14


下校の時間になり、クラスメイトや友人同士でさようなら、またねといった挨拶が交わされている。その中でわたしは誰からも声を掛けられることなく、いそいそを帰宅準備を進めていた。今日はアルバイトがない日なので決められた時間というものはないのだが、時間が許す限りルブランには長くお邪魔していたい。その様子をたった一人だけ見ている人物がいた。

「そんなに急いでどこに行くのかな」

「明智くん」

「バイト……じゃあないか、働きに行くような顔じゃないな」

クラスメイトの明智吾郎くんだ。最近名探偵としてテレビ取材で話題になっているらしく、女生徒たちが彼の名をよく口にしているのが耳に入っていた。学校内で唯一、わたしに話かけてくる珍しい人間。
彼が唐突に推理をはじめ、わたしの顔をまじまじと見つめていた。

「うーん……もしかして、デート?あの喫茶店にいた、来栖暁くん、だったかな。彼と約束でもしてるのかな?」

残念ながら来栖くんとはそんな関係ではない。友人、と口に出していいのかもまだ少し戸惑っている。関係性を考えていると、わたしの返答など最初から期待していなかったかのように、明智くんは自己完結した。

「なんてごめんね、冗談だよ。でも喫茶店……ルブランに行くのは当たってたかな」

「そうですね、これから行こうと思ってます。さすが明智くんです」

「あはは、ありがとう。また僕もコーヒー飲みに行ってもいいかな」

「わたしもただの客なので……でも、お客さんが来てくれるのはいいことだと思います」

「そうだね、瀬那さんがいるときに伺わせてもらうよ。さて、僕もそろそろ行かないと」

探偵の仕事か取材か、学校のあとも明智くんはいつも忙しそうだ。それなのにわざわざわたしに話しかけてきてくれる。そんなに浮いていただろうか。

「それじゃあまたね、瀬那さん」

「また明日」

爽やかに手を振って明智くんは教室から去って行く。その歩みを多くの女生徒が視線で追っていた。時折、小さくさよならと声を掛ける者にも彼は挨拶を返していた。その様子を見ながら、わたしも自分の鞄を持ち明智くんのかき分けた人並みを縫うように玄関へと向かった。。




乗換のため渋谷駅で降りる。改札へと歩いている途中、連絡通路で見知った顔を見た。それはこれから向かう先の住人。猫毛の黒髪の男の子だ。

「来栖くん?」

「御守さん!」

「おお、こんちは」

高巻さんと坂本くんが手を振ってくれたが、わたしはそれに倣うことが出来ずにこんにちは、と軽く頭を下げる。名前を呼んだ人物の反応が一番遅く返ってきた。

「今帰り?」

「はい、来栖くんたちは……」

怪盗団の集まりですか、往来の多いこの場所でそれを訊くのは憚られた。来栖くんは察してくれて、ああ、と頷く。しかし、こんな場所で秘密の話をするには相応しくない。

「うちの学校の生徒会長が怪盗団のこと、探ってるの」

「……生徒会長が?」

「センコーの言いなりなんだよ、優等生ってやつだ」

「あたしたちは罪を暴いただけなのに」

学校ぐるみで隠ぺいしていたことだとしたら、怪盗団が何者なのかを特定しようと行動を起こすことは納得できる。きっと秀尽学園の関係者が一番怪しいと考えているはずだ。だがそれに生徒会長を使うとは、隠ぺいしていた人物はなんとも浅はかだ。どんなに優秀だとしても、たかが学生。できることに限度がある。

「つーわけで、ここに避難してきたんだ」

「それだけじゃねーけどな」

来栖くんの肩にひょっこりとモルガナが前足を乗せて現れた。その続きを来栖くんが引き継ぐ。

「実はこれからメメントスで改心した人間と会う約束をしているんだ」

「十中八九、マダラメの話を聞けるはずだぜ」

「班目……?」

先日、高巻さんの誘いでみんなで行った個展を開いていた芸術家の名だ。そうか、班目という人物には裏があったのか。となれば、あの場所の有無もアプリを使って確かめたということか。

「パレスが、あったんですね」

「……ああ」

「何か……、何か手伝えることは、あります……?」

真実が知りたかった。あの穏やかな顔の裏を、誰にでもあると自分で言ったことの事実が、どういうものなのかを。だが、興味本位ととられて軽蔑されてしまうのは怖かった。なので遠回しに提案することにしたのだ。
それに対してモルガナの反応は考えていたものと正反対で、ふふんと小さく鼻を鳴らしてわたしの肩に飛び乗ってきた。

「そりゃ都合がいい、セナにやってもらいたいことがあるんだ」

「本当に御守さんにお願いするのか?」

「オマエらが関係者に接触したら、足がつきやすいだろ。今だってセイトカイチョーとやらに怪しまれてるんだ。協力者がいるなら手伝ってもらわないと損だぞ」

モルガナの提案に対して反論はないが納得できずに来栖くんは苦い顔をしている。わたしのことを巻き込みたくないのか、そのあたりはよくわからない。しかし、これはわたしにとって有難いものだった。

「話を聞くだけでしょう?それくらいならわたしにも出来ます」

「だそうだぜ、目印は……」

「黒猫……モルガナだ」

拒否をしないわたしに諦めたのか、ため息とともに約束の内容を教えてくれた。そして、来栖くんは手を伸ばしてわたしの学生鞄を肩から抜き取り、自身の鞄と共に肩に背負う。どうやら持っていてくれるらしく、その顔を見るとなんとも依然として複雑な表情をしていた。

「ワガハイも一緒だ、心配するな」

その言葉はどちらに向けたものだったのか、わたしにはわからなかった。
(2018/9/13)

prev / back / next