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データ解析が無事に完了したと連絡を受けて真っすぐ佐倉家を訪れると、双葉ちゃんの隣にモルガナの姿があった。昨日とは違いいつもの調子に戻っているようで、凛々しい顔でわたしを迎えてくれた。さっそく持ち出し用のノートパソコンを差し出され、その画面に目を通す。
検事さんは廃人化と精神暴走の二つの連続事件のうち、明らかに事故や病気でない『不審なもの』を抜き出していた。ずらっと並べられた日付と被害者、事件概要。それらの共通点として、過半数の事件で大きな利益を得る立場にあった存在があると特定していた。株式会社『オクムラフーズ』、およびその代表取締役社長、奥村邦和。競合他社の不祥事や重役の不審死など、不自然な棚ぼたが多いとのこと。そういえば奥村社長に不信感を抱いていた社員が解雇されたらしいという話も、アルバイト先で聞いたことがあった。

「『オクムラフーズ』って、ビッグバン・バーガーの会社だよな?」

「そうです」

「セナのバイト先か。敵は意外に身近にいたってことだな」

「パレスがあるかだけでも探ってみるか」

「なら、キーワードからだな」

検事さんの捜査能力は確かだった。事件が起こり始めた時期も推測されており、その二年前から抜き出されている。被害者の名前から勤め先まで。連なる企業、宗教、多数の産業団体。どれも見慣れた固有名詞だ。奥村社長は政界進出を目論んでいるらしい。競合他社を貶める線もあるとは思うが、そのほうがしっくりくる。
こんなもの、見る機会がある場所はひとつだけだ。あまりにも一致していて、全てが憶測だが悪い方へ考えてしまう。本当に、得をするのは『オクムラフーズ』だけなのか。もし出馬するとして、その後ろ盾はどこの政党で誰がするのか。

「『歪み』のキーワード、思いつくものあるか? ……瀬那?」

「あ、はい!」

「オクムラにパレスはあるみたいだぜ、あと一個だ」

「あーっ、奥村は本社ビルを何だと思ってるんだ!」

髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしり、双葉ちゃんが椅子の上で仰け反る。奥村社長がハンバーガー店の経営を行う本社を歪みの場所として考えているのなら。

「……ビッグバン」

「会社の名前? 宇宙最初の大爆発か?」

『ひっとシマシタ』

「マジか?!」

「でかした、セナ!」

かざされた携帯には赤い画面に『奥村邦和』『本社ビル』『宇宙』と三つ並んでいた。これで皆が帰ってきたあとも、手間取らずにパレスへ行ける。すると携帯を置き、その両手のひらをわたしへ掲げた。満面の笑みが輝いている。

「ほら、瀬那も」

「こう、です?」

言われるがまま同じように手のひらを控えめに掲げると、力強くわたしの手と自身の手を合わせた。ぱんっ、と気持ちのいい音が鳴る。隣にいたモルガナにも要求し、たじたじと差し出した肉球に片手を合わせていた。

「んじゃ、私は引き続き『オクムラフーズ』を探ってみる」

「あ、その前に、新島さんに渡したデータを盗めるもの、まだありますか?」

「あるにはあるが、何に使うんだ?」

「……少し思い当たることがありまして」

「まあ、瀬那は悪用しないだろうから……っと、はい、これな」

そもそも勝手にデータを盗むこと自体がどうなのだ。しかし、これは言ってはいけない話だ。机の中からUSBを取りだし、それをパソコンに挿すだけでオッケー、簡単だろ、と眼鏡をわざとらしく上げて、椅子を反転させた。今日はもうパソコンから戻ってこなさそうだ。まだ何かしこりがあるらしく、双葉ちゃんと会わせた前足を複雑そうに見返すモルガナが気になった。その小さな身体を抱き上げて、ベッドに座り直す。

「な、なんだ?」

「わたしにも」

片手のひらを広げるとゆっくりとモルガナの前足が重ねられた。柔らかな肉球が触れ、包み込むように握りしめた。

「素性の知れないわたしのこと疑っていたのに受け入れてくれて、ありがとうございます」

「……気づかれてたか」

「当たり前の対応です。弱みは知られないことに越したことありません」

「怪盗団はセナに助けられてる。ワガハイの目は節穴だったな」

「いいえ、モルガナは間違っていないです」

「そうかな」

「そうです。怪盗団として活動出来ているのは、モルガナが暁くんを見つけたのが始まりでしょう?」

イセカイについて一番詳しいのはモルガナだ。記憶がないため、手探りでイセカイの中を進んではいるが、モルガナの助言がなければ改心なんて出来ていないだろう。それは怪盗団、全員が集う理由もなくなってしまうということだ。それは今もずっと囚われたままだということ。

「セナ……、これからも、ジョーカーを支えてやってくれ」

毛並みのいい背中を撫でていた手が止まった。不思議に思ったのか、青い双眸が見上げてくる。

「それは、モナの役目です」

喉を掻くとごろごろと鳴らした。猫扱いは嫌だというが、これはされるのが好きなようだ。イセカイの中だけでなく、現実世界でも一番そばで力になれるのはわたしではない。モルガナの目は確かなのだ。どうかこの先、何かがあれば、迷わずわたしを切り捨てて欲しい。それが出来るのはモルガナだけだ。

「あの、モルガナにもお願いがあるんですが」

「なんだ?」

「鍵開けの仕方、教えてください」

「……は?」

「どうしても必要なんです」

「訳は聞いても話してくれそうにないな、仕方ねえ、ジョーカーの部屋行くぞ」

床へ飛び降り、上に伸びた尻尾を追って佐倉家を後にする。部屋の主がいないため不思議そうにしている惣治郎さんを誤魔化して、自分で作ったキーピックを使いモルガナに教わった。手際はそこまでよくはないかもしれないが、多分部屋の鍵くらいなら開けることはできそうだ。




その夜も街並みや、ビッグバン・バーガーの写真が送られてきた。ハワイにも店舗があるだなんて知らなかった。……日本でも食べられるのに、という疑問は閉まっておこう。新島さんと喜多川くんまで写っているものがあった。鴨志田事件による引率教師の不足と、洸星高校は悪天候のため急遽行き先が変更になったそうだ。偶然にしても出来過ぎている。

『次は瀬那とも一緒に見たい』

綺麗な橙色に染まった空と海の景色。写真でそう思うのだから、実際に見ることができるのならもっと感動するのだと思う。

わたし――。

そこで画面を叩く指が止まった。文字にしてしまっては誤魔化せない。わたしの本心が、欲が、曝されてしまう。ただただそれが恐ろしくて、入力した全ての文字を削除し携帯を放り投げて、寝床へもぐり込んだ。
(2019/7/20)

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