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空腹で皆が戻ってきて昼食を取ることになった。何を食べるか相談している間、ごそごそと双葉ちゃんが鞄から取り出したのは、いつも食べているカップ焼きそば。こんなところでお湯を貰うことができるのか、疑問がよぎったが、しっかりと携帯用ポットも持って来ていた。その計画性に関心してしまう。
坂本くんと新島さんを手伝う形で、わたしも買い物に付き合った。シートの上には、たこ焼き、焼きとうもろこし、イカ焼き、フランクフルト、ラーメン、かき氷と多種多様な食べ物が並べられる。人数が多いとこういった頼み方をしても残すことがない。一つの楽しみ方だ。喜多川くんが感嘆の声を上げた。

「ありふれた味なのに、なんでこんなに上手いんだ」

「真、あんま食ってねえじゃん」

「あ、うん……」

「もしかして具合、悪いとか?」

新島さんにしては遠慮がちな返答だったので、さらに心配になったらしい。

「わかってねえなあ、リュージ。女子は水着のときは、少しでも細く見せたいもんだ。でも、気にし過ぎだぞ。朝飯はちゃんと食ったか?」

「モナ、デリカシー皆無」

双葉ちゃんに咎められているが、どうしてモルガナは女の子のことに詳しいのか。普通にご飯を食べてしまった。しかし元々が小食のため、たかが知れている。

「で、この後どうする? ビーチバレーでもやるか?」

「あーごめん、竜司。今から女子だけでバナナボート乗る約束してるから」

「瀬那もか?」

バナナボートとはなんだろう? あの果物のバナナに乗るのだろうか。食べ物を買いに行ったときに人が乗れる黄色いものがあった気がする。

「泳げないから無理だろ、危ない」

どうやら海で乗るらしい。双葉ちゃんが制止する理由はそれだった。

「というか、三人乗りで、ひとつしか借りられなくて……御守さん、ごめんね」

「わたしは午後も留守番です」

気に掛けてくれただけでも嬉しい。首を振って、皆に楽しんでもらえるように自分から名乗り出た。聞き間違いでなければ新島さんは、三人、と言った。

「……それじゃあ、俺らは?」

「お宝は盗めても、女の子のハートは盗めそうにないから、竜司たちも荷物番」

「そ、そんな……アン殿……」

今回も連れて行ってもらえないことが判明したモルガナの声が震えている。双葉ちゃんは聞かなかったことにして、膝を折って乗っていた椅子からすくっと立ち、片手の人差し指と中指だけを額に当てた。どこかの戦隊もののようだ。

「じゃあ、瀬那、行ってくる!」

「気を付けてくださいね」

「終わったら交代するって。よろしくー!」

弾んだ声だけを残して三人はいなくなった。

「クソッ……あいつら、俺らのスゴさを分かってねえ。命かけて怪盗やってんだ。もっと現実でいい思いしていいんじゃねーの!?」

「まあ……言われてみればそうかもな」

「祐介もそう思うよな!」

わたしだけ場違いだ。話しに割り込む気もなかったので、買ってきたかき氷を口に含む。大分溶けてしまったが、シロップが全体に行き渡って甘い。

「杏たちは、俺らの近くにいすぎて分かってねえんだよ」

「おい、どうすればアン殿に怪盗の凄さを知ってもらえるんだ?」

「そりゃ、盗むしかねえだろ……」

現実世界でもオタカラを盗むのだろうか。それでは本当に犯罪になってしまう。疑問を解決してくれたのは、暁くんだった。

「ハート?」

「杏にバカにされたからな。見返してやろうぜ?」

「なるほど、現実でもワガハイのテクを証明すれば……」

「怪盗で磨いたテクニックで、盗みまくってやろうぜ! 俺らのオーラなら、あっという間に女にモテモテだろ!」

「いいだろう、やってやる。現実での仕事も悪くない」

意気投合し、団結した二人が顔を見合わせ強く頷く。食後の予定は無事に決まった。

「そういうワケで……モナ、荷物番頼むな?」

「は?」

てっきり一緒に行くものだと坂本くん以外、全員が疑問符を出す。もう一人だけ冷静に聞いていた人間がいた。前髪を弄っていた手をすっ、と挙げて発言したのは、暁くんだった。

「竜司、俺も残る」

「なんでだよ!?」

「俺、そういうの興味ないし」

一瞬横目で見られた。午前中のことは大事にしたくなくて黙っていてもらっている。また同じようなことが起こったらと考えているに違いない。

「……あーはいはい、モテる男はいいよな。行こうぜ、祐介」

どこまでいってしまうかわからない二人だったが、一緒に行動にすればきちんと帰ってこられるだろうか。お目付け役がいた方がいいような気もする。

「今度は起きてるので、大丈夫ですよ。モルガナも行ってきてください」

「いや、そういう問題じゃないと思う……」

「ワガハイももういい、セナと居る」

若干の呆れと、拗ねた二人に挟まれて、午後も退屈せずに済みそうだった。昼食を並べていた敷物は荷物だけになり、広々とした上に二人と一匹、パラソルの下に並ぶ。流石に毛皮がある小動物には浜辺は暑そうだ。うつ伏せで手足も伸ばして緊張感のない顔をしていた。人差し指で頭を掻くと瞬きをしていた瞳が閉じたままになる。モルガナに構ってもらっていると、控えめに声を掛けられ足を伸ばして座る暁くんに視線を移した。

「あのさ、それ、脱がないの?」

指すものはわたし、ではなく幾分か下……わたしが着ている羽織もの。

「変です? 肌触りいいんですよ」

「変ではないけど、暑くない?」

「はい、問題ありません」

日向に出たときは暑かったけれど、羽織っていてもいなくても度合は一緒だ。それなら直接日に当たらない方がいい。至極当たり前な回答をしたつもりなのだが、暁くんは難しい顔になった。

