03
「ふぅ……とりあえず、今日から寝られそうですね」
「埃まみれの中でってことにならなくてよかった……」
二人で掃除をしたおかげか、日が完全に沈む前に寝床確保と大まかな埃取りができた。
掃除をするのは楽しい、何かを綺麗にするのは無心になれる。
粗大ごみと化していたソファも座っても服が汚れることはなくなった。
なぜか観葉植物もあり、これはわたしが少し世話をしていたのだが、水やりだけでは少し物足りなさそうなので今度栄養剤でも使ってみようかな。
それなりに片付いた部屋を見渡していたら、隣で同じく今日の成果を考えているらしい来栖くんを見上げた。
特に会話らしい会話をせずに黙々と掃除をしたわけだが、邪魔にならなかっただろうか。
視線を感じたのか、来栖くんと目が合った。
「ありがとう、助かった」
眼鏡の奥で穏やかにほほ笑む。
「こちらこそ。さっき、話を合わせてくださってありがとうございます」
来栖くんはさっき、とは何の事だろうと思っているらしい。
考えてる姿もまた様になるな、なんて思った。
「下で挨拶したときに、はじめてじゃないのにはじめましてって言ったことです」
ああ、と合点が言ったようだった。
「やっぱり駅前で会ったのは御守さんでよかったんだ。人違いかと思った」
「初対面じゃないことを惣治郎さんに説明しにくかったので・・・助かりました」
駅前で座り込んでいた、なんて心配の種でしかない。
できれば惣治郎さんにはそういうことで煩わせたくないのだ。
ここは穏やかで安心できる場所なのだから。
「嘘をつかせてしまってすみませんでした」
ぺこりと謝るわたしに対して、彼は焦ったように返した。
「そんな謝ることじゃない、むしろ掃除まで手伝って……だから気にしないで欲しい」
この人は怒ったりとかしないのだろうか。
その場の空気も読めるし、とにかく穏やかだ。
こちらも自然と緊張がゆるむ。
「ふふ、来栖くんはとてもいい人ですね」
来栖くんは驚いたようだった。
笑ったのは失礼だっただろうか。
しかし、そのあとふっと微笑んでくれた。
「御守さんもいい人だ」
心臓がぎゅっとした。
でも、笑顔は崩さない。
これは偽りの自分だから。
惣治郎さんのところで居候になるなら、優しくしておいた方がいいと思ったから。
そうすれば、惣治郎さんからもいい子だと思われるから。
そうだ、それが本当のわたし。
だから違う、あの時に声をかけてくれたのが嬉しかったから。
自分を気にかけてくれる誰かがいてくれたのが嬉しかったから。
そんな理由で手伝うなんて言ったんじゃない。
「……そんなことないですよ」
そういうわたしはうまく笑えていただろうか。
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