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「俺のどこがお前らに劣ってるっていうんだ!! 焼き尽くせ、ロキィ!!」

白と黒で彩られ、長い角を生やしたロキと呼ばれた明智くんのペルソナが炎を呼び寄せ、怪盗団へと浴びせる。避けられずにいた人たちを、新島さんのバイク型のペルソナが一回転し淡い光で包み込んでいた。高巻さんも負けじと火炎の渦を纏い始める。わたしはそれを起き上がることも出来ずに見ていた。

「セナ、大丈夫か!」

「……モルガナ」

気がつくとハチワレの二頭身の黒猫が目の前にいた。わたしの怪我に向かってモルガナが両手を合わせて淡い光を発生させるが、険しい顔をして向き直る。どうやら何かが上手くいかなかったらしい。

「すまねえ、現実世界の怪我は治せないみたいだ」

「大丈夫です、まだ痛み止めが効いていますから」

痛くないといえば嘘になるが、意識が飛ぶほどではない。それに今はどんなに痛くても、寝ている場合ではないのだ。暁くんと明智くんの対峙を止められなかったのだから。
力を溜め終わった高巻さんの炎が明智くんに着火する。刹那、喜多川くんが一閃振り下ろした。悲鳴こそ上がらなかったが、代わりに苦痛に歪んだ明智くんの憎しみが溢れ出した。

「どうして俺が、こんな前歴もちで、屋根裏に住んでるゴミに! どうして俺が持っていないものを全部、持ってるんだよ!!」

もういやだ、聞きたくない。こんな悲しい戦いをどうしてしなければならないのか。明智くんの言う通り、暁くんとの出会う時間がもっと早ければよかったのに。

「なんだよ、その目は……! 俺は、勝ってきたんだ、独りで!! 『仲間』なんて……いる、もんか……」

わたしは事を成す前の明智くんと出会えていたのに止められなかった。苦しい。どうか、明智くんを救って、暁くんならきっと出来るから。わたしでは無理だったことを、互いに認め合えた二人なら。明智くんは真っすぐ立って居られなくなっていた。暁くんの仮面が青い光を放ち人の形へ変わっていく。

「ペルソナっ!!」

光の槍が明智くんへ降り注ぐ。決着がついたのか、明智くんは膝から崩れ落ちそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。

「もう、いいだろう?」

戦意をなくしたらしい坂本くんが声を掛ける。それに反応し、顔を上げると、黒い仮面の目元が割れて、覆っていた表情が露わになっていた。憑き物が落ちたような、いつもわたしと話をするときの彼だった。

「わかってる……懲りたよ」

「獅童がどうとか関係ねえ、オメエはオメエだ」

坂本くんが再び口を開く。喧嘩ではなく冷静な口調だった。明智くんに思いとどまって欲しくて、なのかはわからないが、戦闘はもう行われなさそうだ。

「メジエドの事件な、あれ、サイテーな罠だったが、あれが無きゃ今の私は多分なかった、えーと、要するにどっからやり直したっていいんだ」

「ホントの気持ちに従えよ、嫌われたって、望まれなくたって、そんなの……」

「倒すべき相手は同じだ、俺たちで戦ってる場合じゃない」

続いて双葉ちゃん、モルガナ、暁くんと訴えるかける。それに乾いた笑い声が起こった。

「はは、まさか、憎むべき相手に同情されるとはね」

「貴方が……廃人化や連続殺人事件の真犯人だったのね」

「そうだ、この力のおかげでここまでのし上がってきたんだ」

明智くんは膝で支えていた身体を起こし、怪盗団に背を向け、通路の端、わたしが横たわっている場所まで緩慢な動作でやって来る。わたしを守るように両手を広げたモルガナを横目に、横抱きに抱えられ、そのまま暁くんの前まで歩いていった。何も言わず差し出されたわたしは、暁くんの腕の中に納まることになった。身軽になった明智くんは数歩後ろに下がる。

