05


嫌な予感がしたのだ。
何かに巻き込まれているのではないか、と。
それが自分がらみのことでなければいいなと思った。
転校後すぐに居心地の悪いことになっていたら。
予想は少なからず当たっていた。

わたしは学校が終わってすぐに秀尽学園に向かった。
来栖くんに会いに行ったわけではないので、校門近くの自販機で休憩しているフリをすることにした。
少し視線を感じるけれど、わたしなんかよりも先日転校してきた生徒の噂に秀尽学園の生徒は夢中の様だ。
前科がどうとか、暴力がどうとか。
転校生とは来栖くんのことだろうが、その内容が本当に来栖くんのことなのか疑わしいことこの上ない。
その中に混じって、カモシダ?という名前も聞こえた。
どうやら先生のようらしい。
ここに来たのは自意識過剰だったが、何かに巻き込まれているのは事実のようだ。

見つかる前に立ち去ろうかとしたところに、来栖くんともう一人金髪の男の子が校門から出てきた。
何か切羽詰まっているように見えたが気のせいだろうか。
二人は真っすぐ進んだ路地裏へ入っていった。
そしてその後を、先日彼と一緒にいた女の子がゆっくりと追いかけて行った。
とっさにわたしも後を追ってしまった。
路地裏を覗くと誰もいない。
どこかへ行くにしてもそんな時間はなかったはずだ。
思案していると目の前の空間が水面の波紋の様に歪んだ。
咄嗟に影に隠れる。
すると突然何もない空間から先程の女の子が現れた。

「何なのよ、もう!絶対に説明させてやるんだから!」

何やら憤慨している。
しかしどうやったら別空間へ行けるかわからないようだ。
少しの間動きがなかったが、思いついたようにポケットからスマホを取り出し話しかけだした。

「鴨志田、学校、……城」

『なびげーしょんヲカイシシマス』

途端に視界が揺れる。
足元が覚束ない。
辺りから学生の声が消える。

空気が変わったのがわかった。
禍々しい雰囲気で少し息苦しい。
日中だったはずなのに空は暗く、薄い赤のフィルターがかかっているようだった。
そして学校があった場所にお城が立っていた。
何がどうなっているのか、全く思考が追い付かない。

「ここ、さっきんとこだ……え!?」

女の子と視線が交わった。
わたしと彼女を遮っていたものがなくなっている。

「ええと……こんにちは、こんばんは?」

「こ、こんにちはって違う違う!……あれ、あなた、前にビッグ・バンバーガーで会った……」

わたしよりも幾分か背が高い彼女は前かがみになって顔をまじまじと覗かれた。
全体的に色素が薄く大人っぽい、同性にも関わらずその整った顔に見惚れてしまう。

「見ない顔だと思ったけど、他校生だったのね」

そういえば前に会った時と違って今は学校の制服だ。
秀尽の黒を基調としたものではなく、ベージュの落ち着いたデザインをしている。

「それにしても、どうして秀尽にいるの?」

「ええっと……何か悪い事に巻き込まれてるような気がして、心配で……」

それ以上言えることはなかった。
秀尽高校まで来たのは本当に勘だけだったからだ。
しかし、わたしが考えていた最悪の問題ではなかったようだ。
これはもっと不可思議でただの人間が出来る事の範疇を超えている。

「心配って来栖くんが?」

わたしは首を縦に振った。

「そう、じゃああなたもこの中に入りたいってことね」

「そうなりますね」

「一人より二人の方が心強いわ、わたしは高巻杏よ」

「御守瀬那です、よろしくお願いします」

控えめにお辞儀をする。
それを見て彼女の薄めの唇が弧を描くが、その中に得体の知れないものへの恐怖が混じっていた。

「ってか何なのこのアプリ?」

そういって彼女は怪訝な顔でスマホを見る。
わたしもそれを横目で見てみると赤と黒で瞳のようなアイコンが表示されていた。
得体の知れない不気味な絵柄だった。

「これで坂本の言ってた言葉、言っただけで、こんな……」

「姫!?」

前方からガシャガシャと金属の擦れる音が聞こえた。
それと同時にバタバタと数人の足音。
スマホに視線を落としていたわたしたちはそれが迫っていることに気付くのが遅れた。

「ん?」

「姫ー!」

わたしは咄嗟に高巻さんの前に出る。
それは中世風の甲冑に身を包み人間にしては不自然な逆三角形の出で立ち。
そして両手には剣と盾を携えていた。
人間とは呼びにくいそれは三体、真っすぐに高巻さんの元へ走ってきた。

「姫って何!?」

「わかりません!でも狙われてるのは高巻さんです!」

「ええ!?」

逃げ場がない後ろに下がっては、きっとこの空間から出てしまう。
それではここに来た意味がなくなる。
高巻さんを捕えようと甲冑の手が伸びてきた。
とっさに彼女の体を突き飛ばしたが、もう一つの手が背後から迫っていた。

「邪魔をするな賊め!」

「っ!?御守さん!!」

無遠慮に両手ごと拘束され抵抗しようにも身動きが取れない。
相手の力が強すぎて足が宙に浮いてしまって、何とか呼吸ができるが苦しい。
他の二体が彼女に迫っている、このままじゃダメだ。
二人とも捕まってしまう。
ギリギリと締め上げられ意識が遠くなっていく。

「う……たかま、にげ……ぐっ」

「御守さんを離して!!」

わたしなど囮にして欲しかった。
しかし高巻さんはこちらに向かってくる。
わたしなんかの……ため……。

「――きゃあああ!!」

真っ暗な視界の先に聞こえたのは彼女の悲鳴だった。
(2018/6/24)

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