たたかい


「御門先輩、後輩の前だと馬鹿みたいににこにこするのやめますよね」

実習始まって早々、修兵に失礼なことを言われた。たしかにまぁその通りなんだけど。

「だって実習中にへらへらしてたら頼りないじゃん。僕だってそのくらい気にするよ」
「へらへらせず真面目にやってた方が女の子にモテるんじゃないすか?」
「それ僕のチャームポイント否定してる?」
「えぇ、まぁ」

ぐちぐち小言を言い合っていたら、班の人に仲良いなぁとか呟かれて、ちょっと浮かれ気分になってしまう。

「僕たちの担当区域ってこの辺だっけ?」
「多分な。けど魂葬するような霊が見当たらねーけど…本当にあってんのか?」

班の人たちで周りを見回していたら、一人が小さな悲鳴をあげた気がした。振り向くと、真っ赤な飛沫が飛んできて、僕の服に染み込んだ。

「離れるよ!!」

襲われた班の子はもう助からないと思い、咄嗟に修兵ともう一人の腕を掴んで走り出した。

「な……なんだよあれ!!虚だよな!?」
「ここらに霊がいなかったの、あれのせいかな……それか、ここらの霊があれになったのか」

僕らは魂葬実習に来たのであって、虚討伐の実習に来たのではない。まだ虚なんか相手にするには僕らじゃ知恵も経験も足りやしない。逃げ切るのが先決だろうが、このまま逃げ切れる気もしないし、逃げてばかりでいい気もしない。

「連絡機は襲われたあの子が持ってたから、僕らじゃ学校に連絡がつかない。修兵、他の班のところまで行って助けを呼んでもらってくれる?」
「はぁ?先輩はどうする気だよ」
「助けがくるまで僕が時間を稼ぐ。それか、僕があれを倒す」
「先輩一人に任せられるかよ!だったら俺も残る!」
「…わかった。じゃあ、代わりに君が助け呼びに行ってくれる?」

班のもう一人の子にそう聞けば、顔面蒼白で頷いた。
そうと決まれば、僕と修兵であの虚をどうにかするしかない。
僕も修兵も優秀だから、死ぬことはないと信じたい。僕はまだ死神にすらなっていないんだから、死ぬわけにはいかないんだ。ここで虚を倒して、僕の実力を先生らに知らしめてやるんだ。

「いくよ修兵、生きて帰ったら何でも言うこと聞いてあげるし、何でも言うこと聞いてよね」
「死亡フラグ立てんなっつーの」

修兵と二人で虚に向き合い、二人で同時に赤火砲を打ってみた。二人でやっただけあって威力は増しているように見えたが、虚に致命傷を与えることはできなかった。

「嘘……これやばくない?」
「来るぞ!早く避けろ!」
「わわっ」

直ぐさま虚の触手が伸びてきて、避けたことで僕と修兵は引き離されることになってしまった。
何本もある触手が僕と修兵それぞれに襲い掛かり、浅打で防ぐが手一杯で、少しでも気を抜けばやられてしまいそうな勢いだった。
少しずつ距離を取りつつ虚の触手を避けていたら、僕に攻撃していた数本の触手を引っ込め、全ての攻撃を修兵に集中させようとしていた。

「修兵ぇぇ!!!」

せっかくできたカワイイ後輩をこんなところで殺されるのは惜しかった。僕の力不足なんかで修兵に死なれるのは、どうしても嫌だった。
僕は得意の瞬歩で修兵の方に回り込み、虚の攻撃が及ばないように修兵を蹴り飛ばした。その勢いで自分も攻撃を避けきれると思ったのだが、数ある触手を全て避けきるなんてことは、僕にはできなかった。

「先輩!!!」

僕が蹴り飛ばしたことで骨折くらいしただろう修兵を掴み、また瞬歩で虚から距離を取った。

「悪い、俺のせいで…!」
「平気、平気だから、動かないで」
「俺より酷い怪我して何強がってんだ!」

僕の左肩には激痛が走り、青かったはずの制服を真っ赤に染めていた。それどころか、僕の左腕も服の袖も、数十メートル離れた虚の傍に落ちている始末だった。

「修兵…僕の体、支えてて」
「どういう意味だよ……」
「ふらつかないようにだよ、早く!」

修兵は泣きそうな顔で僕の体に腕を回し、虚に向けた右腕も支えてくれた。

「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる……破道の六十三、雷吼炮」

詠唱だけは記憶していたが、今まで使う機会すら無かった破道を初めて使ってみた。思っていたよりも強烈で、修兵も驚いたみたいで僕を支えきれず尻餅をついた。
雷の弾が虚に当り激しく輝き、どうやら僕が勝ったらしく、虚は姿を消していった。

「はは……やった、やったよ修兵、僕の勝ちだ…」
「わかったからもう喋るな!くそっ、止まらねぇ…!」

僕が蹴って折れたであろうその腕で、僕を止血できるほど修兵は器用ではないだろう。まともに力も入らないから血なんか止められないし、僕はもうダメかもしれない。
修兵を助けて死ぬなんて、僕からしたら名誉なことだが、修兵からしたら胸くそ悪いだろうけど、ごめんね。
僕はもう、そんなに長く意識を保つことすらできる気がしない。

「僕、寝ちゃうけど…絶対、起こして……。まだ、永眠なんか、いや、だから…」
「先輩!!!」
「平気だから…」

遠退く意識の中で最後に確認できたのは、僕のせいで流させてしまった修兵の涙だった。

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