「暁くん……大丈夫、です?」

「俺の心配はいらない、また会えてよかった」

もう会わないと別れを告げたのがなかったことになって、暁くんも嬉しいと感じていてくれているのかもしれない。微笑み合うわたしたちに反発する声がぽつりと響いた。

「……いいよな、お前は仲間に囲まれて、認められてさ。しかも獅童が罪を告白したら、お前らは英雄だ。俺は自作自演がバレて、名声も信用も、全て消えてなくなる」

「なるほどな……、自分で暴走させたターゲットの事件を自分で解決させてたってことか」

「それもシドーと手を組んでな」

顎に手を置き納得した喜多川くんにモルガナが応えた。

「結局、特別な存在になんて、なれなかった」

一瞬だけ視線が交わった気がした。逸らされたそれを追いかけてみても、もう一度わたしを見ることなく、視線は落とされ、ただ地面を見つめていた。

「……十分すぎるくらい特別だろーが」

呆れた顔で呟いたのは坂本くんだった。難しい顔をしているのは新島さんと、奥村さんだ。

「私は、貴方の才能が羨ましかった。お姉ちゃんに信頼されてるのが……悔しかった」

「私も、お父様のこと……許すつもりはないけれど、あなたのこと、分からない訳じゃない。奪っていった大人を見返したいっていう気持ち……」

その中に、複雑な感情を渦巻いているように見える。その言葉に明智くんが目線だけを上げて黙っていた。

「だが、いざ力を得たとき、お前は自分のためだけに使った」

喜多川くんの厳しい語尾が飛ぶ。

「つーか一人で複数のペルソナとか、オマエ多分ジョーカーと同じ才能もあったんじゃね? なのに人生ソロプレイだったから、目覚めた力は、自前の『嘘』と『恨み』と……あともう一個あったかもしれないけどさ、でもそれで十分って思っちゃったんだろ? それが多分……全てで勝るお前に、唯一なかったものだ」

もう一個とは何だろう。双葉ちゃんには何かが理解できているらしい。後ろからスタスタと歩いてくると、わたしの肩に触れると腕を組んで頷いた。何も言い返さない明智くんに対して、坂本くんはわざとらしく楽し気に言い出す。

「よし、戻って予告状だな!」

それが合図かのように暁くんと高巻さんは問いかけた。

「俺たちは獅童を倒す、明智はこれからどうする?」

「ケジメつけに行くでしょ?」

驚きで目を見開く彼にゆっくりと布の隙間から手を差し出す。上手く動かせないため手首しか見えていないだろうが、それでもいい。精一杯の笑顔を向ける。

「明智くん……一緒に、帰ろう?」

「馬鹿なのか?……理解を超えてるよ、お前らは」

瀬那さんも影響受けすぎだ、と彼は苦笑した。仮面はやっと外れたのだと思った。
その時だった。通路の奥から足音が聞こえた。静かに確実に歩みを進めてくる。皆の視線がそちらへ向いたと同時に信じられない光景を目の当たりにした。明智くんの真後ろで止められた歩み、握られた黒い銃、銃口は真っすぐに明智くんの頭部に向けられていた。それを握っていたのは見慣れた制服を纏った少年。

「あ、けち、くん……?」

「まさか、シドーの……認知上のアケチか!」

無表情で、何の感情も持っていないように見える彼は、どこか認知上のわたしに似ていた。視線を明智くんから外さずに怪盗団へと言葉を放つ。

「……お前らは、後だ。獅童『船長』の命令だ……敗者には用は無いってさ。まあ……ちょっと予定が早まっただけだ、どのみち選挙が済んだら始末する予定だったし」

「なに!?」

「さんざん殺しを請け負ったくせに、自分だけは大丈夫と思ってたのか? まさか……頼られて、内心舞い上がってた訳じゃないよな? ……ああ、船長からの伝言だ……『他人を廃人化させてきた報いを受けろ』」

「テメエでやらせといて!」

坂本くんの怒号と比例するように、淡々とアケチくんは告げていった。これが消される理由。利用するだけして邪魔になる前に処分するなんて、獅童のやり口としてはぴったりだ。思えばあの男はいつも怯えていたのだろう。自分を脅かす存在に。それの捌け口としてわたしを使っていたのかもしれない。

「クク、なるほどな……もしもこのパレスで俺が暴れたら、どう防ぐ気なのか疑問だったんだが、同じ顔した人形がいたってことが……あの男らしい」

「そうとも、オレは人形さ、何だってする」

「違う、明智くんは人形なんかじゃない……っ」

痛む身体を無視して、思わず叫んでいた。人形は憎まない、恨まない、自分で行動を起こしたりなんかしない、わたしとは違う。流されるままだったわたしなんかとは、違う。

「違わないさ。認められたい、愛されたい、お前はさ、ハナから人形だったんだよ」

これが獅童が考えている明智吾郎。邪魔者の排除を手伝わさせて、全てを見透かしていた。もしかしたら明智くんの正体も知っていて、それすらも利用していた可能性がある。そうだとしたらなんて……やるせない。纏っているシーツをぐっと握りしめたとき、奥村さんが真っすぐに問いかけた。

「今からでも遅くない、一緒に改心させよう、例え実の親でも……ううん、実の親だからこそ!」

「ごちゃごちゃ煩いな……先にお前らからやってやろうか?」

痺れを切らせたアケチくんの顔が歪み、地面から赤黒い煙と共に、シャドウが四体現れた。人型と獣型、どれも煙と同じ、赤黒い色をしていた。戦闘態勢に入った敵に高巻さんが驚愕する。

