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双葉のオタカラはフタバ自身だった。ペルソナを持つものはパレスを持たない。その力を覚醒させた双葉のパレスは彼女が瀬那を連れて出て行った後、すぐに崩壊を始めた。飛び出すようにしてルブランの前に放り出された俺たちは、真の機転によって惣治郎さんを何とか誤魔化し、佐倉家へと急いだ。二階へ上がると、双葉の部屋の前で倒れている二人分の足が見えた。

「瀬那!!」

「あ、ちょっと、暁!?」

駆け寄り、抱き起こすも反応がない。冷や汗が流れる。嘘だ、パレスに居たときは何でもなかったのに。

「瀬那っ! 返事してくれ!」

ぐったりしたまま上がることのない瞼が不吉な想像を掻き立てた。視線を落とすと、隣に倒れている双葉もピクリとも動かない。

「そんな……」

「暁、大丈夫だから。二人ともちゃんと息してるから!」

「でも!」

「落ち着けって。とりあえず、ジョーカーの知り合いに医者がいたろ?」

「本当? 連絡……先、教えて。私が電話してみるわ」

医者……武見先生のことか。ポケットから携帯を取り出しロックを解除しようとするが、指が震えて何度か失敗してしまった。呆れて真が代わりに解除し、電話を掛けてくれる。状況を説明すると、こちらまで来てくれるとのことだ。

「とりあえず、床に寝かせたままにはできないから、双葉はベッドに運びましょう?」

「セナには悪いが、クッションだな」

はい、と双葉の部屋にあったクッションを見繕って真は俺に差し出す。それを受け取ると、彼女は双葉を抱きかかえようとしたが、流石に出来なかった。手際よく現状把握を行う姿を見ていて落ち着いてきた。一度クッションに瀬那を横たえて、俺は双葉をベッドに運んだ。真の言う通り、静かな呼吸が一定間隔で繰り返されている。廊下に戻り、瀬那を抱えて双葉の部屋の端に寝かせた。
間もなく、武見先生が来てくれた。白衣の下は丈の短いタイトワンピース、首には棘付きの革チョーカーというパンクな見た目に、真が驚いていたが腕は確かだ。双葉の部屋に案内すると、早々に未だ起きない二人の診察を始めた。

「往診なんて高くつくわよ?」

「値段は気にしない」

「あら、代わりに体で払ってくれるってわけ?」

「なっ!?」

真が調子はずれな声を上げるのをみて、先生は満足そうに冗談よ、と笑う。実際の所、俺の身体で行う治験を代償に怪盗団の活動に役立つアイテムを売ってくれるので、冗談でもない訳だが。本題が逸れてはいけないので、さっさと先を促した。

「それで、容体は?」

「脈も呼吸も体温も血圧も全て正常。瞳孔の対光反射も異常なし。原因は分からないけど、軽い昏迷状態になっているようね。二人とも同じ……、一体何をしたのかしら」

キャットアイが妖艶に笑う。原因を口にすることはできない。

「マスターの家の子、年の割に筋力が無いね。体力も、あまり無いんじゃない? 御守さんは前に見たときより、顔色いいわね」

「ということは、フタバは覚醒の反動が大きかったせいか」

「それじゃあ、御守さんはどうして?」

先生に聞こえないように小声で話す真の問に、モルガナも俺も答えなかった。お互い思う事があり、目を合わせただけに留まる。先生はすれ違いざま俺に、次の実験楽しみにしていると告げ、颯爽と去っていった。どうやら本当に身体で払うことになりそうだ。
流石に双葉も瀬那も起きない現状を惣治郎さんに黙ったままではいられない。事情は話せないが、ルブランに残ったままの竜司たちに連絡を取り、惣治郎さんをこちらへ連れてきてもらうように頼む。焦った様子の竜司たちとは正反対に、惣治郎さんはいつもと変わらず双葉の部屋へとやってきた。俺たちが家に居ることも、瀬那も床でぐったりしたままでいることにも触れずに、真っすぐ双葉の寝ているベッドサイドに腰掛けた。

「おい、双葉? おーい?」

反応に変化はなく、怪盗団は責任を感じて表情が暗い。ため息をつき、惣治郎さんは頭を掻いた。

「まいったな……」

「あの……、双葉の事なんですが……」

説明は真に任せてある。今の俺は冷静ではないから、と役目を買って出てくれた。リーダーだというのに情けない。

「ん? どうした死にそうな顔して」

「双葉が起きないので、武見先生に診てもらいました、それで……」

「ああ、これか。たまにこうなるんだ」

「へ?」

竜司の間抜けな声が張りつめていた空気を壊した。

「体力を使い果たしたんだろうな。電池切れみたいなもんだ。元々体力がないせいだろうな」

「なんだ、そりゃ……」

「一度こうなったら、数日はこのままだ。双葉は当分、寝かせておくわ」

予想外に穏やかな口調だった。それに竜司を始め、全員がほっと肩を撫でおろす。武見先生の診断の上、前例があるなら双葉は大丈夫なのだろう。それなら瀬那は……。 床に寝かせていた瀬那に、惣治郎さんは心配そうに視線を落とした。

