06


遠くで声が聞こえる。
男女の声。
女の子の方は知っている、高巻杏さん。
もう一人の男は誰だ。
聞いたことがない、ねっとりとした下品な笑い方だ。
高巻さんと言い合いをしているのか。
両腕が痛い。
体も足も動かない。
視界は自分の足元を移すので手一杯だった。

「シャレになってないっての!ふざけんな、鴨志田ッ!!」

……かもしだ?
それは秀尽高校の前で生徒たちの話題になっていた人物の一人だったはず。
確か先生と敬称がついていた気がする。
そんな人もこの亜空間にいるのか?

「俺様に意見してるぞ?どう思う?」

「くちごたえ、なんて……ゆるしちゃ、だめ……です……」

高巻さんと同じ声が聞こえた。
感情のない、ただ台本に書かれているのを発しているだけの声。

「……というわけで、処刑だな」

処刑?今の時代に?
状況が全くつかめない。
重たい頭をゆっくりとあげる。
目の前にはわたしたちを捕えた甲冑が三体、剣を構えて囲んでいた。
その後ろに下着姿の男女が立っている。
下着に赤いマントと頭に王冠、まさに裸の王様の様だった。
いい大人がその格好をしていると滑稽を通り越して不気味だ。
この人物が、鴨志田?
全く教師に似つかわしくない、恰好もそうだが雰囲気すらも。
目を疑ったのはその隣に立つ人物だ。
高巻さんと同じ顔と姿で……着衣が下着なのは何故?
先程喋っていたのはこっちの高巻さんだったのか。
顔を合わせてみると、まるで人形のようだ。

「お?お仲間もやっと目を覚ましたようだなぁ」

「御守さんっ、大丈夫!?」

「……はい、なんとかまだ生きてます」

わたしと同じように貼り付けにされているもう一人の高巻さんがいた。
こちらの彼女が本物だ、気を失う前と同じく秀尽高校の制服を着ている。
この状況でもわたしを心配してくれるなんて。
知り合ったばかりなのに、優しい人だ。

「さて、どうやって遊ぼうかな?バラバラに解体しちゃおっか?

「マジなの……?」

金色のギラギラした瞳がわたしたちを値踏みするかのように熟視する。
気持ちの悪い視線だった。
どうやって逃げ出そう。
せめて高巻さんだけでも。
拘束を解こうとするも体に力が入らず、手首を動かすだけでやっとだ。
自分の無力さを実感せざるを得ない。
やはりわたしにあるのはこの体だけだ。

「やめて……こわい、殺さないで……っ」

「御守さ、ん?」

相手の嗜虐心を煽るため、出来るだけか弱くか細く今にも泣きそうな自分を演じる。
余計な力が入らないおかげで自然な震えが起こった。

「お前、いいなぁ……可愛がったら良い声で鳴きそうだ」

上手く高巻さんからわたしへ目標が移った。
甲冑の剣がわたしの首へと向けられる。
これで少し時間が稼げるといいのだが。

「……い、やぁ」

「ふははは、いいなぁ!これだよ、これ、お前も見習えよ?」

そういって高巻さんを睨みつけた。
顎に冷たい感覚が走り、上を向かされる。
ピリッとした痛みと甲冑の無表情な仮面への得体の知れない恐怖がわたしがまだ生きていることを教えてくれる。

「だめ!鴨志田!!」

まだ会話を続けて時間を稼ぐことはできるのか。
どうやって切り出そうかと考えていると、鴨志田よりも奥に黒い影が三つ動いているのが見えた。

「高巻!……と誰だ?」

「御守さん!?」

今度は男の子の声が聞こえた。
最近知り合ったばかりの男の子の声。
鴨志田は来栖くんと派手な金髪の男の子と、もう一つ小さい猫のような生き物の方へ振り返る。

「これから、お楽しみってときに……」

「こいつなんなの……!?ねえ、御守さんから離れなさいよ!」

剣はわたしに向けられたまま動かない。
自身の首を何かが流れ伝っていく感覚がはっきりとわかった。
金髪の少年がギリっとにらみつけるのを、鴨志田は呆れたように見返している。

「テメエ……!」

「……何回、来るんだよ」

それだけ言うとまたこちらに首だけ向ける。
わたしではなく、高巻さんにその視線は向けられていた。

「どうせお前たちも、そこの賊どもと同じだろ?俺様に文句があってきたんだよなぁ?けど、えっと……名前、忘れたけど、あいつ飛び降りたのお前のせいだからな?」

「……え?」

「お前が相手してくれないから、代わりしてもらったんだよ」

「志帆……まさか、あの電話のあと……」

飛び降りた?
もしかして、高巻さんが鴨志田に反発している理由は……。
今の発言はこの亜空間ではなく現実で起こったことなのだろう。
彼女の友人と思われる人物はこの目の前の教師によって心身共に傷つけられた、ということか。
残されていた残り二体の甲冑が高巻さんに剣を向ける。

