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翌日の夜、渋谷の交差点や全国のモニター、ネットの動画が怪盗団にジャックされた。何せ怪盗団にはあの世界的に有名な元メジエドが味方にいるのだ。朝飯前というものだった。この計画の名前は『フタバ砲』らしい。彼女らしいといえばらしい。
まあ、内容は簡単だ。立て続けの要人の不祥事、突然の乱心で起きる事故や廃人化は原因不明などではなく、獅童が行っていたことだと話し、死んだと思われていた怪盗団のリーダーが、実は生きていた、というもの。警察まで操り、怪盗団に罪を着せたことまで何もかもだ。

「我々がこの国を頂戴する」

我ながら大きく出た台詞だったが、国のトップになる男を狙うのだ。きっと獅童もこの放送を見ている。怖気づいてなどいられない。
放送のせいで迷惑をかけることになったのは、新島検事と惣治郎さんだ。新島検事は最後に俺を取り調べた人間だ。どこかへ逃がしたと疑われる確率が一番高い。そうなった場合は怪盗団に改心させられたフリをしてある程度は逃げると言ってくれた。責任は大人の私が取ると。惣治郎さんは俺の保護観察者だ。ルブランで匿われていると考えられる可能性もある。そうなるとここに獅童の手のかかかった奴らが、恐らく警察の類だ、が来るだろう。惣治郎さんの身に危険が及ぶことになる。
心配だったけれど、その分獅童を改心させることに集中しなければ、せっかくの計画が全て無駄になってしまう。俺たち怪盗団は獅童が反論をする生放送の街頭テレビを尻目に、国会議事堂へ向かった。




シドウのパレスのオタカラがある場所は国会議事堂を模した船の中の本会議場だ。天井には大きな船の舵が回り、会議場の背景は何故か達磨の柄がなされた幕が垂れ下がっている。その答弁をする場所に、既にシドウが待ち受けていた。

「貴様ら、いったいどこで力を手に入れた……。まあいい、文句があるなら聞いてやる」

ただ静かに余裕たっぷりに笑う様に吐き気がした。こいつが……こんな奴が瀬那を。そう思うと自然と拳に力が入る。

「お前……明智を利用した挙句、何をした! アイツはお前の実の息子だったんだぞ!」

明智の代わりか、祐介が珍しく声を張り上げた。親を亡くしている祐介には何か思うところがあるのかもしれない。それをシドウは嘲笑する。

「そんなことだろうとは思っていた。あの女の面影があったからな。ヤツは私を嵌めるつもりだったんだろう? 頭は切れるが、所詮はガキだよ。適当に褒めて手懐ければ、自在に踊るし、可哀そうな女を近づければ絆される。私が総理に就任したら、即刻、消すつもりでいた」

可哀そうな女とは瀬那のことだろうか。彼女は意図せず使われたのだ。明智は本気だったはずなのに。

「テメエ!」

「アイツは私の過去を知っているんだ。生かしておくわけがなかろうが」

竜司の怒気に劣らない叫びが返ってくる。不安要素はどんな小さなことでも全て取り除く、こいつそういう男だった。

「しかし、さすが自作自演の名探偵様だな。ずっとそばにいた私の考えも見抜けぬとは。自滅してくれて手間が省けたがね」

「違う、明智は瀬那を守るために……、どうして瀬那を養子にした」

俺の呟きは消えてしまったが、後半はシドウに届いた。実子である明智は捨てて、何故養子をとったのか。大切にしない理由も全く理解できなかった。

「あれか、どこかの有力者に嫁がせて恩でも売ろうと思っていたのだが、もっといい力が手に入って不要になった……。まあ、意外なところで役に立ってくれたな。身寄りのない子どもを引き取ることで私の株も上がる。一石二鳥だろう」

「それで暴力を振るってもいいことにはならない」

「私の所有物をどう扱おうが私の勝手だ」

所有物、それらしく、シドウは最後まで瀬那の名前を呼びはしなかった。あくまで物扱い、それ以上でもそれ以下でもなかった。家族の温かさを見て泣きそうになっていた瀬那を思うと、憎しみよりも悲しみが沸き上がり、もう言葉は出てこなかった。引き継いだのは双葉と春だ。

「お母さんの研究も……命までも奪った!」

「私のお父様まで……! 自分の利益のために好き放題して、人の命を何だと思っているの!」

「改革に犠牲はつきものだ。愚か者は優秀な人間に委ねていればいい。この私が、導いてやるよ」

「明智の助けばなかったらここまでこれなかったくせに、どこが優秀なのよ!」

「明智が現れたのも、神が私に期待してるからだ。私だから、明智のあの力も有用に使えたんだ。貴様らのやってきた『改心』とやら……大衆を熱狂させ、暴走させただけではないか?」

