五条さん一人の任務を送迎するのは今日が三度目だった。
一度目は突発的なカバー任務。任務先で対応していた準一級術師が応戦不可の状態に陥り、ピンチヒッターとして五条さんが指名された。その事自体はよくあるらしく、愚痴をこぼしながらも現着してすぐ応戦し、引き継ぎ業務までスムーズにこなしていた。
二度目は午前に夏油さんとタッグでこなし、午後から五条さん一人で任務にあたる時だった。お昼で帰宅する夏油さんに「おい、オメーだけずりぃぞ!どうせ暇だろ!?傑もついて来い!」と不機嫌を露わにして声を上げていたのを覚えている。その道中、ずっと不機嫌をにじませたままだった。
この一週間で、私から彼に仕事の範疇を超えるコンタクトを取る事はなかった。
必要最低限、任務内容さえ伝わればいい。礼儀である挨拶の言葉さえ欠かさなければそれでいいし、五条さんにとってもそれが気楽だろう、そう思っていた。
でも、まだ一週間しか関わっていないけれど、彼は私が想像していた"五条悟"よりも年相応に思えた。
勿論、規格外の強大な力を使いこなし、非凡な才能を持つ彼が私と近しい存在だとは思わない。天と地の差だ。しかし、夏油さんやもう一人の同級生、家入さん達と接する彼は、隔意を持たず純粋に一人の学生として過ごしているように見えた。そしてその姿が、最強の呪術師とも謳われる彼の異称とのギャップを私の中で生んでいた。
車の走行音しか聞こえない空間の中、いつの間にかサングラス越しに、私をじっと見ていた彼は口を開く気配はない。何か思い含むものがあるように見えるが、ただじっと私を映すだけだ。だから、思わず私は口を開いてしまった。
「五条さんは、何がお好きですか?」
眉が跳ね上がり「…は?」と声が漏れる五条さんに、意図が伝わっていなかっただろうかと「えっと、食べ物の話です」と返す。そうすれば「いや、そうじゃなくて」と語尾が強まった声が聞こえる。
「何?急に?」
「あ、いえ、ふと気になったので聞いてみただけなのですが、」
思った答えを貰えそうにない雰囲気に、やはり踏み込み過ぎたかと身体が強張る。距離感というものは、いつの時も測りづらい。
「いや、そうじゃなくて」
「…?」
しかし、座席に預けていた体を起こし、少し前のめりになるよう座り直した彼に、バックミラー越しに様子を窺う。
「お前、俺のことシカトしてたんじゃねぇの?」
「……??」
五条さんから放たれた言葉に、思考の整理がつかず、疑問符を浮かべるしか出来なかった。そんな私に「だーかーら、お前、俺に無関心だったろ?」と再度問いをかける。
「無関心…ではないですけど…。あの、私、知らずに五条さんにそんな失礼な態度を…?」
「はあ?お前、今まで俺とまともに目も合わせねぇし、話もしなかったろうが!」
「あぁ…」
五条さんの呆れと怒りを含む声音に、自分の弱々しい声が漏れる。今のところ心当たりしかない。
「なんと言うか、私、人と目を合わせるのが少し苦手で。話すのも得意じゃないので、自分からあまり話しかける事も普段からなくて…」
「……は?」
ああ、今日の一体何度目の「は?」だろうか。でも、確かにそうだ。端から見れば、素っ気ない態度で無視されているように感じるかもしれない。子供の頃も指摘された事がある。
「すみません…。せめて表情だけでも豊かに出来ればいいんですけど、笑うのとかも苦手で…」
「……別に面白くもねぇのに笑う必要はねぇだろ」
意外にも、笑うでもなく真剣に言葉を返してくれた五条さんに、胸の中の何かが軽くなる感覚がした。
言いようのない不思議な感覚に、続ける言葉が思いつかず沈黙を作ってしまえば、五条さんが大きく息を吐き出した。盛大な溜め息にも聞こえるそれに、思わず体が強張りそうになる。
「…要するに」
「は、い」
「お前のその何考えてんのかわかんねぇ顔は、天然モノだったってことだ」
「えっと…天然モノ…?」
「つまり、作ろうとしてその無表情じゃねぇんだろ?人工的産物じゃねーじゃん」
「なる…ほど?」
首を傾げそうになりながらも、何とか納得の方向へ考えを持っていく。
「なら、初めて会った時とか、あれって目合わすの苦手だからわざと逸らして地面見てた訳?」
「はい。初対面だとどうしても緊張して」
「…そんな顔してなかったくね?」
「他人よりも表情筋が硬くて…。顔に出ないんです」
「って事は、俺がお前の事、男?って言った後も怒ってた訳じゃなかったって事?」
「まあ、慣れてますし。よく言われるので怒るとかは特に…」
「……じゃあ、この前の時のも?」
「この前…とは…?」
五条さんの最後の質問だけ心当たりが見つからず、何かあっただろうかと頭を悩ませてみるが、分かりそうになく、暫く無音が車内に続いた。五条さんから返事がない事に少し不安に感じ始めれば、突然肩を揺らしながら「…アッハッハッハ!!んだよそれ!」と笑い出した。
彼の笑いのツボが分からない。今の会話のどこに笑いどころがあったのだろうか。初めて見る彼の笑い姿に困惑していれば、突然スン、と真顔に戻り、「ってか傑の野郎。帰ったら叩き起こしてやる」とボソッと呟いていた。なんだか怖い。
「はあー、笑ったら余計腹減ってきたわ。やっぱコンビニでいいから寄ってよ」
「え、」
座席に再びどかりと背を預け、サングラスを鼻筋にずらした五条さんと、ミラーを通して視線が結び合う。どこか楽しげに不敵な笑みを浮かべる彼の顔は、今まで私に向けられた事のない表情だった。
「俺の好きな食べ物、知りたいんだろ?」
満足気に笑う彼の瞳は、月の明かりに照らされて、キラキラと瞬いているように見えた。