「……ッ!」

すぐに金髪の少年が助けるために駆け寄ろうとする。

「やめろっ!!」

「それ以上、動いたら即、殺す」

「くっそ……!」

「お前らも観ていけよ、解体ショー」

「やだ!やめて!」

その様子に性的興奮を感じたのか、恰好つけていた顔を歪めて厭らしい目つきで高巻さんを見つめた。
人形の高巻さんは感情のない声でただ鴨志田に同意するだけだ。

「まずは服からバラしちゃおうかな?」

「やだぁせぇぇんせぇい……どエロすぎぃ!」

「お、おい、どうすりゃいいんだよ!?」

甲冑が少しずつ距離を詰めた。
切っ先が高巻さんのインナーに当たり下に降ろされていく。
それを見下ろして彼女の表情がだんだんと諦めに変わっていった。

「高巻ぃ!!」

「はは……は……これさ……天罰かな?志帆の……」

「最初から、そういう顔してりゃいいんだよ」

「志帆……ごめん……」

今にも高巻さんの瞳から後悔が溢れそうだった。
思考はクリアなのに体が言うことを聞かない。
彼女を勇気づけるためにわたしは必死に笑顔を作る。
本当はその涙を零れる前に拭いたかった。

「だめ……泣いちゃ、だめ……です」

「……御守さん」

「また言いなりか?」

「え……?」

来栖くんの凛と力強い声が聞こえる。
自分に向けられたものではないのにはっとした。
胸が締め付けられているようで痛い。

「諦めるな、借りを返そう。鈴井さんの分も……友達なんだろう!たった一人の!」

「っ!?……中学の頃からそうだった、クラスで浮いてたわたしに話しかけてくれたのは志帆だけ」

ぐっと涙を堪え、その子を思い出しているようだった。
高巻さんの独白に既視感を感じる。
薄い茶色で少し長めのいつも物腰柔らかな彼が頭によぎった。

「けど……その志帆をあんな目に……許せない!」

先程とは違う、確固とした意志の宿った瞳で鴨志田を睨み返した。
そこにはもう涙はなかった。

「そうだよ、こんな屑に言われっぱなしで黙ってるなんて!!――は、ぐ……っ」

「……たかまき、さん?」

突然彼女は苦しみだした。
天を見上げて絶叫をあげる。
鴨志田と同じ金色に変わった瞳に一瞬ぞくりと肌が粟立つ。
目の前の男もその声に戸惑っているようだ。
甲冑たちも一歩わたしたちから離れ、その様子を伺っている。
がくっと頭を落とし、誰かに話しかけているのか声は聞き取れなかった。
次の瞬間上げた顔には赤い動物を模した仮面をつけた高巻さんが、そこにいた。

「わかった!もう我慢しない!!」

彼女の拘束は青い炎によって破壊されその身は自由になる。
そうして当たり前のようにその仮面に手をかけ、張り付いているかのようなそれを力いっぱい剥がした。
その下は血で真っ赤に染まっていた。
一瞬青い光に包まれ、その後に現れたのは赤いボディスーツを身に纏う高巻さんと真っ赤なフラメンコ風のドレスを纏った何かだった。
わたしは瞬きしかできない、一体何が起こっているというのか。
ふぅと息を吐くと、高巻さんは甲冑へ駆けていく。
構えている剣を蹴り上げ、人間離れした跳躍で相手の頭上を越える。
空中でその剣を手に取ると人形の自分自身を真っ二つに叩き切った。
高巻さんだった人形は黒い炭のようになって霧散していく。

「わたし、あんたなんかが好きにできるほど、お安い女じゃないから」

「こいつっ!?」

「志帆から全部、奪って……踏みにじった……あんたは許さない!あんたの全てを奪ってやる!」

目に見えて鴨志田は狼狽していた。
まさかの反撃だったのだろう。
高巻さんは他の三人と合流し、その人差し指を突き刺して宣戦布告する。
わたしは依然として拘束されたままだ。
しかし奴らの意識はあちらの四人へ向いている、このまま大人しくしていれば来栖くんが助けてくれると確信していた。
彼がわたしを見て力強くうなずいてくれたから。
(2018/6/25)

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