「……瀬那ちゃんもそのままにしておけないだろ。別の部屋に布団敷いてやるから、暁、運んで来い」

「あ……はい」

俺たちを残して双葉の部屋を出ていく。大勢いても出来ることは何もないと判断し、怪盗団は一旦解散。みんなを見送った後、俺は瀬那を横抱きにして廊下に出ると、隣の部屋で惣治郎さんが顔を覗かせていた。室内は箪笥と段ボールが数個乱雑に置かれており、物置として使用しているらしい。

「床よりマシだろ。ちゃんと新しい布団だからな」

「すみません……」

「なんでお前が謝るんだよ。……俺は店閉めてくるから」

「わかりました」

頼んだぞ、と言うと惣治郎さんは部屋から出て軽く戸を閉めた。僅かに開いたままの隙間からモルガナが体を滑り込ませ、俺の横に並ぶと、顔色を窺うようにして重い口を開いた。

「ジョーカー、気づいたか?」

「……瀬那の瞳が、金色に光ってた。あの敵を、睨んだとき」

「ああ、パレスの主と同じ色だった」

「あれはペルソナの力なのか?」

「いや……ワガハイにもわからない。覚醒したようにも見えないしな」

確かにペルソナは現れていない。モルガナにわからないならお手上げだ。それとも見間違いだったのだろうか。俺もモルガナも、同じものを見たのに。

「またイセカイに連れて行くことがあったら、注意しておいた方がいいだろう」

そんなこと、もうないと祈りたい。考えただけで生きた心地がしない。

「それにしても、あんなに取り乱してるの初めてみたぜ。もう落ち着いたか?」

「まあ、一応。……ごめん、頭真っ白になって」

「気にすんな、それだけ心配だったってことだろ?」

心配……、確かにそうだ。ペルソナを覚醒させた双葉の様子を見に階段を上がったときに、人が倒れているのに気づいて。あの時、俺の目には瀬那しか映らなかった。いつもに増して肌が白くて、血が通ってないようだった。本当に、取り返しのつかない事態になったのかと、思った。
俺は怪盗団として双葉を改心させるために行動したのに、全てを投げ出していた。あの場にいたのが、モルガナと真だけでよかった。リーダーらしからぬ行動だったが、あの二人なら吹聴することもない。一つため息をつくと、モルガナが立ち上がり俺に背を向けた。

「ワガハイはフタバを見てくる。ジョーカーはセナの側にいてやれ」

「頼んだ」

入ってきたときと同じようにして、するりと戸の隙間から出て行った。モルガナなりに気を利かせてくれたらしい。

「……瀬那」

いつもなら名前を呼べば微笑んでくれるのに、今はぴくりとも動かない。僅かに掛けた布団が上下しているが、それすらも錯覚なのではないか。恐る恐る彼女の頬に触れる。柔らかな感触、指先から感じる温もりに安堵した。
取り乱した理由、モルガナは気づかないふりをしてくれたのだと思う。金城の根城に行った日、俺の部屋で心配されるのは慣れていないから、と戸惑いを口にしていた。心配するなんて当たり前だと思っていた。彼女も友達で仲間だから。でもそうじゃなかった。あの夜、彼女が月明かりに照らされて、綺麗に微笑んだのを見てしまってから……いや、本当はずっと前から誤魔化し続けていたのかもしれない。
誰も自分を信じてくれない、そう諦めていた。そして彼女に出会った。俺のことを知らないのはわかっていたが、ありがとう、と言ってくれた。それだけで救われたのだ。全てを知っても変わらずに、信じると言ってくれた。最初は世の中に疎い変わった女の子だと思っていたのに。
それが徐々にその仕草に心乱され始めた。何故困ったように笑うのか、距離を置いて接するのか。たまに恥ずかしそうに微笑むのが本当の彼女だとしたら。しかし、その顔はすぐに消えてしまう。仮面を張り付けるかのように。いっそその仮面が剥がしてしまえば……盗むという方が怪盗らしいか。
前科がある俺がいつまでも彼女の隣に居られるなんて思っていない。だから彼女がいつでも心から笑えるように出来るのならば、それで十分だ。

「それで……いい」

例え冤罪だとしても、一度付いてしまえば消えることはない。この気持ちは、伝えることはないだろう。
(2019/4/14)

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