「ジョーカー、諦めろ。遠回しに言ってもセナには通じないぞ」

寝ていると思ったモルガナが口を挟み、瞳を開けることなくそっぽを向いた。先程の質問には別に本意があるという。海にきたときから熱中症の心配をされていたから、そのことだろうか。あとは……あとは? 考え込んでいるわたしの羽織ものの端を、暁くんは少しだけつまんだ。

「……これの下が見たい」

「え?」

「どんなの着てるか見たいんだけど……だめ?」

「見せられるような、ものではありません」

「そんなことない、俺は見たい」

「……今、だけ……ですよ」

真顔で少しずつ詰め寄られ、耐え切れなくなって要求を飲むことにした。本当に了承が得られるとは思っていなかったのか、暁くんも少し驚いている。羽織ものの丈が大腿の中間まであるので、立ち膝で裾に手を掛ける。両腕を上げて、ゆっくりを首を通す。着ていた布がぱさりと敷物の上に広がった。
白い布の下は薄いピンク地に赤い小花が咲いた後ろの丈が長いチュニックのような水着だ。胸の中間が開いており、鎖骨にかけて交差し、首の後ろで存在感のある大き目のリボン結びがされている。腹部の部分がくり抜きされ少しだけ肌が見えているデザインなのは、高巻さんに十代なんだからお腹は出さなきゃ、と押しに押された結果だった。

「あの、何か言って……くれませんか?」

無言でまじまじと見られては、どうしていいのかわからない。やはり変だっただろうか。顔を覆っているうちに、暁くんはわたしの視界から消えていた。疑問に思ったとき、背中に一筋の軽い刺激が走った。

「……っん、ぁ、――?!」

身体が一瞬反応し、酷い声が出た。咄嗟に両手で口を押える。振り向くと耳まで真っ赤になった暁くんも口元を押さえていた。

「ご、ごめ……なんか、変な痕があったから、つい」

油断していた。大き目のリボンで隠せると思っていたのだ。脱がなければよかった。深く問われる前にいそいそと羽織ものを見に付けようと、手に取る。

「気にしないでください。変なもの見せてすみません」

「変じゃない! 変じゃない、けど……着てたほうがいい」

羽織を掴んでいた手を彼が止めた。わたしを見つめたまま。

「誰にも見せたくない……から」

何を言っているのか理解が追い付かない。何度も反復して噛み砕いても、ただ息が苦しいだけ。

「暑いんだから、あんまいちゃつくんじゃねーよ……海でも入って熱冷ましてこい」

そんなつもりは毛頭ない。ただの感想であって、わたしだけが特別なわけではない。明智くんにだって何度も言われたことがあるではないか。それなのに……。きっと海のせいだ。気温と直射日光が平常心を溶かしているに違いない。泳げないことでこんな弊害が出るとは思わなかった。

「うん、杏の借りて行こう」

ここに来た時に持っていたピンクの縞模様の浮き輪。それを手に、羽織を着るように言われ従った。

「ごめん、モルガナ」

「貸しにしといてやる」

手を引かれ、パラソルの下から日向へ連れ出され、眩しくて自由な方の手で太陽光を遮る。振り返ると、まるで手を振るかのように尻尾をぱたぱた振る黒猫が一匹、残されていた。暁くんはまっすぐに海辺を向かっている。

「泳げなくても、浮き輪に乗れば海に入れるから」

「乗る?」

「うん、ここに座って、俺が引っ張る」

真ん中にぽっかり空いている穴を指した。波間に浮かんでふらふらしている様はあまりにも頼りなくて、人の重さでは沈んでしまいそうだ。浮き輪を掴んでわたしが乗るのを今かと暁くんが期待の眼差しで見ているので、意を決して後ろから座り込むと海水の冷たさと不思議な浮遊感に襲われた。思わず立ち上がるところだったが、彼は容赦なく沖合いへ浮き輪を引いていくのだ。波と引く力とのバランスを取らなければ転覆してしまう。

「どう? 海に浮くの」

「……不思議な感じです」

浮き輪に両腕を乗せ、前のめりになっているのは、喧騒にかき消されないためと目線を合わせるためだ。水面から考えるにわたしの足がつくくらいの深さ。周囲にはシュノーケルを付けて潜ったり、魚の形の浮き輪に乗っていたり、海を楽しんでいる人がたくさんいる。皆が楽しむために来る場所にわたしが入り込んでいるなんて、違和感しかない。陽の下は絶望的に似合わないのだ。

「怖い?」

顔に影が差したのが、海のせいだと思ったらしい。この手足についた枷があっても、こうしていられるのは。

「大丈夫です、暁くんがいますから」

「そ、っか……、よかったーーいっ!」

水色の大きな球体が彼の後頭部に当たって垂直に跳んだあと、わたしの手元に落ちてきた。なぜ、ビーチボールが……間違って跳んでくるにしても浜辺からは距離がある。飛んできた方、暁くんの背後を見ると、思い通りに当てられたことを喜んでいる坂本くんと高巻さんがいた。

「なぁに抜け駆けしていい雰囲気になってんだよ!」

「瀬那を変な目で見たらダメだかんね!」

「……何で竜司と杏が一緒にいるんだ」

各々大声を上げているが、幸いなのは周囲も騒がしいため注目されないことだ。それでも暁くんは頭を抱えて項垂れている。モルガナと言い、そういう目で見られるのは本意ではない。ただ、見ているだけで終わるはずだった一日をこうして連れ出してくれたこと、ひと時でも楽しめたこと感謝している。

「皆のところに戻りましょうか」

そうしようか、と苦笑交じりに彼は言った。
(2019/6/8)

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