「しまった! アイツ、一人じゃない!」

「何なら、誰か身代わりを志願しろよ、少しはこいつの死が遠のくかもしれないぜ? そこの死にぞこないとかいいんじゃないか?」

「瀬那は関係ない」

向けられた視線を暁くんが遮る。わたしに対しての問が食い気味に拒否されたことに、更に苛立ちを表立たさせた。

「なあ『誰かのため』がモットーなんだろ? オレと、同じだな。オレも船長のためならいくらでも罪を被って死ぬ気だし。そうだ、最後のチャンスをやるよ。 ……お前がヤツらを撃て」

そう、明智くんに指示した。静かになった通路に機械音だけが響く。彼に向けられた銃口は変わらず、シャドウたちも動かない。その中で乾いた力ない声が聞こえた。

「はは……俺は、ほんとにバカだったよ」

ゆっくりと明智くんが背筋を伸ばし、銃を構える。見据えるのはわたしではなく、奥の暁くんだった。抵抗はしないものの、わたしを強く抱きしめる。

「そう、それが船長の望む……お前だ」

どちらの明智くんも無表情で何を考えているのか読めない。でも、きっと明智くんは撃たない。そう思うのはただの願望か。固唾を飲む中、一瞬、明智くんが笑ったような気がした。

「……勘違いするなよ、消えるのはお前らだっ!!」

明智くんの銃が目にも止まらぬ速さで自分のシャドウを撃ち、膝をつかせる。その行動に追いつけない怪盗団を後目に、彼はわたしたちのずっと後方にある何かを撃ち抜いた。

『水密隔壁が閉鎖されます。隔壁の内側にいる作業員は、直ちに退避してください』

艦内音声が警報と共に鳴り響くと同時に、怪盗団と明智くんたちの間に隔壁がせり上がり、遮断されてしまう。

「おわ、何だコレ!?」

「明智!」「明智くん……!」

「とっとと、行け」

各々呼んだ名に息も絶え絶えな返事が聞こえた。向こうでは何が起こっているのか、既に攻められているのか。助ける手立ては、本当にないのか……? 

「馬鹿な、死ぬ気か?」

「やっぱり馬鹿は……お前らだ、見捨てて行けばよかったのに……コイツら相手に……今の俺と瀬那さんを抱えてちゃ、全滅だろうが」

喜多川くんの問に強気に答える。確かにわたしもお荷物でしかない。でも、それでも目の間の誰かを見捨てるなんて、ここにいる誰もができるはずがない。シャドウの鳴き声と明智くんの呻き声が壁越しに聞こえる。この先どうなるのか予測してしまった胸の痛みが、身体の痛みを忘れさせた。

「代わりに、取引だ……獅童を……改心、させろ……俺の代わりに、罪を終わりに……頼む、暁!」

「ああ、約束する、明智……っ」

刹那、響く銃声、一発、二発、三発……そして隔壁の向こうは静かになった。吐けない息は大きく吸い込むだけで苦しい。暁くんの腕から身を乗り出して、何とか隔壁まで辿り着こうともがいた。

「明智くん……明智くんっ」

「モナ、開ける方法……」

「反応が……もう無い……」

高巻さんの提案も空しく、双葉ちゃんが首を振って、静かに告げた。大人しくなったわたしを抱え直した暁くんが、心配そうに顔を覗き込んだ。思わず、彼の上着を掴んで顔を寄せる。頬が冷たい、言葉が出ない、こんなこと初めてだ。明智くんも被害者の一人だと思う。獅童にいいように使われて、こんな風に終わってしまうなんてわたしは嫌だ。だって、わたしを助けてくれたのだから……。
怪盗団が一人、また一人と機関室を後にする中、わたしは涙を拭って、暁くんに縋るのを止めた。
わたしは認めない、こんな結末は認めない。辛うじて動く手を胸に持っていき、強く祈った。ただ、明智くんだけがいなくなることを認めない、と。

「瀬那……何をして……」

「明智くんだけが助かって欲しいなんて、身勝手ですか?」

彼も誰かを貶めて、取り返しのつかないことをしているのだから。

「でも、それでもわたしは……」

瞳の奥が熱い、心臓は速く動き、喉は乾いて上手く言葉が出てこない。自分の身体が自分のものではないみたいだった。暁くんの黒い瞳が驚きに見開いているように見えた。祈りは誰に届いたのか、徐々に身体の熱は落ち着いていき、それに伴って痛みがぶり返してきた。ああ、思えばどこかしらの骨が折れているんだった。そうしてわたしは意識を手放した。
(2021/5/11)

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