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新島検事に予告状を出す日が決まった。潜入するのが強制捜査日の前日がいいという明智の提案で、その前日に真が『家に届いた』と手渡す。真が疑われるリスクは高いが、他に方法もなく、本人の意向もあり満場一致となった。
これが終われば怪盗団も解散だ。最後の仕事が終わる前に瀬那に報告をしたくてメッセージを送っても既読は付かず、携帯を鳴らしてみるも応答しないだけでなく、『電波が届かないか、電源が入っていない』の音声を繰り返すばかりだった。
『瀬那と連絡がつかない』
俺と同じ行動をしたのか双葉からメッセージが来た。探知しようにも電源が入っていないためどうにもできないらしい。単調な文章だったが、瀬那が何も言わずに居なくなってしまったことに、双葉はかなり悲しんでいる様子だった。それは俺も同じで、勝手に居なくならないと言っていたはずなのに。
「どうして……」
呟きは誰にも届かず霧散していった。
瀬那がバイトをしているビックバン・バーガーなら会えるかもしれない。一縷の望みをかけて、カウンターの同い年くらいの女の子に瀬那のことを訊いてみると、笑顔から何とも言えない複雑な表情に変わった。
「え、先月で辞めた?」
「はい、かなり急な話でシフト調整大変だったんですけど、そういうの気にする人だと思ってたから、なんかあったのかなーって」
「そうなんですか……」
「えっと、ご注文はどうします?」
「あ、ビックバンバーガーセットで」
話だけ聞いて帰るのは申し訳なく、とりあえず目についたものを頼み席に座る。鞄から顔を出したモルガナに少しだけ呆れられたが、次にどうするべきか考える時間も欲しかった。
「何でバイト辞めたんだろう……」
「必要なくなったからじゃないのか?」
「でも一人暮らしをするにはそれなりに大変だろうし」
「親に助けてもらってるとか……はねーか。養父って例の……なんだろ?」
「……多分、な」
瀬那が養父によくしてもらっていると言っていた割に、一人暮らしをしていたのも、生活に余裕がなさそうだったのも、養父があの男だったからだとすれば……突拍子もない思考だが辻褄が合う。それはお金じゃなく、心の問題。それをアルバイトで時間を費やすことで紛らわせていた、なんて最後の方はまだ俺の想像だ。ここの制服を纏っていたときはある意味で彼女はきちんと笑っていたから。しかし、どういう経緯で養子縁組がなされたのか、不思議でならない。
「よし、瀬那の家に行ってみよう」
「だな、回りくどいのはらしくねーってな」
半分残っていたハンバーガーを口に放り込んで店を出る。嫌な予感がしなかったといえば嘘になる。でも確かめなければ先には進めない。モルガナが明るい声で背を押してくれたおかげで、迷わずにアパートまで辿りつけた。
一度も部屋に入ったこともなければ、連絡なしに来たことだってない。何度か送り迎えしたことから部屋の場所を覚えていた。アパートの外階段を上り、一室の前で足を止める。
「表札ないな」
「防犯上つけない人も多いから」
「呼び鈴押してみようぜ」
「ああ」
簡素なボタンを押すと、ピンポーンとこれまた簡素な音が扉の向こうで響いた。
「……セナ、出ないな」
「……」
もう二、三度押してみるが、同じ機械音が響くだけで瀬那が出てくる気配が一向にない。ただの不在だといいのにといい方へ考えていると、隣の部屋の扉が開き、住民が出てきた。
「何回も呼び鈴鳴らして、何やってんの」
「あ、すみません」
俺よりも年上の若い男が煩わしそうにしている。男は俺の頭の先からつま先まで眺めると、ふーんと何かに納得したかのように呟いた。
「あんた、ストーカー? 彼氏? ってか逃げられちゃったんだ」
「え?」
「そこの部屋の子、探しに来たんだろ? でも残念だけど、もう居ないよ」
居ない? いや、とりあえず盛大に誤解されていることを解かなければ。
「俺はただの友達です。連絡が取れなくなったので尋ねてみたんですが……居ないとはどういうことですか?」
「あ、そうなの、ごめんな。実はちょい前に急に引っ越してったんだよ」
急に、とは……いや、大事なのは、今の時点では連絡が取れない以上、瀬那がどこにいるのかわからないということだ。
「つーわけで、俺もよくわかんないけど、その部屋はもう空き部屋だから、じゃあな」
片手を上げて男は自分の部屋へ戻っていった。この展開は予想出来ていなかったわけじゃない。連絡が取れない、アルバイトを辞めたとなれば、ここにももう居ない可能性も考えてしまう。あとは学校で待ち伏せをするか、だが、実家に帰ったのかもしれないし、そのときは場所を教えてと約束をしていた。それなのに言わずに消えたとすれば、言えない理由が彼女にあったと考えるのが妥当だ。行く先が例の養父の元なら……、俺には言えないだろう。
「あとはアケチに訊いてみるしかなさそうだな」
「何で明智?」
「あー……その、親しい仲、なんだろ……?」
視線を逸らし、言いづらそうに話すのは俺に気を遣ってのことだろう。事実、ああは言ったものの、二人の関係にはまだくすぶっているものがあった。だって瀬那が笑った顔を一度も見ていなかったから。
「背に腹は代えられないってやつか」
「一旦ルブランに帰ろうぜ、ジョーカー」
「ああ」
これ以上アパートにいても得るものは何もない。モルガナの助言に従い、自室へ戻った。気持ちを落ち着かせるため、コーヒーを淹れてから携帯でメッセージを打ち込む。相手は明智、遠回しに言うよりもストレートに言った方がいいだろう。どうせ俺が何を考えているかバレるのがオチだ。挨拶もそこそこに本題に入った。
『瀬那と連絡が取れないんだけど、何か知っているか』
今日は仕事で立て込んでいないのか、程なくして返信がくる。
『体調を崩しているんだ、心配してくれてありがとうって瀬那さんが言ってる』
「体調不良か、……なんか怪しいな」
「メッセージを返すのも難しいっていうのは……」
「このあとはどうする? もっと突っ込んで聞くか?」
「……いや、多分何も答えてくれないと思う。それに今後のこともある、止めておいた方がいい」
悔しいが明智は何かを知っている。が、それを証明するものも言いくるめる力もない。それに、明智は瀬那に酷いことはしない、という直感を信じて引き下がった。
「セナ、大丈夫かな……」
「わかんないけど、俺たちにはこれ以上出来ることはなさそうだ」
本当は今すぐにでも会いたい。会えないとわかった途端、その想いはさらに強くなった。でも今は目の前の問題を片づけなければ。自分だけではなく、怪盗団全員の命運がかかっているのだ、いい加減な行動は出来ない。双葉と決めた計画もある。不審に思われては全てがお終いだ。今はただ瀬那の無事を祈るだけだった。
(2020/12/31)
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