たったひとりの


「あれ、市丸隊長。こんなところで何さぼってるんですか?」

五番隊の隊首室に来たら、惣右介だけでなく市丸隊長までそこにいた。

「さぼりちゃうよ、藍染隊長と仕事のお話」
「そーなの?まぁなんでもいいですけど。はい、藍染隊長にお茶です!」
「ありがとう」
「ボクには?」
「見ての通り無いですけど」

惣右介にお茶を出せば、にこりと微笑んでくれた。嬉しくて笑い返したら、袖を引かれてふらついて、市丸隊長に抱き締められた。

「ギン」
「最近の鈴ちゃん、随分と可愛くなったと思いません?女の子やって公表したから気が緩んどるんかもしれへんけど、なんや女らしくなったというか…」
「市丸隊長、そろそろセクハラやめてくれる?」
「…嫌なん?」
「嫌です」

きっぱりと言えば、市丸隊長は僕を離してよろよろと後ずさった。

「ボクの何があかんの?現世の水着着て肌露出することよりボクに抱き締められる方が嫌なん?」
「…、藍染隊長お茶おいしいですか?」
「おいしいよ」
「じゃあもう一杯いれてきますね。市丸隊長が消えたらまたきます」
「待ってや鈴ちゃん!久しぶりなんやからもう少しお話しようや!」
「は〜〜?僕の嫌がる話しかしない人とお話なんかしたくないんですけど?」
「ごめんて」

捨てられた犬みたいに悲しそうな顔で僕の腕にすがり付いてくるから、少し同情して去るのはやめてあげた。

「あれ?鈴ちゃん首んとこ虫刺されできとるよ」
「え? 」
「こ、これって」

市丸隊長が青ざめる。
痛くも痒くもないのにそんなとこに跡がある心当たりと言ったら、思い当たる虫は修兵くらいだ。

「ボクの鈴ちゃんがボクの鈴ちゃんやなくなった!!」
「市丸隊長のものになった記憶無いんですけど!」
「ああっ!しかも1つどころか2つも!!」
「ぎゃ!!セクハラだ!!!」

市丸隊長はわざわざ僕の襟元を広げて首の確認をしてきた。いくらなんでも、気になったからって女の子の襟を広げるのはよくないと思う。

「どこの男や!?無理矢理されたんならボクが半殺しにしたるから言うてや!?」
「しなくていい!うるさい!!」
「言うとくけど、心配しとるんやからね!?」
「っ…心配ありがとう!でもいらない!!」

無理矢理されそうになった事例を知っているからこそ、心配してくれるのだろう。でも藍染隊長も聞いてるし、わざわざ今騒ぎ立てないでほしい。

「悔しい!!ボクが誰よりも鈴ちゃんのこと愛しとったのに!!」
「…残念でした」
「残念や!今からでもボクに乗り換えへん?誰よりも鈴ちゃんのこと大切にしたるで?」
「遠慮します」
「そんなにその男がええの?」
「いいとかじゃなくて、あの人じゃなきゃだめなんだよ」

隣に居るのは修兵じゃなきゃ、僕の心は満たされない。市丸隊長では、だめなんだ。

「ごめんね」

なんだか居心地が悪くなってきて、隊首室をあとにした。
市丸隊長だけでなく、惣右介も固まって何も言わなかったのが気になるけど、僕にはどうもできやしない。修兵を好きな気持ちは止まらないし、やめられない。いつまでも子供のまま、みんなに愛されるだけのアイドルではいられなかった。
もうこれで、市丸隊長に抱き締められることも減るだろうし、惣右介にべたべたすることも減るだろう。いつも良くしてもらっていたけど、修兵の気持ちを考えたら、いつまでも子供のままではいられない。

- 65 -

←前次→