くろつち


不安でいっぱいだったけど、久しぶりに授業に出た。あの実習からはもう1週間も経っていた。
授業に出たのは、頑張ると決めたからではない。この状態でもこの先頑張れるかどうかを見極めるためだった。

「御門!久しぶりだな!もう大丈夫なのか!」
「えっ、あ……うん、もう大丈夫!元気だよ!」
「すごい怪我したっていうから心配したよ〜」

友達が何人か集まってきてくれて、嬉しくて泣きそうになってしまったけど精一杯笑顔を見せた。でもみんな怪我という言葉を聞いて、僕の腕の異変に気がついた。

「御門くん、怪我って……」
「あー…そう、腕やられちゃってさ。すっごい不便でさー、体術弱かったのにこれでほんとにザコって感じでまいっちゃうよ」
「そ、そっか……で、でも、虚倒したって聞いたけどほんと?すごいよね!私たち虚から逃げてばっかだったから御門くんすごいよ!」
「へへ、ありがと」

褒めてもらっても、慰めにしか聞こえなかった。腕さえあれば素直に喜んで自慢して鼻高々でいられたのに。

「そういえば御門の班の後輩がすげー心配してたぞ。この辺の教室まで探しに来てたし」
「それ私も見たよ。元気無かったよねぇ」

きっと修兵のことだろう。ごめんね、僕こんな姿で会いに行きたくない。見たらきっと修兵は責任を感じてしまうだろうから。

「そうそう、1週間分のノート見せたげるから、いつでも言ってね」
「いいの!?ありがとう!」

みんなの優しさに感動しながら、次の授業に取り組んだ。
講義形式だったのだけど、そこでまず壁にぶち当たった。教科書を片手で開くことは難なくできたわけだけど、その教科書が勝手に閉じないように押さえるための手が足りなかった。あわあわしつつ板書を写していくのだが、片手が文字を書くことにのみ使われるため、教科書もノートも押さえられなくて、字を書くことにすら影響があった。
困惑している間にも授業は進んでいくし、1週間置いていかれたことにより、内容がさっぱりで、全然ついていけなかった。
あっという間に授業が終わってしまい、僕につきまとっていたのは絶望だった。

「御門ー、次移動教室だぞ」
「あぁ、うん、先行ってて」

いつもみたいな笑顔ができなくて、僕は走って逃げ出した。せっかく体が授業に出られるようになったのに、心はそんな状態にはなかった。
授業中なら人が来ないであろう場所を探し、倉庫の物陰へと身を隠した。僕はもう頑張れないと思って、一人で泣いた。
一人で何もできない僕が、一人前の死神になれるとは思えなかった。みんなにどんどん遅れをとって、取り残されるのが怖かった。慰めの言葉をもらうのも、哀れみの目を向けられるのも嫌だった。
こんなにも自分が弱いことを思い知らされて、立ち直れる気がしなかった。こんなにも弱い姿を、僕を慕ってくれている修兵に見せたくなかった。

「御門さんですね?」

一人でカッコ悪く泣いていたら、誰かに見つかってしまったみたいで声をかけられた。とても顔なんかあげられる状態じゃなかったから、誰なのかと訊ねてみた。

「貴方に腕を取り戻すチャンスを与えに来ました」
「ふぇ…?」
「四番隊の義手よりも精密で精巧で頑丈な腕を、貴方に用意して差し上げることができると言っているのです。条件付きではありますが」

不信感でいっぱいだけど、おじさんの言っていた義手よりも良いものなんて聞いて、僕がくいつかない訳がなかった。涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭い、顔を上げた。

「きっと貴方のお役にたてると思いますよ。マユリ様の技術にかかれば、今すぐに何の不自由も無く戦うことができる体を作るなど雑作も無いことです」
「マユリ様、って?」
「十二番隊隊長、及び技術開発局局長、涅マユリ様です」

隊長で局長?よくわからないけど、すごい人なのかな。四番隊とはまた違うのに、義手を用意してくれるの?

「本当に、腕くれるの?前みたいに普通に生活できて、体術も剣術もできるようになるの?」
「えぇ、勿論です」
「…条件付きって言ったよね、僕は何をすればいいの?お金だったら、腕が本当に使えたら死神になるから、そのとき出世払いするよ」
「代金は頂きません。ただ、マユリ様の研究のお手伝いをして頂くだけです」

研究のお手伝いってことは、バイトみたいに働けってことかな。腕を貰えるんだったら、そのくらいのお返しは楽勝だろうし、やってもいいよね。

「やる。僕はもうこのままじゃ何もできないから、何でもやるよ」
「貴方に合った腕を作るために少々時間を頂きますが、その間また授業には出られなくなります。構いませんか?」
「…うん、構わないよ」
「では、行きましょうか」
「今から?」
「はい」

お姉さんは僕に手を差し出した。戸惑いつつもその手を握って立ち上がれば、そのままお姉さんは歩き出した。

「お姉さんは……名前何て言うの?」
「十二番隊副隊長、涅ネムです」
「副隊長?なんで…なんで隊長と副隊長が、こんな僕なんかのためにそこまでしてくれるの?」
「貴方の実力を認めてのことです。片腕を失った程度で死神への道を閉ざされては、もったいないですから。マユリ様の手助けにより死神になることができたら、瀞霊廷の為にもなります。全ては瀞霊廷の未来のためです」

僕が死神になることで瀞霊廷の未来に役立つことができるのだろうか。だとしたら、すごいかっこいいし、めちゃくちゃ期待されてるって自惚れてもいいのかな。

「僕、死神になりたい」
「貴方がその意志をもって諦めなければ、私たち十二番隊が全力で貴方を支えます」
「そ、そんなにするほどの価値が僕にあるの?」
「価値が出るかどうかは、貴方の実力次第です。貴方がきちんと死神になれば、私たちの労力は無駄にならずに済みますので」
「…わかった、がんばるよ」

僕に期待して僕を支えてくれるということなのだから、腕をもらったら僕は全力でがんばろう。勉強の遅れも取り戻して、体術も剣術も今まで以上にがんばろう。
僕は絶対に死神になって、更木隊長に会いに行かなければならないのだから。

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