08


昨日はあのまま布団に倒れ込むようにして寝てしまった。目覚ましを掛けるのを忘れたがいつもの時間に自然と目が覚めた。自分の体内時計を褒めてあげたい。
武見先生のおかげで身体のだるさはほぼ消えていた。学校には問題なく行けそうだ。身支度を整えて携帯を見るとメッセージがきていた。来栖くんから、わたし個人宛だ。業務連絡以外で携帯のランプが光る、ただそれだけで嬉しくて笑みがこぼれた。

『昨日の今日だから、迎えに行く』

さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ない。慌ててお断りの返信をしたが、もう家の前に来ているらしい。届いたことに気づいたのも遅かったし、そろそろ家を出なければ遅刻してしまう。来栖くんも待っている、学生鞄を抱えて玄関を出た。

「おはよう、御守さん」

「おはようございます、気づくのが遅くなってすみません」

「気にしないで、俺が好きでやってることだし」

昨日二人で来た道をまた二人で歩く。なんだか不思議な気分だった。誰かと待ち合わせをして登校なんて。

「体調は大丈夫?」

「はい、薬が良く効いてくれました」

「そうか、無理にでも連れて行ってよかった」

「そんなに嫌な顔していました?」

こくりと頷かれた。顔に出さないようするのは得意なのに、よっぽど疲れていたのか。もっと気を付けないといけないなと心に刻んだ。
来栖くんは多弁ではなくわたしもあまり話上手ではない。お互い無言になることもあったが居心地が悪くならなかった。学校に行かなければならないのでのんびり歩くわけにはいかない、あっという間に四軒茶屋駅に着いてしまった。

「来栖くんも渋谷で乗り換えですよね」

「ああ、結構混んでるな」

できるだけ人が並んでいないところを選んで電車に乗り込む。肩に背負っていた鞄を下ろして来栖くんとはぐれないように彼の制服の裾を掴んだ。引っ張られた感覚があったのか、一瞬だけわたしの手を見たが特に触れることなく前を見直す。眼鏡の反射で表情は見えなかった。たった二駅でも人に押しつぶされそうだったが、来栖くんが間に入って壁になってくれる。掴まるところがなかったのでそのまま彼に支えてもらって電車の揺れをやり過ごした。
渋谷駅に着くと大多数の乗客の波にわたしたちも流されるように降りる。ずっと裾を掴んでいたおかげではぐれずに、乗換で分かれる場所まで辿り着けた。わたしはそっと手の力を緩めて放した。

「ごめんなさい、少し皺になってしまいました」

「あ、うん……大丈夫」

来栖くんは真っすぐわたしを見ずに、右手を広げて眼鏡を上げていた。機嫌を損ねてしまったのかもしれない。どうしたらいいのかわからずにいると、おーい、とやたらと元気な声が向かってきた。

「おっはよう、暁!と、御守さん!?」

声の主は坂本くんで、自然の流れのように来栖くんの肩をがしっと組んだ。背の小さいわたしは来栖くんの影に隠れて見えなかったのだろう。

「お、おはようございます」

「苦しい」

「ふーん……お前以外と手が早いんだなぁ」

まじまじと来栖くんの顔をのぞき込む。彼は坂本くんとは逆方向にうっとおしそうに顔を背けた。それでもその手を無理にどけないのだから、本気で嫌がっているわけではないらしい。
それにしても手が早いってどういう意味だろう、暴力的なことは何もなかったのだが。

「そろそろ行かないと遅刻する」

「送ってくださってありがとうございました」

「またな!御守さん」

「また」

そういって、わたしに手を振りながら二人は秀尽学園がある路線へ向かって行った。
また、か。当たり前のように告げられるその言葉に心がふんわりと温かくなった。
(2018/7/13)

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