好きだった


「おっす、恋次」
「ん?あぁ……檜佐木さん」

檜佐木さんがいつものように五番隊舎までやってきた。けど俺に会いに来るのは珍しい。いつもは御門さんに会いに行くだけで、俺なんかは御門さんのついでに挨拶する程度だったのに。
考え事をしていたのに、檜佐木さんのおかげで中断させられてしまった。

「どうしたんだよ、珍しく真面目な顔しやがって。何かあったのか?」
「…檜佐木さん、御門さんが女だっていつから知ってたんすか?」
「いつからって……あの写真集が出るちょっと前。向こうから打ち明けてくれたから」
「え、じゃあ今まで檜佐木さんもグルになって隠してた訳じゃなく、ほんとに知らなかったんすか?」
「……まぁな」

何年も一緒にいたのに気付かないって、どんだけ鈍感なんだ。俺なんか一目で女だと思って一目惚れまでしちまったってのに。

「…御門さんって今フリーっすかね?」
「お前…やっぱ狙ってんのか?男を装ってるときから可愛いとか言ってたもんな?」
「き、気になったから聞いただけで!別に、そういうんじゃ」

たとえ檜佐木さんだろうと、そこまで素直に話すのは気が引ける。というか、あの人のことを大事にしてる檜佐木さんだからこそ、打ち明けたくない。

「恋次には言っておこうと思ったんだが……」
「ん?何をっすか?」
「…あいつな、俺の彼女になったんだ」
「……は?」

申し訳なさそうに言われたのが、ちょっと傷付いた。俺よりも檜佐木さんの方が御門さんといる時間は長かったわけだし、しょうがないことだとは思うけど。

「そういうことだから、悪いな」
「…悪いって思ってませんよね」
「ばれたか」

檜佐木さんはまぁ嬉しそうに、にやつくのを我慢しているのがよくわかる。めでたいこった。ちくしょう。

「あんなモテる人と付き合うの大変そうっすね」
「んなことねーよ、あいつ俺以外の奴になびかねぇし」
「何すかその自信…」

さりげないのろけにイラッとする。

「あー、でも、俺らの関係、他の奴に言うなよ? ばらしても良いのか鈴に聞いてねぇし」

先輩であっても彼女になれば名前で呼ぶのか。あぁなんか、二人が遠くの存在に思えてしまう。

「自慢の彼女だって、言いふらしたくなったりしないんすか?」
「そりゃ自慢の彼女だけど……俺があの人にとって自慢できるほどの男じゃねぇから、俺が彼氏だとか知られるの嫌かなとか思っちまって…」

檜佐木さんでも劣等感を抱くのか、とビックリする。二人が仲良いのは周知のことだから別に気にするようなことでもないと思うのに。

「御門さんに直接聞けばいいじゃないすか」
「俺が彼氏だなんて誰にも知られたくないとか直接言われたら死ぬぞ俺」
「恥ずかしいからって理由があるかもしれないじゃないっすか」
「俺という存在が恥ずかしい…?」
「なんでそう後ろ向きなんすか。…普通に考えて、あの人今まで男として生きてきたんだから、ただ単に好きな男がいるって知られるだけでも恥ずかしいって感じるかもしれないですし」

この二人のことだから何の遠慮もなくいちゃらぶしてんのかと思ったが、案外そうでもないのかもしれない。

「あ、修兵!来てたんだ?」

背後から明るい声がして振り向けば、いつも通り朗らかな笑顔の御門さんが小走りで近寄ってきていた。

「噂をすれば、ってやつっすね」
「お、おい」
「え、何?何の話してたの?」

無邪気に聞き返してくる御門さんと、焦る檜佐木さん。御門さんが異常なだけで檜佐木さんだって普通にモテるんだから、劣等感なんて抱かなくたっていいのに。

「…なぁ鈴、俺と鈴が付き合ってるってこと、恋次とか他のやつにバレても問題無いか?」
「僕はいいけど……みんな知らない方が幸せじゃない?ほら、僕モテるし、アイドルみたいなものだし…」
「…」

檜佐木さんはイラついたのか、御門さんの頭を軽く叩いた。気持ちはわかる。これが彼女でもなく本当にただモテている男だったらぶん殴りたいと思う。

「ひどくない!?事実でしょ!?」
「うるせぇ、自分の彼女がよその男にアイドルみたいにちやほやされる姿なんか見たくねぇんだよ」
「え、そう?修兵が女の子たちにちやほやされてたら嬉しいけど。僕の自慢の修兵がモテるのは全然おかしいことじゃないんだし」

僕の自慢の修兵って、なんだその言い方。檜佐木さんって御門さんの所有物なのかよ。

「ねーそれよりお腹すいちゃった。暇ならご飯行こうよ」
「それよりじゃねーよ、結局バレていいのか?悪いのか?」
「…修兵の好きにしていいよ。バレて困るなら僕も黙っとくし」
「俺は困らねーけど…」
「じゃあいいんじゃない? ほら解決したよ、ご飯行こ?」

檜佐木さんが気にするほど御門さんは何も考えていないらしい。そういうとこが少し子供っぽい。

「あ、恋次もご飯まだなら一緒に行く?」
「いや、俺はまだやることが……」
「そーなの? じゃあ後で手伝ってあげるから一緒に行こ!」

二人の邪魔をしないように遠慮したのに、こんな眩しい笑顔で誘われてしまっては断るのが心苦しい。それにさりげなく頼れる先輩らしい上司らしいことを言われてしまって嬉しくなる。

「…じゃあ、遠慮なく」

言ってから気付いたのは、不満そうな顔をする檜佐木さんの子供らしさだった。

- 66 -

←前次→