修兵は僕の背中を撫でてくれた。

「はぁ……ごめんね、見苦しいとこ、見せちゃって…」
「い、いや、別に…。それより、女に戻ってくれてよかった…」
「……あ」

修兵の安堵した声で頭が少し冷静になり、さっきまでの自分を急激に恥ずかしく思うようになった。そして、はだけて意味を成さなくなった寝巻きのせいで、元通りになった身体の上も下も見えてしまっていた。とりあえず、布団をかぶって全身を隠した。

「ほんと、ごめんね!お世話になりました!乱れてごめんなさい!」
「…顔くらい見せろ」
「恥ずかしくて顔なんか見せられないよ!穴があったら入りたい!!」
「穴に入れる前に女に戻って残念だったな」
「下品なこと言わないでよばかぁ!」

本能に突き動かされたことを心から反省した。あんなにはしたないことを修兵におねだりしていたなんて、信じたくなかった。理性の保ち方を学びたくなった。
布団に潜ったまま、男であった自分の失態を悔やんでいたら、なにやら布団を引っ張られた。

「なに」
「女に戻ったんだから、好きにしていいんだよな?」

自分で言ったことではあるが、激しく後悔した。だがしかし、修兵にあんなに恥ずかしいことをやらせておいて、自分だけ何もしてあげないのも申し訳ない。それに、この状況で断られる男の気持ちだって知ってしまった今、断れるわけがなかった。

「一つだけ……いい?」
「何だ?」
「僕……すっごく怖がりだし、今びっくりするくらい乗り気じゃないし、乱菊さんみたいなおっぱいも無いし、全然、自信無いし……その、はっきり言ってやりたくないんだけど…」
「…はっきり言うなよ」
「ご、ごめん。けど、修兵のことは大好きだから、心の底から嫌なわけじゃないから、えっと…」
「…なんだよ」
「ただ、怖いだけだから、優しくしてほしい。けど、僕がやめてって言っても、やめないでほしい」

トラウマを克服するためだ。修兵にそんなこと知られたら嫌がられるかもしれないし遠慮されるかもしれない。言わないままで、無理矢理やってくれた方がたぶん、どうにかなるんじゃないだろうか。

「…要するに、抱いていいってことだよな?」
「う、ん」
「前言撤回とか無しだからな?」

修兵は僕の布団を剥いで、丸まっている僕を抱き締めた。

「…修兵の、好きにしていいよ」
「……煽ってんのか」
「だって、そう言った方が手出しやすいでしょ」
「どこで覚えたんだよそんなこと」
「…乱菊さんの入れ知恵」
「余計なことを……」

言わない方が良かったかな、と不安になったが、修兵は僕と視線を交わらせて頬を撫でてくれた。修兵の目はいつになく真剣で、僕の大好きな熱のこもった眼差しだった。

「鈴…」
「ん、」

きっと修兵となら大丈夫。そう信じて、僕は修兵に身を委ねた。

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