杏の攻めも余裕で答える。シドウは自分に非があるなど微塵も思っていない。

「何を勝手な! 真っ当なやり方じゃ勝てない負け犬が、汚い手を使ってのし上がっただけだろう!?」

「貴方なんかに、人の上に立つ元首の資格はない。人々を道具のように扱い、罪の階段をのぼって成り上がった犯罪者が」

祐介と真の叫びすらも笑い飛ばし、飄々と言ってのける。

「一握りの犠牲者の命と、国家そのものの命……比べるまでもなかろう? 己の幸福以外は『自己責任』という名の他力本願。そんな愚民どもの願いを叶えてやるんだ。それが神に選ばれた、この私にしか成せない『世直し』だ!」

「国のためとか言って、全部自分のために決まってる、そんなの誰も望んでない!」

「ならば、何故私は選ばれた? 何故私に総理の椅子が明け渡された? 今や誰もが地道な努力を否定し、抜け駆けや一攫千金ばかり闇雲に追いかけている。だから、私が最強国家を樹立してやるんだよ。誰にもひれ伏さず、揺るぎない最強国家だ」

「犯罪者をつくる犯罪国家の間違いだろっ!」

杏も竜司も、怪盗団が何を言ってもこの男との戦いは避けられない。ただ無意味な問答が続いていくだけだった。それも終わりに近づいていた。斜に構えていたシドウが真っすぐに俺を見据える。

「私に従わぬ反逆者は、排除しなければならない……が、能力のある者を殺すのは惜しい。明智もいなくなってしまったからな」

明智がいなくなったのは自分のせいだ。それなのに何も感じていないかのように簡単に言ってのける。そして不敵に笑った。

「最後に、生か死か、選ばせてやる。その力、わたしの『世直し』のために捧げろ。金でも地位でも、あの女だって、好きなものをくれてやる」

「そんなの断るに決まってるだろ!」

「必要ならば自分で手に入れる、それが怪盗団だ」

同時にモルガナと俺が声を上げていた。そんなもの了承するはずがない。




「もう少し考える頭があると思ったが……愚民は愚民か。なら残念だが諸君を排除するしかない。取るに足らん小さな綻びだが、そんな甘さで大国すらも滅びる。私は、そういうミスは犯さない」

シドウが力強い拳を突き上げると、誰もいなかったはずのの本会議場には握手が鳴り響いた。いつの間にか全ての座席で黒服に黒縁眼鏡の男たちが無表情でシドウを称賛し、色とりどりの紙吹雪が舞っている。あっけに取られていると、拍手をシドウが止めさせ、男たちは霧のように消えていった。同時に地面が揺れ始める。本会議場から壁がせり出してきた。このままでいれば挟まれてしまうところを、階段状になっている壁を祐介が華麗に上っていき、皆それに続いた。壁が閉じられ床になったところには『必勝』と大きく書かれており、ここが俺たちの戦場になるのだとわかる。

「言っておくが見苦しく暴れたあの愚息と、同じには考えんことだ。さあ、速やかに死にたまえ」

人間の集合体のような金色の獅子に乗り、仮面とマントを翻したシドウは今までのシャドウにはないプレッシャーを与えて、俺たちの前に立ちはだかった。
その後黄金のピラミッドのようになったかと思えば、それすらも民衆を表していたらしく、俺たちが倒したあとには使えない愚民、と罵り始めた。

「賊とはいえ、数がそろえば侮れん、というわけか」

「ケッ、負けた時だけ愚民のせいってか」

軽口を吐く竜司を一瞥したあと、シドウの視線は俺へと向かった。

「こいつらを束ねているのが貴様か……」

「感動の再会ね?」

杏の言葉にシドウの視線が訝し気になる。

「……貴様……」

「久しぶりだな」

俺はピエロマスクを外し、シドウの前に素顔を晒した。とても覚えているとは思えなかったが、そんなこと関係ない。

「テメエがコイツを仕留め損ねたのは、一度目じゃねえってこった」

「裁判まで起こしたのに覚えてないなんて……心底、人を何とも思ってないのね」

裁判、真のその言葉を聞いてシドウは一瞬の間ののち、はっとした顔をする。

「まさか、あのときの……!?」

忘れもしない夜の出来事。俺は嫌がる女性に無理やり言い寄る男を止めようとしただけだった。男は勝手に転んで額に怪我をし、俺は警察に捕まった。女性は弁護をしてくれなかった。思えば、逆らえない相手だったのだ。

「女といた所へ現れて、逆らいやがったクソガキ……! ハハ……こいつは興味深い巡り合わせだ」

忌々し気に叫ぶ姿は、余裕を徐々に無くしているように見えたが、それも直ぐに不敵な笑いに隠される。

「だが、無駄な努力だったな。強く有能な人間が存分に活躍するには小さな犠牲は仕方がない。道の蟻を何匹踏んだか、いちいち数えていて目的地に辿り着けるか?」

「貴方が殺した人は……死んで当然の人だったと言いたいの!?」

「愚民が理解できるとは思っていない。ゆえに力で証明してみせるとしよう……」

そういうとシドウはスーツもマントも脱ぎ捨て、上半身裸で筋骨隆々の上にバネを身体中に這わせた姿となった。

「貴様ら怪盗団を、叩き潰すことでな……!」
(2021/8/1)

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