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校庭で多数の学生がつかの間の休み時間を楽しんでいる。外の空気を吸いながら昼食をとるのがわたしの日課だ。教室内は閉塞的であまり好きではない。ベンチに腰掛け弁当箱を広げたがいいが、箸が進まないのはこの前のニュースのせいだ。心不全と報道されていたが本当だろうか。そもそも病死なのか。疑い始めると全てが嘘ようで、婚約破棄が行われたせいで殺されたのだとしたら……余計なことまで考えてしまい、口から出るのはため息ばかりだった。

「隣、いい?」

背後から声を掛けてきたのは、探偵王子の再来と言われているクラスメイトの明智吾郎くんだった。こうして一人でいると、たまに彼がやってくる。断る理由も特にないので承諾したが、何も持っていないところをみると昼食のためにここへ来たわけではなさそうだ。

「瀬那さんはテレビ観たかな」

「この前、明智くんが出たっていう番組です?」

「いや、班目一流斎の謝罪会見のこと」

クラスの女の子たちが言っていたので明智くんがテレビに出たことを知っていた。てっきりそのことかと思ったのだが、わたしはその番組を観ていなかったので感想を聞かれることがなくて少し安心する。
班目が個展最終日に号泣しながら自らの罪を告白した会見は、世間に衝撃を与えた。弟子たちへの虐待、盗作、贋作販売。違法行為の数々に警察も捜査を始めた。そして『怪盗団』と名乗る予告状の存在も報道されたのだ。やはり探偵として事件のことが気になるのだろう。

「観ましたよ。どこも同じニュースでしたので、嫌でも目につきますし」

「確かにね」

はは、と爽やかに笑う。こういう仕草が彼を王子と言わしめる理由だろうか。両腕を組み何か考え込んだあと、わたしを覗き込むようにして真剣な面持ちで問われた。

「……君は怪盗団のこと、どう思う?」

「どう、とは……」

「心を盗む、なんて本当にできるのかな。そもそも、人の心を無理やり捻じ曲げるなんて、人間がやっちゃけないことじゃない?」

明智くんが言うことは理解できる。その行いを続けると自分が人ではない、もっと高尚な存在であるかのように錯覚してしまうこともあるだろう。でも、わたしは怪盗団を知っている。彼らは一人ではなく、私情を挟まず、理不尽に抗うために怪盗団を結成したのだということを。

「そうですね、全く別人の心に変えてしまうのなら問題だと思います。他人の心を操って、自分の良いように扱ったり……」

自身の手を握りしめて、明智くんを見返す。わたしも今まで多くの理不尽を見てきた。直接的な言葉は使わずに、逆らえば生活を、地位を脅かすと匂わせる。周囲の人間は大抵がそれにしがみ付いている大人ばかりで、とても効果的だった。

「でも、それは怪盗団じゃなくても出来ることじゃないですか?権力や財力で言いなりにさせることもできますから」

「……なんだか特定の人物を指してるみたいな言い方だね」

「まさか、わたしがそのような力のある人間と知り合いだと思います?」

笑って誤魔化すが、以前婚約者がいたことを話していたので勘づいているかもしれない。もしくは、わたしに近づいた時点でもう……。その可能性もゼロではないが、彼はそうではないと思いたかった。

「まあ、そうだね。アルバイト、いつも忙しそうだし」

表向き納得してくれたが、顎に手を当てる仕草は探偵が推理をしているそれで、彼は抜け目なくわたしの失言を思い出しているのかもしれない。

「結論として、瀬那さんは怪盗に肯定的?」

「そうですね。抗えないことに苦しんでいる人を助けているのなら、居てくれた方がいいと思います」

そしていつか、わたしの心も盗んでくれればいい。この罪を告げることができるなら。自分から抗う勇気を持てないわたしには待つか、裁かれるかの選択肢しかない。
数秒見つめあっていたが、明智くんの細く長い指が視界に入った。指刺す先にはわたしの弁当箱に収められている黄色いもの。

「ねえ、それ、貰ってもいい?」

怪盗団の話は大した議論もせずに終わった。わたしの是非を聞きたかっただけなのか、またいつもの爽やかな笑顔に戻っていた。食欲もあまりなかったので代わりに食べてもらえるならありがたい。

「いいですよ。玉子焼き、好きなんですね」

「特別好きってわけじゃないよ、瀬那さんのが美味しいから」

以前にもこうして自分の弁当箱を差し出したことがあった。少し甘めの味付けが好みらしい。しかし明智くんは手を出そうとせず身を乗り出して軽く口を開けている。食べさせてくれないの?、とさも当たり前のように尋ねられた。手を汚さずに食べるにはわたしが握っている箸を使うしかない。食べやすいように玉子焼きを半分に切ってから、明智くんの口へ運ぶ。噛みしめるように咀嚼をし一つ分を食べ終わると、やっぱり美味しいと言ってくれた。

「明智くんは怪盗団を捕まえようと思っているんです?」

「前にルブランで会った検事の冴さん、覚えてる?彼女と協力して捜査し始めたところなんだ」

「そうですか……忙しくなりそうですね」

「有難いことにね。そういえば、その怪盗団についてのトーク番組があったんだけど、彼に会ったよ」

「来栖くんがテレビ局に?」

「社会見学だって。彼のおかげで有意義な議論が出来たから、瀬那さんからもお礼言っておいてくれるかな」

「わかりました」

怪盗と探偵。相容れない二人だからこそ分かり合える部分があるのだろうか。でも彼を信じすぎるのは危険だ。明智くんは探偵として怪盗団を追っている。日常生活で顔を合わせる機会が多いのだから、わたしも気を付けなければ。当の明智くんは眉根を寄せて、悔しそうに笑っていた。

「……彼ってだけで、わかっちゃうんだね」

「共通の知り合いが少ないですから」

「本当にそれだけ?」

わたしが知っている人間など限られている。ここの学校で社会見学はなかったのだから他校生で男性となれば、来栖くんか坂本くん、喜多川くんしかいない。わたしが知る限り、明智くんと面識があるのは来栖くんだけだ。何を疑う余地があるのか。

「まあ、いいや。友達と美味しいパンケーキ食べに行ったみたいだから、場所が聞けたら僕にも教えて」

今度一緒に行こう、そう言い残して席を立つ。短時間での聴取に社交辞令も忘れない、彼の世渡りの仕方は学ぶところが多い。
昼休みの時間もそれ程残されていない。弁当箱の中身は無理にでも食べて、午後の授業に戻ることにした。
(2018/11/3)

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