車に乗って1時間半。早朝という事もあり、山道に揺られながらの移動によって眠気が襲ってき始めたところで、補助監督の瑠川から「到着しました」と声が掛かる。人気のない参道に沿って佇む廃屋からは見るからに負のエネルギーが漂っている。こういう場所は肝試しするにはうってつけのスポットになるだろう。
車から降りれば、瑠川は車を置いてくると言って近くの空き地へと止めに行ったようだ。傑と二人で顔を見合わせ、いつも通り作戦の配分の話を始める。
「低級が3体、1級相当が1体、どうする?」
「どっちでもいいけど。取り込みたいのがいるんだったらそっち譲ってやるよ」
「うーん、今回はそこまで有用そうなのはいないと思うから悟の好きにしなよ」
「言ったな?じゃあまとめて吹っ飛ばしてーー」
肩を回しながら意気込めば、呆れたような表情をしながら「加減はしなよ」と釘を刺される。
「へいへい」
いつもの事ながら、非術師に気を遣うのは疲れるが、ここで変に否定すればもっとめんどくさいことになるのは目に見えていたので適当に相槌を打っておいた。
「ってことで、俺らが中に入ってったら、帳降ろしといて」
車を置き終え、背後に控えている瑠川に体を斜めにして視線を移す。一瞬合った視線もすぐに瑠川の方が僅かに逸らし、小さく「できません」と返ってきた。
「は?できないってどういう意味だよ?」
補助監督といえど、呪力はある。呪霊を祓うほどの力はないにせよ、帳を張ることくらいできる筈だ。新人だから方法を教わっていない、という線も過ったが、さすがにそんな状態で補助監督として現場に出さないだろう。研修は必ず受けているはずだ。ならこいつの言う通り、そもそも"できない"と考えた方が辻褄が合うか。
「すみません」
謝罪の言葉を口にはするが相変わらず目線は逸れたまま、何を考えているのかは読めない。
「できねえって少しもかよ?」
「…薄くならなんとかできるかと…。でも五条さん達の呪力に耐え切れるようなものはできないと思います」
「どんだけ激弱なんだよ。聞いたことねーよそんな奴」
「悟」
咎めるような調子で名前を呼ぶ傑の方へ顔を向ければ「帳くらい私たちで降ろせばいいさ」と返ってくる。
それはそうだ。こいつが出来ないなら俺らがやるしかない。そんなことくらい分かってる。ただ、めんどくせぇって気持ちと、なんでそんな奴が補助監督になれたのかってのが引っかかるだけだ。
「よくそんなんで補助監督になれたな?」
「……」
「あー、めんどくせー」
これで少しは顔色を変えたりするだろうかと、わざと大袈裟に言ってみるが、瑠川のポーカーフェイスが崩れることはなかった。感情があるのか疑うレベルだ。
「私が降ろすから、先行ってな」
今にもため息を吐きそうな呆れ顔の傑に促され「おー」と返事をして先に呪霊を探しに行くことにした。これ以上何を言ってもあいつはなんの反応も示さないだろう。
周囲が黒い膜で覆われていく。早速傑が降ろしたのだろう。かなり広範囲に張ってあるので、少しくらい好きにやっていいだろう。おそらく傑もそれを見越して調整したはずだ。
さっさと見つけて終わらせてやろうとサングラスを下にずらし、残穢を探っていれば、背後から傑が近づいてきているのが分かった。
「さっきの言い方、最悪だよ」
「何だよ、急に」
横に並ぶや否や、傑が先ほどと同じく咎めるような目つきで俺を刺す。
「わざと怒らせるような言い方をしてたろ?」
「え、あいつ怒ってた?」
「いや?そうは見えなかったな」
「だろ?実はロボットなんじゃねーのかってくらい変わんねぇだろあいつの表情。俺のことシカトしてんのかってくらい目も合わせねぇし」
「されてるんじゃない?」
「…は?」
傑の言葉に自然と足が止まる。動かなくなった俺を追い越してそのまま一人で進んで行く。
「だから、されてる"気"じゃなくて、されてるんだろ」
「は〜?なんでだよ!?」
「なんでもなにも、あんな事言われて、不快にならない人間はいないだろ。嫌われてもおかしくない」
「…ちょっとキツく言っただけだろ。それにあいつ最初から感じ悪かったし」
「なら最初からよく思われてなかったんじゃないかい?」
当然かのように話す傑に口を噤む。言われれば、確かに少し言い過ぎた部分もあったのかもしれない気がしなくもない。けれど、ただ、あの無表情がどう変わるのか見てみたかっただけだ。それ以上も、それ以下の気持ちもない。単純な好奇心。
「第一印象もよくなかっただろうしね。仕方ないんじゃない?」
「…ちっ…」
初めて会ったあの時から、あいつから俺に目が向くことはなかった。それが俺にとっては、何故だか微かな苛立ちに似た思いを湧かせていた。